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Latest topics 近況報告

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「あっち」側なのだなあという実感 - Aug 21, 2011

みかんの星の人が完全に「あっち」に行ってしまった件というエントリを過去に書いてて、偶然読み返す機会があったので読み返してて、ここでいう「あっち」とはまぁ平たく言えば「リア充」の事なんだけど、このエントリを書いた2008年当時は

  • 彼女というものはできた。
  • しかし膨れあがった承認欲求は主観的にはいまいち満たされていなかった。
  • その釈然としなさから、ぐじぐじと非モテ話を垂れ流していた。
  • そしたら「お前もう彼女ができてリア充のくせに何を不幸ぶってやがるんだ」「リア充なんだから非モテ面すんな」と煙たがられた。(参考:rAdio-AktiV - 日本三大ウソ非モテ

という状況で、きっぱりと「あがり」を表明した人達の事を「すげえなあ」「自分はああはなれないなあ」と思って見てた。

最近読んだ長刀漫画の「あさひなぐ」で、剣道やってた子が長刀に転向するにあたって防具を長刀向けに短く切る(そうするともう剣道に戻れなくなる)という話があって、その子は剣道に戻るかもしれないからと防具を切る事を躊躇するというエピソードがあるんだけれども、ちょっとそれに似てると思う。ここで防具を切ってしまったら、もう慣れ親しんだ世界には帰れなくなる。ここでリア充表明をして非モテ時代に決別してしまったら、もう非モテな話は書けなくなる。切るべきか、切らざるべきか。

といっても、その子の場合は「やっぱり剣道の方がいい」と思った結果能動的に戻っていく事になったのだろうという予想ができるのに対して、僕の場合は「彼女と別れる事になっちゃって、やっぱり非モテは非モテだよねアハハハ(泣)」的な単なる脱落というか挫折というかそういう事になるだろうという予想だった、という点では大きく違うんだろうなあと思うんだけど。

でも今だったら、僕もためらいなく「あがり」を表明できるなあと、冒頭のエントリを読み返してて思った。(今このタイミングで「あがり」を表明してしまってよいものか? という葛藤を乗り越えて敢えて「あがり」を表明するという格好いい選択ではなくて、自分を省みた時に「あがっちゃってたわー」と後から言うというのが、僕の卑怯な所がよく表れててアレだなーと思う所はあるけど。)

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束縛 - Feb 01, 2010

ひょっとしたら同じような事を既に書いたかもしれないけど。

僕は、あまり束縛はしたくないと考えてる。理由はいくつかある。

  • 相手が嫌がる事をなるべくしたくない。束縛されるのは嫌だと言ってる人の事を束縛するのは、タバコが嫌いだと言ってる人の目の前で喫煙するのと同じような事だと思ってる。
    • それで自分が嫌われるのが怖い。
    • 相手のためを思いやって、というのが全く無いわけではないと思うけど。
  • 束縛しても無駄だと思ってる。同じ家に住んでて、同じ会社で働いてて、という風な条件でも揃ってない限り、完璧な束縛は不可能だと思う。抜け道はいくらでもある、浮気とか二股とかやろうと思えばいくらでもできる、と思う。
    • 「束縛しないと浮気される」のであれば、その関係は既に破綻してるんだと思う。
    • そんな状態なんだったら、束縛しててもそれをかいくぐって浮気する道を探られるんじゃないの?
  • 行動は縛れても、思想は縛れないと思ってるし、縛ろうとしてはいけないと思ってる。
    • 表現の自由は大事ですよ。
  • そもそも束縛するのが面倒というのもある。
    • 相手の一挙手一投足を監視するのって、それだけで大変だろう。自分の気も休まらないだろう。
    • 探偵とか興信所とか、そんなお金ありません!

「不安にならないのか?」と訊かれたけれども、不安がってもしょうがないというか、相手が束縛を嫌がるからという理由でまず「束縛したくても束縛できない」し、束縛されるのを嫌がってるのを無理に束縛するのはただの嫌がらせにしかならないと思うし、束縛したって(腰の退けた束縛の仕方にしかならないから)いくらでも浮気二股やろうと思えばできると思うし。結局、相手の言ってる事を信じるしかないよね。という感じで僕は開き直ってます。

