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たまに18歳未満の人や心臓の弱い人にはお勧めできない情報が含まれることもあるかもしれない、甘くなくて酸っぱくてしょっぱいチラシの裏。RSSによる簡単な更新情報を利用したりすると、ハッピーになるかも知れませんしそうでないかも知れません。

萌えるふぉくす子さんだば子本制作プロジェクトの動向はもえじら組ブログで。

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2016年のアドベントカレンダーのふり返り - Dec 25, 2016

今までアドベントカレンダーには熱心に参加した事はなかったと思うのですが、今年はシス管系女子の草の根広報活動の一環として、自分でもびっくりするくらい力を注いでおりました。

シス管系女子アドベントカレンダー

まず、自分で初めてシス管系女子 Advent Calendar 2016というアドベントカレンダーを立てました。IT系のクリスマスといえばアドベントカレンダーが定番という印象があったので、思いつきでのチャレンジです。

とはいえ、現状のWebでの認知度を鑑みるに読者の方のご協力だけで全日程はまず埋まらないだろうと見込んでいたため、全25コマの構成で事前にマンガを用意しておき、最悪の場合でも1日1コマ公開していけば日程は埋められるという準備を整えた上でスタートしました。Webでの試し読み代わりに自由に使える話を増やしたいという動機が元々あったので、「描くつもりだった話を描ければそれでまず成功。アドベントカレンダー関係のブームに乗っかって露出が増えれば一石二鳥。読者の方のご協力を得られれば一石三鳥」というつもりでした。

蓋を開けてみると、およそ3割の日程を読者の方に寄稿して頂けており、予想以上の結果に大変嬉しい思いをしております。自分なんかの思いつきに乗っかってくれた方がこんなにいた事、エールを頂けた事がとても励みになりました。本当にありがとうございます。

一方で、課題も色々あったと思っています。

  • コラボ対象としてのシス管系女子のコンテンツ力不足。例えば湊川さんに寄稿頂いた記事は、大変な労作なのにも関わらず、ブクマ数は1桁台に留まってしまいました。ご恩に見合うメリットを提供できていないというのは心苦しい所です。
  • アドベントカレンダーは大人数が参加するからこそ盛り上がるという事。世間には最初から最後まで一人だけで完遂しているITアドベントカレンダーもありますが、テーマ自体が魅力的であるとか話題性があるとかでも無い限り、ネットの片隅でひっそり始まってひっそり終わるだけになってしまいます。
  • ファン向けコンテンツとして見た時の魅力の見えにくさ。ConoHaアドベントカレンダーでは参加者にカレンダーをプレゼントという事がアナウンスされていましたが、シス管系女子アドベントカレンダーでは具体的にどんなプレゼントがあるという事をアナウンスできていませんでした(現時点でも。これはグッズがまだ準備できていないせい)。また、こちらで投稿していく内容が本編でスキップした初歩的な部分についての物であったことから、多くの既存読者の方にとっては「知っている事」に過ぎず、連載を追う楽しみを感じられにくかったのではないかと思います。

以上を総合すると、今回誰が一番得をしたかというと自分自身だった(自由に使える特別編を1つ増やす契機になった、読者の方々からのエールを頂けて元気が出た)という気がします。つまり俺得。自己満足に付き合わせるだけになってしまってすみませんでした……こんな風に人の厚意を食んで自分のやる気に変えるような事ばかりしてたら信頼を損なうばかりですよね。ほんとに。

他のアドベントカレンダーへの参加

元々、自分から見つけてきてくれる人だけを対象にしていても認知は広がらないので、どこか「外」に出ていく必要があるという事は認識していました。

そんな折、Geek Women Japan 2016の懇親会で、「シス管系女子」を読まれた方から本編で扱っていなかった話についての質問を頂きました。それに対する回答を記事化して公開するにあたり、ちょうどそのタイミングで各アドベントカレンダーの参加募集が始まっていたため、「外」のアドベントカレンダーに参加すればその読者層に認知を広げる機会になるのでは?と思い至りました。ただ、無差別に参加して宣伝をばらまくだけではただのspam行為なので、

  • 記事の内容はそれぞれきちんとそのカレンダーの趣旨に則ったものになるように務め、その記事単体でちゃんと情報として価値がある物になるようにする。これはspam行為にならないようにという消極的理由よりも、積極的に良いコンテンツにする事で信頼の種を蒔きたいという理由が大きい。
  • その上で、「その記事でやっているような事を自分でやれるようになりたい人向けのコンテンツ」としてシス管系女子を紹介する。
  • そのために、参加するアドベントカレンダーは「シス管系女子」の内容や周辺事情と親和性が高そうな物を選ぶ。

といったあたりの事を考えながらエントリーを増やしていった結果、以下の8記事ができました。

結論としては、この試みは一定の成功を見たと思っています。特にShellscript Advent Calendarに投稿した記事がどういうわけか若干バズってくれて、ここからの流入が突出して多かったです。この記事は日を開けて何度か紹介されていて、その度にアクセスが発生するという状況になっていました。

ただ、このアクセス増は狙って起こせたものではなく(記事のタイトルを付ける際に若干挑発的なタイトルを意識したのは事実ですが……)、それ以外の記事のPVはそれほど伸びなかった事、また増加したアクセスも継続的なものではなくあくまでスパイク状の一過性の増加に留まった事から、やるならもっと継続的にやった方が良さそうという事は思っています。そうする事で、「シス管系女子」の内容や技術レベルに対する懐疑的な見方を払拭する材料を増やせれば、という思いもあります。

