Apr 17, 2009
他のアドオンと衝突しないように心がけたいし、心がけて欲しい
「次のエントリで書く」なんて予告じみたことを書いてはみたものの、どうも話がまとまらない。もう、思ったことを箇条書きで書くだけにする。
現実的に言って、1つのアドオンであらゆる人のニーズを満たすことは不可能だと思うし、そういう方向での努力はしない方がいいとも思う。何でもかんでも……と際限なく詰め込んでいくと、どこかで破綻すると思う。機能の詰め込みは、ある時点までは効率がいいんだけど、ある時点を超えてしまうと、デメリットの方が大きくなってくる。「Piro拡張化」なんて言われるようになる。
作る側の心理として、どうして機能を増やしたくなるのか。他の人はどうか知らないけど、僕はこんな感じだった。
- デバッグより、新機能を実装する方が楽しい。モチベーションが高まる。
- 大は小を兼ねる。大きいことはよいことだ。みたいな。
- 「こんな小さな物をたくさん作りました」よりも「こんなデカい物をたった一人で作りました」の方がなんかすごそう。
- より多くの人のニーズを満たせば、より多くの称賛を得られる。誉められて嬉しい。
- それまでに作った部分を土台や部品として使えるので、新しい別個のアドオンにするのに比べてはるかに楽に「すぐ動く物」ができる。
- 共有できる部分が多ければ、それだけ「無駄が無い」と言える。同じことをするコードが複数のアドオンにあるのは、無駄なことで、気持ち悪いと感じる。
- 複数の機能を有機的に連携させて、「100%ぴったり、思い通り」の挙動を実現できる。
そんな感じの理由でどんどん機能を加えていく。ある時点までは、それでうまく回る。応援してくれる人とか感謝してくれる人とか、モチベーションを高めてくれる声も寄せられる。でも、なんかの閾値を超えたところで、あらゆる物事が下り坂に転じる。
- 目が行き届かない所が出てくる。
- 自分が使う物は目が届くけど、使ってない機能には目が届かない。
- 自分の環境では問題ないのに他の環境では問題が起こる、というケースが頻発するようになる。
- 機能同士が複雑に絡み合っているので、原因の特定がどんどん困難になる。
- 既にある機能との整合性を常に考えないといけないため、新しい機能を加えにくくなってくる。新しい機能を加えることに物凄くエネルギーを使わないといけなくなる。
- 作り込めば作り込む程、前提とする環境への依存が強くなる。
- 前提がちょっと変わるともう全然動かなくなる。Firefox 1.5向けに作り込んでいたから、もはやFirefox 2に対応できない。
- 最初の頃は「こんなの今まで無かった! これがあると大違い! 素晴らしい!」と称賛されていたのに、だんだんそれがなくなってくる。
- 「定番だよね」「むしろ当たり前だよね」と言われるようになってくる。
- 使う側から見たら「あって当たり前」という感覚だから、感動なんてしない。最初の時点で「とりあえず入れとけ」みたいな感じで勧められるから、それが無い時の不便さも、それを導入することで起こる変化にも、気がつかない。
- 本当だったら使わなくてもいいはずの人まで、「なんかみんな使ってるみたいだし、入れとくか」という感じで使うようになる。
- アドオンは薬のようなもので、導入するのは薬効と副作用のトレードオフ。どうしても必要な薬効があるから副作用を我慢して使う、というのが本来そうあるべき使い方なのに、薬効をそもそも知らないまま流されて服用して、副作用に苦しむことになる。
- 「バグが多い」「不具合ばっかり」「他のアドオンと衝突しまくる」などのデメリットばかりがとりあげられるようになってくる。
- 「定番なんだから責任持って作れよ」「こんな事もできないの? 定番なんだからできて当然なんじゃないの?」みたいな、お客様気分の声が増えてくる。やる気を削がれてくる。
- 「定番だよね」「むしろ当たり前だよね」と言われるようになってくる。
そんなわけで、精神的な負荷と時間的なコストがどんどん大きくなっていって、タブブラウザ拡張は破綻した。Firefox 1.5のサポート完全終了と共に、過去の遺物となった。
