May 13, 2007

オープンソースを説明する

Firefox紹介ビデオその8

オープンソースという概念を説明するのって、難しい。いや、「クローズドな物に比べてオープンなんだ」とかそういうことはもちろん言えるんだろうけど、「具体的にそれでどういうメリットがあるの?」ということまで理解してもらうための説明となると、ハードルがとても高い気がする。

ソースが公開されていることとオープンソースであることというのは別だ。ソースは公開されてるけどそこから派生版を作ることを禁止している場合もある。意見は分かれる所だろうけど、だから僕はオープンソースの定義に合致しているかどうかという所で判断している。Firefoxの名前とロゴマークの入ったビルドは自由に再配付できないので、厳密に解釈すると、Firefoxもオープンソースなソフトウェアとは言えない気もする(ロゴが付く前のMozilla Browserなら、オープンソースだと迷い無く言える)。

僕自身は、オープンソースであることの一次的なメリットは開発者にしか無い、エンドユーザにとってはオープンソースかどうかなんてのは全く関係がない、と思っている。

この映像で言ってるような「大人数で見てるから云々」というのは、僕にとってはメリットになっていない。かれこれ7年くらいはソースコード公開して拡張機能を作ってるけど、他の人が問題を「直してくれた」ってことは片手で数えるくらいしかないと思う。そもそもセキュリティにまつわる指摘があったのは1回あったかなかったかってくらいだし。

フランス語やドイツ語、ポーランド語といった言語リソースを作ってもらうことができているのは、オープンだからこそと言えるのかもしれない。

他の拡張機能やMozilla自身からソースコードをコピペしてくる時に、いちいち許可を得るために奔走しなくて済むのは、僕にとっては大きなメリットだ。これは、僕の拡張機能もパクリ元の拡張機能もオープンソースのライセンスだからこそ可能な事だ。仮にこれがクローズドなソフトウェアの開発であれば、技術供与してもらうために七面倒くさい交渉をしたり、そもそもそういうこと自体許されないから無駄と分かっていて車輪の再発明をさせられたりする。そういう苦痛を味わわなくて済むのは素晴らしいことだと思う。

今はまだ僕が生きているから、僕がメンテナンスを続けられているけれども、もし不慮の事故や何かで僕が死んでしまったら? その時、誰か僕の作っている拡張機能の開発を引き継いで行ってくれる人は現れるんだろうか? もしいるとすれば、それはつまり、僕にとって、子供を遺したのと同じことと言えるのかもしれない。誰でも、物理的には不可能な多数、あるいは広範囲で、子供を遺すことができる、というのも、オープンソースな開発手法の一つのメリットと言えるかもしれない。

という風にいくつか思いつく「オープンソースのいい所」っていうのは、僕にはあくまで開発者のためのメリットとしか思えない。エンドユーザに対してメリットがあるとすれば、あくまで二次的なものであると僕は思っている。

そんな回りくどい事情を懇切丁寧に解説した所で、エンドユーザがちゃんと最後まで頭使って見てくれるものだろうか? 僕自身は、めんどくさいから、そんな長ったらしい説明は聞きたくない。

オープンソースであるということをエンドユーザ向けの広報活動の材料にしようという発想が、そもそも間違っているのかもしれない。

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