もちろんその信用を裏切られる事はないと思いたいけれども、もし裏切られても、まあいいか、と。もちろん、本当に裏切られたらきっとものすごいショックを受けるだろうけれども、でも「裏切られる事」を恐れて束縛を強めることが結果的に相手を「裏切り」に走らせる事に繋がるのなら、束縛してもしなくても結局同じだと思う。僕は相手の事を信じる事にした、その上で相手が僕の事を裏切る事にしたんだったらそれはもうどうしようもないだろうなあ、と。裏切って欲しくないと僕が思っていて、そう言っていて、それでも裏切らずにはいられなくなったのであれば、そりゃもうしょうがないよね、と。

ところで、束縛というと「相手が自由意志で何かをしようとすることを、無理矢理引き留める」というイメージがあるけど、「相手がやりたくないと思ってる事を、無理矢理やらせる」のも本質的には同じ事だと思う。料理が嫌いな人に手料理を無理矢理作らせたりとか。クリスマスやバレンタインデーといったイベント事に何かする事を強要したりとか。

束縛って、要は相手の事を完全に支配したい、コントロール下に置きたいと願うという事だと思う。相手をコントロールしたいなんておこがましいと僕は思うし、コントロールしきれるとも思ってない。じゃあ、そんな僕が相手を束縛するというのは、コントロールしきれるとも思ってないしコントロールする権利もないと思っている相手の事を、コントロールしようとするという、賽の河原で石を積むような行為だよね。それって意味無いよね。と思ったら、束縛する気が萎えてしまいました。そんな感じ。

彼女ができました - Sep 08, 2009

tokyo-emacsで何故か言及された話のことを考えてて改めて思ったんだけど。もうそろそろ本当に「非モテ」という言葉と自分を関連付けて語らない方がいいな……と思うようになってきた。

「非モテ」という言葉の定義自体が今となっては拡散しまくってて訳が分からんことになってるので、改めて自分の認識を示しておくけれども、僕は「非モテ」とは単なる「モテない」とは違うと思ってる。自分が他人から愛されないことを辛いと感じる。誰でもいいから誰か一人でも自分を必要として欲しいと思う。自分と自分を取り巻く世界との繋がりを欲している。人生の主役になれていなくて、主役になりたい。それを切実に感じ、満たされない思いに苛まれている。ということを僕は「非モテ」という言葉で言い表したいと思ってる。人によっては全然違う認識かもしれない。なのであくまでこれは僕が思う「非モテ」ということで。

益田ラヂヲさんほか何名かの方々から(ちゃんと把握してない。すんません。)再三言われてはいたけれども、なんか「居心地が良くて」決別できてなかった。でも、自分の今の心境であるとか置かれた状況であるとかを改めてよく考えてみて、「スゲー非モテの人(非モテでスゲー人? 非モテのスゲー人?)」と言われるには相応しくないと、今では思ってる。

一番大きかったのは、元彼女と別れた後、「あれ、一人で生きていけそう?」と思えたという事だと思う。付き合うまでや、つきあってからずっと、ひょっとしたらカウンセリングを受けるようになるまでずっと、「異性と付き合える」という事柄が何より大きな価値を自分の中で占めていた。他のどんな事で評価されていても、恋愛できない人間に生きる価値は本質的にはないんだろう、遺伝子を残せない奴に価値はないんだろう、世間はそういう人間を本質的には評価しないんだろう、そう思ってた。

世間的にはやっぱりそうなのかもしれない。やっぱり僕には価値がそれほど無いのかもしれない。でも、以前と違って今はわりと「別にそれでいいよ」「羨んだってしょうがないし」「どうせ手に入らないし」「それは僕の居場所じゃないし」と思うようになった。「自分に自分の居場所があるのならそれでいいじゃん」と思えるようになった。と思う。

書かなきゃ書かなきゃと思ってまだ書けてない加齢会のこともそうだ。人に言われて初めて「そうなのか!」と思ったのだけれども、そこにはちゃんと僕の居場所があったようで。その事に本当に今の今まで注意が向いていなくて。それはとても良くないことだと感じた。無自覚に人の厚意を食い潰して、「そうしてもらって当然」とすら思わない――意識すらしない、そんな風なのはとにかく良くない、と思った。

折しも、最近彼女ができて。これを機に、自分の中でひとつけじめをつけた方がいいんじゃないかという気がしてきたんで。だから「非モテ」という言葉と自分とをしつこく関連付けて語るのは、やめようと思う。少なくとも、自分がその代表(の一人)みたいなツラをしたり、そういう風に受け取られそうな事を言ったりするのはやめようと思ってる。自重しようと思う。