- かといって、Firefox 2デフォルトの状態で我慢できるわけもなくて。
- でも、タブの複数行表示機能をやめてツリー表示しか使わなくなってしまっていた自分には、今更Tab Mix Plusに乗り換えるというのも考えられなかった。
- 感情的な理由もあった。後から来て追い抜いていった(と同時に、良い評価もかっさらっていった)相手に自分が依存するのは屈辱だと思った。
- TMPも「Piro拡張化」の行き着く果てまで来ているように思えた。ここから先は下り坂だと思った。
そういうわけで、過去の自分の失敗を徹底的に反省して、ゼロからやり直すことにした。
- 全部詰め込むのはやめる。1つ1つのアドオンを可能な限り単機能に保つようにする。
- 多少効率が悪くても、重複する部分があっても、個別のアドオンに分ける。
- 重複する部分がデカくなるようだったら、ライブラリにする。
- ライブラリはファイル単位で上書きできるようにする。ファイルの中を見て必要な箇所を切り貼りして……という風なことはミスの元になるから、やらない。
- 複数の異なるバージョンの同じライブラリが同時に入っていても、問題なく動くようにする。
- という考えで作ったライブラリをリポジトリにまとめてある。
- 関係ない機能を含めない。コンセプトが合わない機能は、簡単に実装できそうであったとしても、加えない。
- これはユーザにもメリットがある。
- 多機能で「とにかく便利」なんてコンセプトだと、ユーザは入れてみるまで薬効と副作用の比較ができない。入れた後も、どれが薬効でどれが副作用なのか分からない。
- 単機能なら、薬効と副作用を比較しやすい。「この機能はいらないから、入れない」という判断ができる。「よく分からんけどとりあえず入れてみる」という選択を防ぐ圧力が生じる。
- 多機能にするよりユーザ数は多分減る。でもそれでいい。薬効が必要なくて副作用しか得られない人にまで、使ってもらいたくない。
- 主要な機能を、他のアドオン(自分が作る物も含めて)から使いやすいように「API」として公開する。
- といっても、物自体は変わらない。あくまでただのメソッド。ただ、作る時の心構えを変える。
- 自分だけが使うものだから……と思っていると、メンバ変数とかをがんがん使った、実装するのが楽な、結合が密な設計にしてしまいがち。
- 結合が密だと、100%全ての情報の流れを理解している人間でなければメソッドを使えない。
- 半年くらいして自分でもすっかり忘れた頃にもう一度見て、すぐに理解できるか? 理解できなさそうなら、それは駄目な設計。
- 結合をなるべく疎にする。密な結合にしないといけない時は、せめて、情報が双方向に流れないようにする。一方通行に処理を追いかけるだけで理解できるようにする。
- インターフェースを公開して、ドキュメントも作る。
- 既に公開してしまっている物だから、安易に変更できないというプレッシャーがかかる。APIの互換性を維持する力が働く。
- 機能同士の連携は、必ず公開APIを経由して行う。
- APIでできないことはしない。
- 必要なら新しいAPIを考える。やっつけ仕事ではなく、ちゃんとした設計で。
- といっても、物自体は変わらない。あくまでただのメソッド。ただ、作る時の心構えを変える。
- TBEでやってたような、ガチガチの作り込みはしない。
- 泥臭くてカッコ悪くても、フレキシブルな対応が可能なやり方を取る。
- XBLでスッキリ書くより、DOMでゴリゴリ書く。
- なるべく、Firefox自体が持つ構造を壊さない。
- 要素構造を自分好みにすっかり作り替えてしまえば、自分は楽になる。でも、ユーザが困る。他のアドオン作者も困る。要素構造を変えると他のアドオンと衝突しやすくなる。
- XBLの使用はできるだけ避ける。
- 特に、既存のバインディングの「置き換え」は「最後の手段」「禁じ手」と考える。
- 「まだバインディングが行われていない部分への追加」だったら、使ってもいい。