自分のサイト内でコンテンツを公開するよりも、技術情報であればQiitaのように、多くの人が見ていて且つ情報をシェアしやすい場所で公開するようにした方が良いという事も実感しました。

Groonga

会社の業務の一環で、Groonga Advent Calendar 2016にもGroonga名義でいくつか記事を投稿しました。

これらはGroongaの知名度向上や盛り上がり感の演出、既存ユーザ・新規ユーザ向けの情報の整備を目的に行いましたが、シス管系女子の場合と同様、これ自体が知名度向上に役立ったという事は言えなさそうです。

まとめ

以上をまとめると、認知度向上のための手段としてアドベントカレンダーを使う時は、既に人が多く集まっている場所(サイトもそうだし、アドベントカレンダーもそう)に飛び込んでいくのが有効なようです。 という、当たり前といえば実に当たり前の話なのでした。

女性エンジニアが自分の好きなように生きられるように、あるいはただの惚気話 - Dec 08, 2016

妻・夫を愛してるITエンジニア Advent Calendar 2016その2をご覧の皆様、はじめまして。Piroといいます。

自分は現職のITエンジニアですが、会社の仕事とは別に、日経LinuxというLinux関係の技術情報の月刊誌でシス管系女子と題した漫画形式の記事を連載しています。
まんがでわかるLinux シス管系女子(1巻表紙)

基本的に話も技術面での検証も作画も全部一人でやっているのですが、そのせいで内容を冷静な目で見られなくなってしまうことがあります。そんな時、幸いなことに妻も現職のITエンジニアなので、「話の展開に無理が無いか?」とか「この解説で通じるか?」とか不安を覚えると度々、妻に下描きを見せて率直な感想を聞かせてもらっています。率直に言って大変助かっています。 だというのに、最近は連載の〆切に追われて平日も休日も一杯一杯になってしまっている事が多く、妻には迷惑をかけてばかりで申し訳ない限りです。

さて。「シス管系女子」はとある企業の新米システム管理者の女の子「みんとちゃん」が主人公なのですが、今日の話はみんとちゃんの衣装の話です。

自慢じゃないですが、自分はファッションセンスがありません。そんな自分が女性キャラの衣装を自分でゼロから考えても碌な事にならない、しかし巷のファッション誌を参考にしようにも色々ありすぎてどんな服を着せればいいか分からない、ということでみんとちゃんの衣装はもっぱら妻の私服を参考にさせてもらっています。

シス管系女子 利奈みんと 作画設定(2016年版) by Piro/結城洋志 on pixiv

(そんな訳なので、たまに読者の方に「みんとちゃんの服装かわいいですね!」と言っていただけると、「でしょ!?かわいいっすよね!!」と全力で同意して間接的にのろけているのです。)

実をいうとみんとちゃんの衣装には単純にデザインのみならず、ポリシー面についても妻から学んだ事が反映されています。 それは、「男にウケるためでもなければ、周囲に文句を言われないためでもない、自分(みんとちゃん自身)のために自分(みんとちゃん)が好きな服を着る」ということです。

聞いた所によると、妻の最初の就職先は色々とお堅い会社で、服装規定も結構厳しかったそうです。 女性社員は私服であっても地味目のおとなしい服でなければならず、そのため妻も本人の好みに合わない服を買って着ていたそうです。 そんな訳なので、転職して服装既定の厳しくない会社に移ってからはその頃の服はほとんど全くと言っていいほど着なくなってしまい、結局、クローゼットの中を整理した時にそれらはほとんどすべて処分してしまいました。

社会人、特に普通に会社に通勤するという働き方の人にとっては、人生の中でもそれなりの長い時間を会社で過ごすことになります。 そんな長時間を、いたくもない姿の自分でいることを強いられるというのは実に不毛なことです。

せっかくなら、周囲の目を気にして好みに合わない格好を我慢してするのではなく、自分が本心から「可愛い!」とか「格好いい!」とか「楽だ!」とか思えるような格好でいられる方がいいに決まっていますよね。 一度きりの人生なのですから、しなくてもいい無理をせずに自分の生きたいように生きるのに越したことはないです。

実際に作品中で描いてる服のチョイスは妻の好みと僕の好みの論理積なので、どうしても偏りが生じてしまっているのは否めない(実際には妻はジーンズをはいている時も多々あります)のですが、それでも描き手の思いとしては、(ネタのコスプレ以外では)少なくともみんとちゃん本人が着たいと思わないであろう服は着させないようにしたいし、本人が見せたくないであろう物は見せないようにしたいと思っています。

例えば、みんとちゃんは丈の短いワンピースやミニスカートを着ていることが多いですが、下に短パンをはいているので絶対にパンチラしないということにしています。これには「掲載誌がお堅いのでえっちなのはNGだから」という理由もありますが、それより何より、彼女はかわいい服を着たいだけであってパンツを見せたい訳ではないのです。周囲の男性社員に対するサービスでかわいい服を着ているのではなく、彼女自身がその服を好きだから着ているのです。

「シス管系女子」は技術の話の学習漫画ですが、それとは別のささやかな裏テーマとして、みんとちゃんというキャラクターのありようを通して、女性エンジニアが当たり前に自分の生きたいように生きられている様子を描きたいという思いが自分にはあります。

それが妻の仕事環境や生活環境に何か直接影響を及ぼすわけではありませんが、「そういうのが当たり前」という様子を描いて、そういうコンテンツが増えていくことで、妻や後に続く人達が少しでも生きやすい世の中になってくれれば。 そう思って自分は今月号も、誰に頼まれたわけでもないのにみんとちゃんに先月号とは違う衣装を着せている次第です。 (そして絵を使い回せなくなり、また自分で自分の首を絞めているのでした……)

以上、飛び入りで妻・夫を愛してるITエンジニア Advent Calendar 2016その2の8日目に参加してみました。 明日の記事もお楽しみに!