いや、彼女ができたら非モテ卒業、というのは多分違うんだろうと思う。自分の気持ちが楽になってないなら、本人にとっては何も救いになってないわけで。僕自身「あれ、なんか自分と非モテって言葉を関連付けるのに違和感があるな」と思えるようになったのは、前述の通り、元彼女と別れて以降だったわけで。でも、まあ、「別れた」の時に「非モテ」と自分とを切り離す機会を逸してしまったので、今がその次のちょうどいいきっかけのように思ったから。

今度の彼女との関係? うん、今の所良好だと思いますよ。(←デレデレした感じで)

NGワード:ラブプラス

女性に対する自分の視線がいかにも非モテなものに戻ってしまった - May 10, 2009

Latest topics > republic1963さん送別会 - outsider reflex(コメント欄)

「彼女がいた」時と「彼女がいない」今とで自分の考えとか感覚の違いを強く自覚する点として、女性に対する自分の視線の違いがあると思う。今は、魅力的な(と自分が思う)女の人と会話可能な距離にいるだけで、非常にどぎまぎするし、まともに目を合わせられない。失礼な話とは思うけど、その人と自分が付き合っている状態、というか突き合っている状態を想像してしまう。「非モテの心の中の『女性に対する分類用フォルダ』は『家族』と『恋人(候補も含む)』の2個しかない」と加野瀬さんあたりが言ってたと思うけど、まさにそれ。

その人に彼氏がいるとか既婚者だとかそういう事を事前に知っていたら、多分もっと平静でいられると思う。また、彼女がいた時だったら、相手がフリーだと知っていてもやはり平静でいられたと思う。どうも僕は無意識レベルで、自分に彼女がいるなら浮気心を持っちゃいけないとか、相手に彼氏または旦那がいるなら手を出しちゃいけないとか、そういう風に考えているようだ。

彼女がいた時は、魅力的な女の人を前にしていてもそれなりに落ち着いていられたので、「ああ、非モテが治った!」と安心してた。でも実はそうじゃなかった。単に内面化された倫理で自分を縛っていただけで、そのくびきがなくなった途端、世の女性全部を再び「恋人候補かどうか」という視線で見るようになってしまった。元に戻ってしまった。

一般的な意味で「かわいい」「綺麗」「素敵」とかその辺くらいまでだったら見られる方もそこまで嫌ではないだろうと思う。以前lovalottaさんにも、かわいいと思ったんなら素直にそう言えば女の子は嬉しいのだ、という風なことを言われた。

でも今僕が彼氏持ちや既婚者でない魅力的な女の人のことを「かわいい」と言ったら、そこには「できることなら恋人になって欲しい」「セックスしたい」「辛い時に慰めてくれるママになってほしい」とかなんとか、そういう意識が絶対に入ってくる。そんな下心剥き出しの言葉をかけて喜ばれるとは思えないし、そんな下心剥き出しのギラギラした目で見て喜ばれるとは思えない。そんなの(下心があるなんて)言わなきゃいいじゃんと言われるかもだけど、僕は女の人は本気でエスパーだと思ってるから、こっちの下心なんて完全に見抜かれてると思ってるから、思うことは言うことに等しく、思うことすらNGだと考えてる。

彼女がいた時に「今の彼女と別れたら非モテに逆戻りだ」と自分で言ってたけど、まさに予言通りだった。というか、彼女がいた時もずっと中身は非モテのままだった。治ってなんかいなかった。

糞真面目あるいは融通が利かないあるいは切り替えが下手糞 - Apr 26, 2009

ライブの打ち上げの場でたまたま同席した人相手に色々と愚痴っていた(このところ、会う人会う人にこの話をしてる気がする)時に、言われたりして自分で気がついたんだけど。

よく、「自分から動かなきゃ出会いなんて無い、もっと外出ろ! 外!」という言説を目にする。別の場所では「趣味のオフ会にナンパ目的で参加して来る奴ウゼエ!」という言説も目にする。自分はその両方を見て「一体どっちなんだよ!!」とイライラしていたのだけれども、話をしていた人達の語り口からなんとなく、「普通」のケースでは「趣味を楽しみながら恋愛」という平行処理をできるのが当たり前らしい、僕はどうもそうではないようだ、と思った。

