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ファッション界の人は、服のファッション性について「楽しむもの」「自分から関わるもの」という認識で考えているようだ。対するオタク非オシャレ陣営は、服のファッション性を「人に嫌われないための手段」「迫られてやらされるもの」と認識している。この差は大きい。
こういう状況で「ファッションを楽しみたいと思っているオタク非オシャレ」を探したって、そんな人はいるわけないのだろう。ファッションを楽しむという視点は、ファッションに対して恐怖感や嫌悪感を抱いている人に、宿るはずがない。
言い換えれば、恐怖感や嫌悪感さえ取り除くことができれば、オタク非オシャレであってもファッションを楽しむことは可能なのかもしれない。実際、「脱ヲタして以来、ファッションが楽しくなった」という人もいると聞く。
その過程を無意識のうちにすっ飛ばしてしまったところが、件の本の問題点であり、そして、世間と非モテでの見解の食い違いの原因である、という気がするのだが。
>オタク非オシャレ陣営は、服のファッション性を「人に嫌われないための手段」「迫られてやらされるもの」と認識している。
非モテ(?)つーか非オシャレつーかそーいうのはよくわからんのですが、他人の視点から自分を見て服装を選択するというかそーいう事に頓着しないのがオタクなのかと思ってたので若干の違和感を覚えたような気もしましたが、そこまでハードコアオタク前提で話す必要もないかと思い直したりもしました。
あとお洒落ファッション界の人はお洒落ファッションオタクなので、オタクファッションオタクとは単なるジャンル違いとかそんな感じなのではなかろうかとかまあいろいろ。
Fxが中級者に厳しいのと同様にお洒落も(オタク)中級者には厳しいとかそういうフレーズが思い浮かびましたが、考えすぎると禿げぎぎぎ頭部の話は(ry ここまで定型。
ではまた。
まあ良くも悪くも最近の「オタク」が平均的に「薄く」なってきてるってことなんでしょう。
服に悩むようなやつまでが「オタク」に含まれる時代。
単に多数派から見てキモイ人間のことを「オタク」とラベリングし、ラベリングされる当人もそれを受け入れてしまう時代。
の末尾に2020年11月30日時点の日本の首相のファミリーネーム(ローマ字で回答)を繋げて下さい。例えば「noda」なら、「2005-12-21_datsuota.trackbacknoda」です。これは機械的なトラックバックスパムを防止するための措置です。
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