自民党の教師通報フォームの一体何が「問題」なのかを考えてみて、これを問題と思わなかった人に言いたくなったこと - Jul 12, 2016

ちょっと前に「政治的中立を逸脱した教員」を通報する窓口を自民党が公開した件が一部の間で話題になってました。

僕自身は、そのフォームの存在にキナ臭いものを感じて、否定的な思いを抱いてる。これは事実。

でも批判の記事をボンヤリ読んでても「悪いから悪いのだ」的な事を言ってるように見えてしまうし、「密告したかった授業」ハッシュタグの様子を見てると市井では「何も問題無い、いいぞもっとやれ」的な盛り上がり方をしている雰囲気すら感じられる。 自分も、その盛り上がりの様子を見て「分かる」という感覚はあって、この種のフォームの存在を肯定するような感情を抱いた。これもまた事実。

この矛盾しているように見える2つの思いにどう折り合いを付ければいいのかを考えていて、自民党のフォームに元々あったであろう意図と、それを礼賛している人達がそのフォームに期待しているであろう物との間にズレがあるんじゃないのか? と思った。

で、「あの頃のあの嫌な先生が憎い」という感情が優先で先のフォームの問題点がスルーされているんだったら、それって良くないんじゃないの、と思った。

この件を問題だと感じた、と書いている時点で「左翼の左翼擁護乙」と思う人もいると思うんだけど、以下の文はそういう人にこそちゃんと考えてもらいたいと思って書いてます。

現実に「問題教員」の通報先は必要だけど……

自分の子供の時の事を思い返してみて、確かに問題教員と言えるような人はいたと思う。 そういう人を「通報」する先は必要だと思う。

でもそれは「自民党が」やるべき事というわけじゃないですよね。 いや、自民党がやってもいいんだけど、本来だったら教育委員会なり何なり、教育関係者の中での監査役みたいな存在がやるべき事だと思う。

いま現在然るべき通報先が無いのならそれは教育関係者の怠慢だし、通報先があっても問題が握り潰されるなどしてまともに機能していないなら、それもまた怠慢です。 教育関係者の間での自浄作用が期待できないから外部からの黒船に頼るしかないんだ、という現実があるんだったら、それは早急に解決されないといけない問題だと思う。

繰り返すけど、それを自民党がやったらいけない、とは思いません。 実際、必要があって生活保護の申請をしてるのに通らないという場面で共産党がコンサルのような事をしているという話はあって、これを「本来は行政がやるべきだけどできていない事を外部の人間が代わりにやっている、それがたまたま政党だっただけだ」と言うなら、同じような事を自民党がやって悪い道理はないです。

で、どういう人が「問題教員」なの?

今はもう削除されてるけど、最初は自民党のフォームには「『子供たちを戦場に送るな』と主張し中立性を逸脱した教育を行う先生」という文言、改訂後は「『安保関連法は廃止にすべき』と主張し中立性を逸脱した教育を行う先生」という文言があった。 あくまで例示という形だけど、「そういう人は通報されるべき」という意図の表明ではある。

「戦争法なんてけしからん。子供を戦場に送る悪法だ。そう思う子は手を挙げなさい。ん、なんでお前は手を挙げないんだ? あんな物を良しとするのか? じゃあお前は平和の敵だな。先生はお前には授業をしない。教室を出ていけ。」って言う教員がいたとして、そういう教員をこのフォームから通報したら、当初の説明文の例に似てるし、これはまあ確実に調査対象ですよね。

じゃあここで意地悪なことを考えるんだけど、「同性愛なんてけしからん。子供を作る気がない奴は、国を滅ぼす非国民だ。渋谷区のパートナー条例みたいな物は即刻やめるべきだ。そう思う子は手を挙げなさい。ん、なんでお前は手を挙げないんだ? あんな物を有り難がってるのか? じゃあお前は非国民だな。先生はお前には授業をしない。教室を出ていけ。」って言う教員がいたとして、そういう教員をこのフォームから通報してちゃんと取り扱ってもらえるんだろうか?

フォームの趣旨があくまで「政治的中立性」に関してだから、同性愛云々は政治的中立性とは関係無い事例だから調査対象じゃないと言われるかも知れない。

あるいは、自民党の憲法草案に表れているように自民党としては「伝統的な家族のあり方」を大事にしてるので、伝統的家族観を破壊する同性愛は認められない、だからその教員の言動も党の方針と矛盾してないので問題なし、と判断されて握り潰されるかもしれない。

あくまで悪意に取った想像ですよ。 こういうのもちゃんと調査してくれるかもしれませんよ。 真の保守たる政権与党なら、そういうふうにまっとうに仕事をして欲しいと思ってますよ。

僕は、どっちの教員も問題教員だと思うし、調査されるべきだと思うし、教育の現場にそういう人がいて欲しくないです。 でも、その理由は「政治的に偏ってるから」ではないです。

政治的に中立じゃなくても、そういう問題教員って取り締まれるんじゃないの?