そう。ほんとにねえ、そういう「頭の切り替え」ってんですか? 世渡りっていうんですか? そういうのが壊滅的にできない。「趣味の活動をしながらいい人探せばいいじゃん」と言われても、「趣味を楽しむ時は趣味を楽しむ」っていう風に一直線にやらないとできない。

というか、その逆を考えてみると、「いい人を探す」事に関心を向けた途端、全ての物事を「いい人を見つける」という言わば繁殖行動に結び付けて考えるようになってしまい、趣味の事を楽しむという事ができなくなる。全ての物事が自分にとっては「セックスさせてくれるママ」探しになってしまう。そしてどうも世の中的には、趣味の分野においてその趣味に一直線である人と、趣味の分野において恋人探しに躍起になってる人とでは、後者の方が圧倒的にキモイ人扱いされているように見える。だから、どっちがマシか(どっちの方が自分自身が非難に晒されて嫌な思いをしないで済むか)と考えて、前者(趣味の時は完全に趣味の事しか考えないようにする、繁殖行動への関心には頭を持って行かないようにする)にならざるを得ない。そういう事なのではないかと思う。

うまい話って無い物です - Apr 04, 2009

頭で分かったつもりになってても本当のところは理解できてないことって、多いもので……自分が当事者になってみないと分からなかった。今もちゃんと分かってるか怪しいくらいだ。賢者は歴史に学び愚者は経験に学ぶと言うけれども、僕はまさに愚者だなあ。愚者未満かも?

何でも話せる関係、とか、何でも受け入れられる関係、とかって、一歩間違うとズブズブの共依存に陥っちゃうアレですよね。多分その一種。あまりに典型的すぎるのに……自分のこととなるとなんで気付かないんだろ。いや、気付きたくなかったんだな。必死で目を逸らしていただけだ。

自分の「至らないところ」までも相手が受け入れてしまうと、自分でそれが「至らないところ」だって気付けなくなる。根拠レスな自信が増大していく。まぁ、自信喪失状態からのリハビリにはなったのかもだけど。でも、甘やかされると図に乗るタイプの人間は……度が過ぎても自分で気付くことができないんだな。人に言われても分からない。鏡のように自分の有り様を見せつけられて、なんとか分かるのかもしれない。

ありのままを一人で全部受け入れられることなんて、そうそうないんだろうな。本来なら多分どっかで破綻するんだと思う。破綻してなかったら何かがおかしい。会社だったら、赤字垂れ流してどうやって成立してるの?みたいな話だ。その裏には何かカラクリがあるか、そもそも最初から商売なんかしてなかったのか……

最初は自分が被害者みたいな気分にもなってしまったけど、違う、共犯だ。共依存だもん。むしろ自分が主犯だろ、自分の人生的に考えて。

それに、サインは出してくれてたんだな。決められたのは間違いなくそのおかげだ。なのに今まで僕は自分から、それを無視してた。まじめに取り合おうとしてなかった。サインの意味を懇切丁寧に教えてもらってやっと、「ああそういうことなのか」って分かったわけで。どこまで僕は人任せなんだよと。救いようがないなホントに!

だからなあ。恨めないわ。っていうか自分だけおいしいとこいただいてちゃっかりエクソダスしちゃって、むしろ恨まれておかしくないよなあ。

ありがとうね。本当に。さようなら。

「こんな恋愛がしたい、それ以外のパターンは嫌」 - Jan 07, 2009

話を聞いてみると「自分が理想とするステップを踏みたい」のだそうだ。友人関係みたいなところから始まって、何か困難があって、それを乗り越えて結ばれるみたいな感じなんだという。

「顔が良くなきゃ嫌。顔が悪いのは論外。」とか「趣味が合わないと嫌。」とか「この人こそが!って求められるのでなければ嫌。こいつしかいないからしょうがないか、ってのは嫌。」とかとの違いが、僕にはわかりません。それらと同程度に、「ふうん、そこがその人の譲れない線なんですね」としか思えません。何故この人が殊更「間違ってる」と言われなきゃいけないのかが分かりません。

モテなさそう - Dec 14, 2008

最後に残された差別 - Hopeless Homeless

見た目がいい、運動神経がいい、しゃべりが上手い、雰囲気がいい、お洒落、金を持っている、いい会社に勤めている、特殊なスキルが高い、声がいい、などなど、漠然としたプラスの印象をひっくるめた万能ワード「モテそう」。

