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発言者のモテ非モテと、その中間状態について - Sep 07, 2005

閉塞的幸福論からの続き。

非モテ論は本質的に排他的なものではないかと思う。「現在進行形で非モテな者」以外は語ることを許されないような雰囲気を感じる。特に「脱非モテ」した人間は、このことに触れるどころか一切の発言を許されないような雰囲気すら感じる。

非モテ界(?)では一般的に、非モテを脱したらモテになるという風に考えられているように、僕には思えるのだが、それは脱非モテした人に対してあまりに厳しすぎる考え方だと思う。実際には、「モテ」とはさらに上のステップだろう。だから多くの「脱非モテ」人は「モテ」にはなれず宙ぶらりんの状態で居続けることになるのではないかと思う。

僕は「モテ化」ではなく敢えて「脱非モテ」という言葉を使いたい。モテと非モテの間に、宙ぶらりんな「ナチュラルな状態」があると僕は考えていて、「ナチュラル」と「モテ」はまた違ったものであると考えている。そして、モテ陣営からは、ナチュラルと非モテは一緒くたに見られていると思う。

Masao氏のようなモテにもなれず、かといって誰からも相手にされない非モテにも戻れず、宙ぶらりんの状態にいる人間に対し、非モテ陣営の態度はあまりに頑なであるように思う。何を言っても「でもモテの言うことだから」と言われてしまっては、ナチュラルは浮かばれない。

……という発言からもうかがい知れるように、僕は自分自身を今現在「ナチュラル」であると認識している。「彼女がいて、でも、童貞」。加えて、「今の彼女を失ったら、きっと一生非モテ。」そう考えている。

本当の「モテ」とは、こんな不安に苛まれることなどないどころか、そんな不安があることすら知らない人だと、僕は思う。

分類:モテ・非モテ・恋愛・自己承認, , 時刻:04:14 | Comments/Trackbacks (1) | Edit

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実際のところ…

私自身、「論理」と「感情」や「その人の属性」等は切り離して考えるべきだということは充分に理解してはいるのですが、話が「その人の体験や主観」ではなく「非モテとは云々…」といった観念/概念論になると、どうしても、「そうはいっても、この人は幸せな立場にある人だしなぁ…」という、シニカルな思いが込み上げてきて、素直に受け取ることができないでいます。

どうしても、「自己の幸福」というか、「最低限の幸福」を確保した上で、「まあ、もう自分には関係ないんだけどね…」といった、俯瞰した「語り」が入ると、現在進行形で悩んでいる当事者にとっては、「安全圏から何を言ってるんだこの人は…」という思いを抱かずにはおられません。

脱・非モテを果たした「ナチュラル」の方においては、一度、自分の幸せを見つめなおし、かつて非モテだった頃に比べて、そして現在もその立場にある現役非モテ人に比べて、自分がどれくらい恵まれているか、それを自分に問い掛けてみて欲しいと思います。

といっている私自身も、完璧な「非モテ」ではなく、過去、幾度かの恋愛を体験し、それでもなお救われなかったという、いわば「ナチュラル」な立場の人間です。

「今の彼女を失ったら、きっと一生非モテ。」という思いも、痛いほどに分かります。実際、恋愛をしているときの私の苦しい思いというのは、このことに他なりませんから…。
だからこそ、相手に対し、必死に愛情を注いでいたのに、それはかなわず、結局いつも、「愛」は得られることなく、誰も彼も、私のもとを去ってゆきます。

これは、恋人に限らず、友人に対してもそうでした。ONとOFFしかないような私の人付き合いの方針のもとに、私は「これだ!」と思った人には、どんどん「素」をさらそうとし、相手にもそれを要求してしまいます。そしてその結果「しつこい」とか「重い」とか言われて、去られてしまうという、この繰り返しです。

話が脱線してしまいましたが、もう「非モテ」ではない「ナチュラル」の人は、「現象としての非モテ」や「他人としての非モテ」について論ずるのではなく、「かつて自らがそうであった非モテ」を語れば良いのではないかと思います。

長々とまとまりのない文章で申し訳ありませんでした。

Commented by 益田ラヂヲ at 2005/09/08 (Thu) 01:10:18

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