先の例のような左翼先生だけが取り締まられて後の例のような伝統的家父長先生が取り締まられないんだったら、それって結局、ただの左翼狩りになってしまう。 それこそ政治的な偏りだと思う。

両者を等しく取り締まるには、政治と無縁の人だけを集めるか、あるいは、右からも左からも人を集めてきて、事例を握りつぶせないような状況を作るかしかないんじゃないの?と思う。

っていうようなことを言うと、みんな口を揃えて「中立なんてあり得ない」と言うんだけど、論点はそこじゃないでしょう。 中立じゃなきゃ取り締まれない、というタイプの問題じゃないじゃないですか、これ

まあ、教室から出て行けみたいな極端なことを言う人は今時いないと思います(そう思いたい)。 でも細かい所でチクチク嫌がらせされたり嫌味を言われたりってのはありうると思う。 嫌いな子供だけ無視したり、他の子なら聞くような訴えでもその子が言った時だけは握り潰したり、そういう消極的な嫌がらせもあると思う。 僕はそういうのが「問題教員」って事だと思ってるんですよ。 (なので、以下で僕が「問題教員」と書いている箇所は、そういう横暴を働く人の事を指していると思って読んで下さい。)

そういうのを取り締まるのに、右翼か左翼かってほんとに関係あるんですか?

僕が言いたいこと、分かってもらえますでしょうか。 教員であるという立場を利用して、権力を笠に着て、横暴を働いて教え子を虐待するのが問題だと僕は思ってるんです。

体罰の問題と本質は同じですよね。 「教育のためなら『体罰も許されるのだ』」はNGだ、っていうコンセンサスが現状ですでに得られてるじゃないですか。 それと同じように、 「(平和|愛国)教育のためなら『横暴も虐待も許されるのだ』」はNGだ、っていうコンセンサスも得られるんじゃないですか?

もう1回書きますよ。 「教育のためなら『横暴も虐待も許されるのだ』」はNGだ、っていうコンセンサスは左右を問わず得られるんじゃないですか?

実際、左翼が行きすぎて共産党系組織からすら支持されなかったような人が、後に処分された事例もあるそうだし、不可能な事じゃないと思うんですよ。

仮に教育の現場に虐待の問題があって、現場が左翼に牛耳られていて、問題教員が左翼だから問題が表面化してないんだとしたら、なおさら、そういう人達の中の良識的な人達にも同意できる線で解決を図った方が実効性が高いんじゃないんですか? 虐待の問題を本当に早急に解決することを優先するなら、変な反論のできない、ぐうの音も出ない交渉の仕方をした方がいいんじゃないですか?

中立性の維持のためには左右両方が必要なんじゃないの?

「左翼の先生にそういう問題教員が多い」というなら、それは別にいいんですよ。 問題教員をばんばん取り締まった結果左翼先生ばっかりだった、っていうのはありうる話です。

仮にそういう状況なんだったら、「左翼先生を取り締まれば問題教員がいなくなる」っていうのも確かに真ではあります。 左翼先生が100人いて、そのうち50人がそういう横暴を働く問題教員で、左翼先生以外の先生に問題教員がいないんだったら、左翼先生を排除すれば確かに問題教員はいなくなる。 でも、問題教員じゃなかった50人はただの巻き添えです。

教育における政治的中立性を維持するにあたって、一人の人が完全に中立っていうのは非常に希だと、僕は思ってます。

教員には、大学で教職課程を取って、教員免許を取ってそのまま教師になって、学校という社会しか知らないまま大人になった人が多いと聞きます。 そんな世間知らずな先生が、右にも左にもかぶれないで中立を維持できるとは僕にはちょっと思えないです。 なので、右の人も左の人もいろんな思想の教員がいて、両方の話を聞いた子供が結果的に中立になる、というのが現実的な落とし所になるんじゃないかと僕は思ってます。

そう考えると、左翼先生だけがいなくなるのは宜しくないと僕は思う。 別の立場の人からの批判に晒されて考え方が洗練されていくという事が起こらなくなるのは、右翼にとっても宜しくない事だと思う。 批判に晒されてない洗練されてない考え方を盲目的に受け入れてるだけの人は、外に出てちょっと批判されたら、すぐ極端から極端に転向しちゃいますよ。「これが真実だったのだ!!」って目覚めて、良からぬ方向に走っちゃいますよ。

(だから、教員が左翼ばっかりだったらそれもマズイわけです。幼稚な左翼にかぶれてた子供が、ネットで「真実」に触れて一気にネトウヨ化、なんて今でもよくある話じゃないですか?)

問題をすり替えないで下さい

僕がここまでで書いた話を「議論のすり替えだ」って思いますか?

逆じゃないんですか? 問題教員に悩まされてきた人達のやり場のない怒りを、「それは左翼のせい」という政治的立場の話にすり替えて通報を募る方が、議論のすり替えなんじゃないんですか?

いや、自民党のフォームを作った人達がそこまで悪意を込めてやってたとは限りませんよ。 純粋に、彼らは彼らの思いがあって左巻きの教育を苦々しく思っていて、現状を調査したかっただけかもしれません。

(とはいえ、政権与党で、それなりに各方面に影響力の強い自民党が、左翼教師の通報を募ってたら、それって実質的にはやっぱり左翼狩りになるんじゃないの? と僕は思いますけど。)

自分の知る限りは2回の改訂を経て、自民党の件のフォームからは左翼を狙い撃ちにする感のある表現がなくなりました。 右翼思想の教員や、宗教思想の教員を通報するためのフォーム、というふうにも見えるようになっていますし、実際に当初からそのような教員の通報を期待しているのかもしれません。 右でも左でも関係無しに政治的偏り自体を問題視してたなら、最初からそうしておくか、あるいは、こういう余計なゲスの勘ぐりをされないためにも、左翼を想起させる例だけじゃなく右翼を想起させる例もそれ以外の例も併記しておいても良かったんじゃないかと思います。