それに対して、どんなに見た目がよく、運動神経がよく、しゃべりが上手く、雰囲気がよく、お洒落で、お金持ちで、いい会社に勤めるどころか経営までしており、特殊スキルを持っており、声がよくても、レッテルとして「モテなさそう」という言葉を投げつけてしまえば、その人物に、根拠不明のマイナスの印象を与えることができる。

自覚してなかったけど、こう言われるとなんかすごく納得してしまった。「非モテ」=「モテなさそう、と他人から言われる(そして周囲の人も本人もその評価に納得してしまうような)人」というのが、自分の中での「非モテ」という言葉が示すクラスタにとても近い気がする。「彼女がいるなら非モテじゃないじゃん」と言われても「うーん……でも……」と自分のことを思ってしまうのは、自分が自分をどう思っているか、とか、客観的にこれこれこういう条件が満たされているからどうであるとか、よりも、自分が他人に主観的にどう思われそうなのか、という所を気にしているからなのかもしれない。

みかんの星の人が完全に「あっち」に行ってしまった件 - Aug 11, 2008

思えば遠くまで来ました。 - みかんの星-骨と翼-~漫画と絵日記と雑文のサイト~

こういう誠実な態度を取れよ、ってrAdioさんとかは僕に言いたかったんだろうけど、取れんなあ、こういう態度は。少なくとも今の僕には。

こういう事を言えるのは、「こっち」に決別して「あっち」に行ってしまっても生きていける人だけだ。「あっち」に居場所がある人だけだ。小島アジコ氏は「あっち」に居場所がある。僕は「あっち」に片足突っ込んでるけど、「あっち」に置いた足の下の地面はぬかるんでてとても居場所なんて呼べたもんじゃない。両足で「あっち」に立てる状況じゃない。「こっち」に決別して「あっち」に行くには、別の足場を探すか、このぬかるみをコンクリで固めるなり何なりして足場にするか、しないといけない。

今まではどっちの選択もできずにいたけど、いいかげん、選択しないといけないんだろうって最近思うようになってきた。別の足場を探すか、この足場を固めるか、それか、「あっち」を諦めて、「あっち」に突っ込んだ片足を「こっち」に戻すか。

この記事の目的は、自分自身のTODOの明確化です。

13日追記。ちょっと「あっち」でモテたくらいで心まで足抜けできる非モテってそんなにいるのかな。リア充感を味わったとしても短期的では。という、意地の悪い言い方をする人もいる。まあ多分その通りだと思う。努力し続けないと心まで足抜けできない、あっち側には居続けられない。あっち側に居続ける努力をするという決意表明、ちょっと凹んだからってフラフラこっちに舞い戻ってくるようなことはもうしないしできないししたくないという宣言、だと僕はあの文を読んだ。

ウソ非モテ - Jul 08, 2008

rAdio-AktiV - 日本三大ウソ非モテ

最近は非モテ関係の話題に言及することもほとんどなくなってフェードアウトした感があったんだけど、時々こうして思い出したように引き合いに出されるのね。

「ウソ非モテってなんやねん」という人のために説明しておくと、「『他者からの承認を得られておらず承認に飢えて渇望している』状態を指す『非モテ』を名乗っていながらテメーはすでに承認されまくってるじゃねえか、テメーみてえな『こんな承認は要らない、理想の形の承認じゃなきゃヤダヤダヤダ!』なんて切実さのないのは非モテじゃなくてただの贅沢だろクソボケカス、そんなテメーが非モテを名乗るのは非モテの冒涜だ!! 死ね!!! 氏ねじゃなくて死ね!!!!!!」という感じのアレです。自分の認識が間違っていなければ。

僕が卑屈な事を言う度に、「卑屈な人は嫌い」という風なよくある意味ではなく上記のような感じで、僕のことを嫌いな人を刺激してしまうようなので、今は少なくとも「非モテ」という言葉を使うことはなるべく避けるようにしているつもりなんですが、それでも引っかかる人はいるようで、どないせえちゅう感じです。

しかしまあそんな感じで僕のことをある意味羨ましいと評してくれる人はいるみたいなんですけれども、ちょっと俯瞰してみたらその僕だって「Piroキメェwwwwww」「死ねキモヲタ」とかそんな感じのイジリなりイジメなりを受ける立場にいるわけで、前方からそんな感じの攻撃を受けつつ後方からも上記のような突き上げを食らっているわけで、人生ってなかなか楽にならないもんだなあと思います。

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