- どうしてもXBLじゃなきゃ実現できない、という部分だけに限って使う。それ以外でXBLを使うのは、極論すれば「珍しい技術を使ってる自分」に酔っぱらってる自己満足な行為でしかない、と考える。
- メソッドを丸ごと置き換える、という事はできる限り避ける。
- やるのなら、
eval()
による部分的な書き換えで対処する。 - やりたいことの大半は、元のメソッドの最初か最後に処理を追加するだけ。メソッドを丸ごと全部別物に置き換えてしまう必要は本来無い。
- 見通しは悪くなるけど、他のアドオンとの競合は起こりにくくなる。と思う。
- これによる開発効率・メンテナンス効率の低下は、個々のアドオンを単機能に・シンプルに保つという前提によって相殺する。
- やるのなら、
- 泥臭くてカッコ悪くても、フレキシブルな対応が可能なやり方を取る。
- 他のアドオンでできることはしない。
- 自分一人で抱え込まない。他の人がやってることをわざわざ自分でやり直そうなんてことはしない。
- 組み合わせて使うことを積極的に推奨する。自分自身も、他のアドオンと組み合わせて使う。
- 組み合わせて使って問題が起こりにくい設計にしないといけない、という圧力が自然とかかる。
こういう考えに基づいて作ったのが、マルチプルタブハンドラ、情報化タブ、ツリー型タブ、ソース表示タブという4つのアドオンだ。上に書いたことを完全に守れてるとは言えない部分もあるけど、昔に比べれば遙かにマシになってると思う。
作る側としても、使う側としても、僕は今の方がずっと楽だ。
「多機能に」「1つだけで様々なニーズに応えられるように」という方向に頑張ると、縛りがどんどんきつくなってくる。1つのアドオンだけでできることを増やしていこうとすると、妙な話だけど、他のアドオンに頼れなくなっていく。作り込むほどに、そのアドオンを入れた結果が素のFirefoxとかけ離れてしまうから、他のアドオンとの互換性がどんどん失われていく。だから、1つのアドオンだけでしなきゃいけない事がイモヅル式にどんどん増えてくる。
ユーザの視点から見ると、「多機能なアドオン1つだけの世界で完結した使い勝手を享受する」か、「いろんなアドオンを組み合わせて使う」かの、どっちかを選ばないといけないということでもある。両立はできない。
ここで改めて念を押すけれども、僕は、Tab Mix Plusと上記のタブ系アドオンの組み合わせは推奨していない。一応TMPで動くようにはした、けれども、継続的に追っかけ続けるモチベーションが無い。何故なら、僕はTMPユーザではなく、TMPと組み合わせて壊れるようであっても僕自身は全く困らないから。TMPユーザでない他のアドオンの作者の中には、同じように感じてる人もいるんじゃないかと思う。自分が使ってもいないのに対応を迫られるなんて、厄介な奴だ、目障りな奴だ、みたいな。閑話休題。
「多機能なアドオンで、部分的には、痒い所に手が届くような感覚がある。でも、足りない部分もある。それを補うための他のアドオンと組み合わせて使うことは、残念ながらできない。」「単機能のアドオンをたくさん入れていて、それぞれはそれなりに便利。でも、いまいち連携が取れてなくて、痒い所に手が届かない。」そのどっちかを選ばないといけない。
一人あるいは少数の作者の頑張りだけに期待しなきゃいけない、期待して待ってなきゃいけない。多機能長大路線を歩むという事は、ユーザにそれを強いるという事だと思う。僕はそれが嫌になった。
多分、多機能な物を「作る」だけなら、誰にでもできるんだと思う。時間さえかければ。当時の僕にもうなる程の時間があった(大学生で、レベルもそんなに高くなかったから楽に単位を取れて、その分自由に時間を使えた)から、できてたんだと思う。でも、より大きな問題は「作った」の後にあると思う。メンテナンスし続けられるのか? 他のアドオンと協調させられるのか? 多機能長大路線ではそれは難しいと、僕は思った。
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