でも、それでもなお、本来問題にするべきは権力を笠に着て横暴を働き虐待をする教員の方で、何らかの思想に偏っている教員ではないと自分は思ってます。

この文章を「左翼の左翼擁護だ」と思うのはべつにいいですよ。 事実として僕は左巻きを自覚してるし、問題教員としてよく語られる事例はどれも左翼教員ばっかりに見える(日教組が、というフレーズもよく目にします)から、事実として左翼の左翼擁護になってると言われたら否定はできないです。

でも、左翼憎しで雑に考えないで欲しいんですよ。 理性的であって欲しいんです。

これが逆に、共産党が右翼狩りを呼びかけてる例だったら、「ああまたアホなことを……落ち目の奴がそんなことやっても的を増やすだけやろ……」くらいで済ませてしまって、ここまで掘り下げて考えてなかったかもしれない。 「理性的に」って書いたけど、自分自身が理性的に考える前に感情で切り捨ててたかもしれない。 残念だけどそれも否定できないです。 でも、「せやろ。そんな程度の良識しか無いお前が言うなや」で済ませられてしまうのは嫌です。

右からでも左からでも上からでも下からでもどこからでもいいから、より本質に近いところに切り込んでいけるならその方が望ましいと思います。

くどくど繰り返し言うんですが、問題教員は実際いるし、そういう人達に苦しめられた人達が怒ってるのも分かるんですよ。 でも、それで理屈を忘れて本来叩くべき先と違う物を叩くのは、変だと思います。

僕からは、以上です。

選挙の時に熱くなってる人や政治活動に熱くなってる人を見て思った、18歳で選挙権を得た人達や、それより若い人達に伝えたい事 - Jul 09, 2016

僕は今33歳でもうすぐ34歳になろうとしていますが、16年前は17歳か18歳。 2016年7月10日の参議院選挙は選挙権が与えられる最低年齢が引き下げられて以後初の国政選挙で、当時の自分と同じくらいの年代の人も投票できるようになっています。 考えに考え抜いて投票先を選ぶ人も、自分が支持する人の方に勝って欲しいと思う人もいると思います。

当時僕には選挙権はありませんでしたが、それでもテレビで報じられる投票率の低さにイライラしていました。 みんなが選んだと言える事ならまだ納得できなくはないけど、みんなが選んだと言えないほど投票率が低くてどうして納得ができようか、と。

参院選を前にして、16年前の当時書いた文章がなぜか参照されていた形跡があったので改めて読み返してみましたが、いやぁ若いですね恥ずかしいですね。顔から火が出るなんてもんじゃないですね。でもこれも自分を形作ってきた物のひとつという事で、消さずに残しておくことにしました。

ところで昨今、僕が支持している考え方やそれに近い考え方の陣営が下手を打って自ら株を下げているように感じられゲンナリさせられることが度々あります。

中には、事実と確定していないデマと思しきものもあります。 しかし16年前の当時の自分や、自分が体験した事例を思うと、「やらかしててもおかしくない」と思わずにはおれません。 世間からも「こいつらならやらかしててもおかしくない」と見なされている、そういう風潮を感じます。 16年前の自分が書いた文章を読み返して恥ずかしかったのは、それも理由の1つだと思いました。

なので、そういった事例と絡めて、その頃の自分にも聞かせるつもりで、今現在自分が思っている事を改めて書き残しておこうと思います。

(ところで、大前提として選挙には行きましょうね。 そこは当時も今も相変わらず思ってます。 選挙権を20歳で得て以降、自分は今の所、公的な選挙は記憶にある限りでは全部行ってます。)

熱くなって馬鹿な事をしないで下さい

当時の僕は「選挙の後にガタガタぬかしても変わらない。選挙で物事が決まるんだ。だから選挙に行かなきゃいけないんだ。」という感じの事を語ってましたが、浅かったです。実際には選挙と選挙の間、選挙がない時の方が大事です。勉強と同じですね。普段勉強していれば試験でいい点が取れて、勉強してなければ点は取れない。試験は「普段のあなたがどうであるか」が可視化される機会でしかなくて、試験で点を取る事は目的ではありません。それと同じで、趨勢は選挙の前にだいたい決まっていて、選挙もそれが可視化されるというひとつの区切りでしかありません。

だから、選挙の時に熱くならないで下さい

というか、選挙の時じゃなくても熱くならないで下さい

我々には資金や組織力が無いからゲリラ戦を挑むしか無いのだ、みたいな自己正当化をして無関係の他の人の邪魔をしたり迷惑をかけたりしないで下さい

自分は正しい事を広めようとしてるんだから少々の事は許されるのだ、みたいな思い上がりからルールを軽視し犯すような真似はしないで下さい

「協力してくれるなら味方だ」みたいな二元論でもって無限の同意や無償の全面協力を強いたりしないで下さい。 ましてや、勝手に人の名前を使ったり意思を騙ったりしないで下さい

(上記の例には、誰がやったのかも定かでない、事実かどうかも定かでない、という物も含まれています。が、前述の通り自分は「こういう事が実際あってもおかしくない」と思っていますので、以下の話はそれを前提として書きます。)

「今は特別な時だから」とか「自分は正しい事をしてるから」とか、そういう都合のいい例外を自分で作ってルールやマナーを勝手に歪めて考えないで下さい。 そういう傲慢さや、見識の狭さや、頭の悪さは、見透かされます。 そういう人を、良識を持ったまっとうな人は支持しませんし、好感も抱きません。

厳密に言えばグレーゾーンなんだから、黒と確定してるわけじゃないんだから、やっちゃった者勝ちなんだから、やっちゃえばいいじゃん。 「あいつら」がやってるんだから「こっち」だって同じことをやりゃいいじゃん。 おあいこで相殺されるでしょ。 そう思うかもしれませんが、周囲の第三者はそういう甘い判断をしてくれません。 良識ある人達は好意的に見てくれるはずだ、なんて思い上がらないで下さい。 良識のある人は、わざわざグレーゾーンに踏み込みません。 グレーゾーンに踏み込んだ時点で、良識のある人から見れば、あなたはもはや「良識が無い・一顧だにするに値しない、良識に反する敵」なのです。 そこを勘違いしないで下さい。

一発逆転を狙わないで下さい

なぜそんなに熱くなるのか。 当時の自分を思い返すに、「普段の鬱憤を晴らしたい」とか「今までの不利を一気にひっくり返したい」とか「今まで認められていなかったぶん、認められて評価されたい」とか、そういう思いがあったと思います。

選挙の前に趨勢は決まっている、世論という物はだいたい形成されている、という事は、なんとなく皆さん感じていると思います。 そういう物を自分一人の努力で容易に変えられはしないという事も、薄々分かっていると思います。 自分が思った事とか考えた事を披露しても聞いてもらえない、賛同も得られない、言えば言うほど嫌われ避けられる、それどころかそもそも言いだす事すら憚られる、そんな感覚がなんとなくあるんじゃないでしょうか?

だから、選挙というタイミングで一発逆転したくて、もしかしたら一発逆転できるかもと期待して、熱くなるのではないでしょうか。 少なくとも僕は、そう考えていたと思います。

そんな風に虫のいい事を考えているから、嫌われるような事をやらかすんですよね。 今になって改めて、自分はそう思います。

虫のいい事を考えている間は、そういう考えを捨てられないという本質的な人間性が変わらないままでは、「ルールを守って」とか「マナーを守って」とかそういう事に気をつけようとしても、どうせできやしません。 先に挙げたような迷惑行為を表面的に慎もうとしても、違った形で迷惑行為をやらかします。 絶対にボロが出ます。 コーラを飲んでゲップを我慢しても、代わりにオナラが出るのです。

一発逆転できなくてもヤケにならないで下さい

一発逆転を目指さない、とはどういうことか。

  • 地道に誠実にやる
  • 嘘はつかない、捏造もしない、根拠のある事実に基づいて話す
  • 悪あがきしない、自分の非は素直に認める

今の僕は、これが大事な点だと思ってます。

そういう風にやったからといって、人に好かれる保証は無いし、支持される保証もありません。 結局誰にも賛成してもらえないまま、というオチだって十分にあり得ます。 非を認めた途端に、「それみたことか」と得意げに叩き出す人も出てくるかもしれません。 でも、それでも誠実にいきましょう。 それが最低条件です。

僕のここまでの人生、わりとそんな感じです。 自分ではなるべく嘘をつかず真面目にやってきたつもりですが、「大多数の人の圧倒的な支持」は得られていません。

大多数の圧倒的な支持を得ていれば勝ち、そうでないなら負け、という考えであれば、僕の現状は「負け」ということになるでしょう。

でも実際には、僕の活動を意義ある物として評価してくれる人はいて、たまに誉められたりもしてます。 嘘・虚構で得たわけでなく、事実を積み上げた上で得られた評価なので、これは確かな物だと自負しています。 「勝つ」か「負ける」かの2値でだけ考えていると、こういうものを見落としてしまいます。

話を聞いてもらえないからってヤケにならないで下さい

「耳障りのいい嘘をつかなきゃ聞いてもらえないじゃないか」 「嘘でもなんでもいいから聞いてもらえなきゃはじまらないじゃないか」 そんな事はありません。それはあなたの考え違いです。 嘘も捏造も無しに正直に話していて、話を聞いてもらえている人はいくらでもいます

ただし、「あなたが正直に話しさえすれば、誰でも話を聞いてくれる」訳でもありません。 正直に話しても聞いてくれない人はいます。

人に話を聞いてもらえないなら、その人が興味を持ってくれて聞きたくなってくれるような話し方を考えましょう。 間違っても、無理矢理肩を引っ掴んで聞かせるような事はしないで下さい。

話を聞いてもらえないのは、聞く気が無い相手が悪いのではなく、聞く気にさせられないあなたが無力なのでもなく、あなたと相手が違う人間だからです。 そこが分からない限り、永遠に話は聞いてもらえませんし、聞いてもらえても恐らく、「分かってもらえた」と満足できる事は無いでしょう。 相手があなたのコピー人間でもない限り、「あなたが満足できるようなレベル」で相手があなたの考え方を受け入れて同意してくれることはありません。 相手に期待しすぎないで下さい

若くて熱くなっている人にはなかなか理解できないかもしれませんが、自分と違う人生を生きてきて、自分と違う考え方をしていて、自分とは相容れない考えを持っている、そういう人達を貶すでもなく取り込むでも無く、そのまま死ぬまでお互いに平行線を行き続けながら、同じ船に乗り続けるのが社会というものです。 「自分と違う考えの人がいなくなればいいのに」とあなたが思うのなら、相手の側から見ても「自分と考えが違うこいつはいなくなればいいのに」と思われています。 あなたは安全地帯にいるわけではありません。 それを念頭に置いて、「何事もお互い様だ」という事を忘れないで紳士的にやって下さい。

それが格好いい大人という物だと、今の自分は思っています。

2016年の現場からは、以上です。

片付いた部屋が苦手なのではなく、変化のための努力や、変化そのものが苦手なんじゃないのかということ - Jun 28, 2015

最近、10年近く使っていた使い勝手が微妙な机を処分して、別の机に入れ換えた。 (写真:入れ換え後の様子)

元の状態と比べて、手前への張り出しが減ったので開放感が増した。 サブディスプレイの方を、妻所有だけど今は使ってなかった物(ベゼルが細くて画面が大きくて、メインで使ってる物と仕様が似てる)に置き換えたので、普段の画面が広くなった。 作画はCintiq Companion Hybridでやってるから、作業時の状況にはほとんど影響ないんだけど。参考資料をたくさん出しておけるというくらいか。

スピーカーの置き場所はちょっと微妙になった。もっと小さいのにすればいいんだけど、これはそれなりの重さがあって落ち着いた音が出るので、高校生の頃からずっと使ってて、替えるならこれより音がいい物でないと嫌なので、このまま行こうと思ってるけど。

僕は部屋を片付けるのが苦手で、増えてきた漫画が本棚から溢れてしまったり、洗濯が終わった衣類をなかなかしまわなかったりで、妻に嫌な思いをさせがちだ。

でも、汚部屋が好きというわけでは決してない。汚部屋でもそこまで気にはならない、というのはあるかも知れないけど。

世の中には、片付いてない部屋の方が好きだとか、コタツに入ったまま必要な物全てに手が届くようにしてるのだとか、そういう人もいるみたいなんだけど、僕が自分を省みる限りは、そういうのとも違うように思う。 物が出っぱなしになっているのが、特別に便利なようになっているというわけでもないし。 汚いよりは綺麗な方がいいというのは、素直にそう思うし。

僕が苦手なのは、大きくて急激な変化なのだと思う。 毎日少しずつ変わるのは気にならない……どころか、気がつかない、鈍い。 だから、少しずつ本が溢れて、少しずつ洗濯物が溢れて……というのが続いてもそれを意識できていなくて、気がついたら本が本棚の横にうずたかく積み重ねられたり、衣類収納の中が空っぽで乾いた洗濯物の中からパンツを取り出してはいたり、そういう事になってしまうんだと思う。 そういう状態に改めて言及されると、「良くないなあ」というのは分かるし、元々自分でもうっすら「これ、良くないよなあ、なんとかしないとなぁ」と思ってはいるんだけど、その状況を改善するための大がかりな労力を割く事にどうしても抵抗を感じてしまって。

まあ、そういうのが億劫なのは誰もがそうなのかも知れないけど。 「自閉症スペクトラムの特徴の1つに、慣れた環境から変わる事を極端に嫌がるという点がある」という話を聞きかじって、それに自分を当てはめて考える事で、「片付けられないのはそういうビョーキのせいなんだ」と責任逃れをしてるだけなのかも知れないけど。

フィリピン行ってきた - May 03, 2015

フィリピンのセブ島に行ってきた。主な目的は、現地滞在中の家族へのごまだれの配達(現地で手に入るそうめんのマトモなつけだれが無い、とのことで)……にかこつけた、ダイビング。聞いた所では、ボホール島、モアルボアルなど、セブ島およびその近くにはダイビングスポットとして有名な所が多いらしくて、その中でも、セブ島南部のオスロブにはジンベエザメの間近を泳げるエリアというのがあって、そんな機会滅多に無いんじゃないの?!と思って、それメインで行ってみた。

結果、目的を無事達成できて満足度は高かった。他にも色々スポットがあるようなので、また行ってみたい。しかし、今回の旅はとにかく不安だらけだったし、意識していなかった所での気付きというのもあった

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「かわいい」という評価を表明するのは悪い事とは限らない、と思えるようになったことについて - Mar 31, 2015

女の人の容姿を評価するのをためらうという過去のエントリがにわかに参照されだしたようで、これ7年前に書いたやつなんだけど、改めて読み返してみた。そしたら、当時に比べて今は、女の人の容姿を「かわいい」と評価することにそこまでの抵抗を感じなくなっているなあ、と改めて思った。

当時どうして自分が他者の、特に女の人の美醜を評価することについて抵抗があると感じていたのかについては、要約すると「自分にそんなことを言える権利など無い」みたいな見解だったようだ。では、今はどうか。自分に自信を持てるようになったから他者の美醜を軽々しく言えるようになった、のだろうか。

異常に自信がなかったから言えなかったのが、人並みの自信を持つようになったから言えるようになった、というのは確かにあると思う。でも、だからといって、誰彼構わず「うわ、ブサイクだな」とか言い放つほどに横柄になったとは思ってない。そういうのは表明しないで飲み込む程度には弁えてるつもり。

それだけでなく、自信以外の部分で考え方が変わった部分があるからではないだろうか、と自分では思ってる。具体的には、「かわいい」という事はもっとカジュアルに賞賛されてよいと今では考えていて、それは、差別性のないフレーズとして使って支障がないという認識と、Facebookの「いいね」と同程度にカジュアルに使って良いという認識、そして、言わない方が失礼と言えることすらあるという、3つの理由があると思っている。

まず、「カワイイは作れる」というフレーズを知ったという事。それまで僕は、例えば橋本環奈のように素材が非常に良い物だけをカワイイと言い、そうでないものはカワイクナイと言うのだ、カワイイか否かは先天的なものでまずふるいにかけられるのだ、と思っていた。なので、「誰某はカワイイ」と言うのは、「誰某は白人で、だから良い」みたいに言っているのと同じように、生まれ持った性質を褒めているという事で、その性質を持たずに生まれた人にとっては本人の努力で乗り越えられないような差を殊更肯定する、差別性を持った表現だと思っていた。でも「作れる」となると話は違う。可愛くなりたい・可愛くしたいと思った人が努力できて、努力した分だけ確実に「可愛く」なり得る。そうした成果や経過を褒めることに差別性はないと言える。(そんなマガイモノをカワイイというのはおかしい、と思う向きもあるかも知れないが、マガイモノの極致の二次元美少女をカワイイと褒めそやしている人間にそんなことを言う資格はないだろう。)

それと、今はもう放送が終わってしまったけれども、NHKでやってた「東京カワイイTV」という番組。この番組では原宿的な文化圏を中心としつつも様々な価値観の「カワイイ」を紹介していて、世の中には様々なベクトルの「カワイイ」があり得るのだという事を僕は知った。番組パーソナリティの沢村一樹さんが最終回で「理解する必要はない、理解できなくてもいい。とにかく、否定しないことが大事」といった趣旨の言葉を述べていたと記憶しているけれども、そうして大局的に捉えれば、ガングロも「カワイイ」、ロリィタも「カワイイ」、コスプレも「カワイイ」、ギャルも「カワイイ」、なんでもカワイイ。あるベクトルでカワイクナイからといって、別のベクトルでまでカワイクナイということは意味しない。ある物をカワイイと評したからといって、他がカワイクナイという事は意味しない。そう思うようになった。

あと、コスプレイヤーの人達の考え方を知ったのもある。僕は以前は、「自分大好きだから、カワイイカワイイと言ってもらいたくて、それを引き立てるための衣装を着て大衆に媚びて耳目を集めているのだ」と思っていた。確かにそういう人もいないではないけれども、それだけではない、「作り込んだ3次元の作品を見せびらかしたい、自分自身はその素材として使っているに過ぎない」というスタンスの人もいると知った。そういう人達はより良い作品作りのためにメイクアップであったり衣装作りであったりを頑張っているわけで、その努力に対する正当な評価としての「カワイイですね」は、言って何ら悪い物ではない。(同じ事が、普段のメイクや服選びにだって言える。)

総じて、今僕が使う「かわいい」は、「かわいさという1つの基準において他より勝っている」という相対評価ではなく、「これにはユニークな価値がある」という絶対評価としての性質が強くなっているのだと、自分では思っている。そんなわけで、実際に口にする機会はそれほど無いけれども、女の人に対して「カワイイ」というフレーズを使うことに今ではそこまでの強い抵抗感は感じなくなっているように思う。

まあ、誰彼構わず言いまくったらセクハラになるとか、そういう別の問題はまたあるわけだけれども。

会社に所属しながら書いた技術記事の原稿料収入の確定申告 - Mar 17, 2015

この業界、会社に所属しながら実名あるいはペンネームで技術誌に記事を執筆しているという人はそれなりにいると思います。自分も株式会社クリアコードに所属しながらシス管系女子を連載させていただいております。そういう人が確定申告をするときの話を自分の経験に基づいて書いてみます。

そもそも確定申告ってなんなん?つう話なんですけど、給与所得を得ている人間にとっては基本的に、収入源が会社の収入だけだし、年末調整の時期が近づくと「保険の支払いの書類とかもってきてやー」とアナウンスされてそれを持ってって会社に提出すると事務の方がイイ感じに計算して諸々処理してくれるので、あんまり関係ない話のような気がしています。問題は、そういう風に会社が把握してくれてない部分でお金の出入りがあった場合についてです。冒頭に書いたような技術記事を個人で書いている人間の場合、給与所得とは別に収入があるということになるので、その分の所得税やら何やらを納めないといけないのです。そこで出てくるのが確定申告。

聞いた所によると、給与所得以外で年間20万円以上の収入があると確定申告せんといかんのだそうです。僕の場合は原稿料×ページ数の額が20万円を超えていたので、しないといけなかったのですが、ちゃんと理解してなくて今までスルーしてしまっていました。が、このままではいかんと思ってちゃんとやることにしました。ほったらかしにしてると追徴課税とかシャレにならないことになるかもと思うと怖かったからというのもあります。それに、「シス管系女子」連載がついに本として発売されました、なんて大手を振って宣伝し始めたら、「おうおうおめえさんずいぶん羽振りいいみてえじゃねえか? 所得隠してんじゃねえのか? あぁん?」なんて厳しく追及されるんじゃないか、みたいな。

具体的なやり方についてなんですが、世の中には確定申告について解説した本が山ほどありますし、税務署に行って「確定申告したいんですけど……」と言ったら懇切丁寧に教えてもらえるので、そういうのでちゃんと調べるのがいいと思います(が、僕の場合は税務署に話だけ聞きに行ってもピンと来なくてまるっきり身に付かなかったのでした……)。僕は実際には、以下のような手順でやりました。

申告書の作成は以下の通り。

  1. 必要書類を揃える。
    • 会社の源泉徴収票
    • 原稿料の支払い調書
    • 原稿作成に必要で購入した物のレシートとか領収証とか
    • 国境なき医師団等、個人的にした寄付の領収証
  2. e-Taxのページを開いて、確定申告書の作成初めて確定申告される方→「確定申告書作成コーナー」と辿って、「申告書・決算書・収支内訳書等 作成開始」というボタン状のリンクをクリック。
  3. 別ウィンドウ(タブ)で確定申告書作成のためのページが開かれる。提出方法の選択画面になるが、e-Taxを利用するにはICカードリーダー・ライターと電子署名のための証明書が必要になるので、そちらは何も手続きをしていないと利用できない。なので「書面提出」を選択する。
  4. 利用環境のチェックのページの次に、作成する申告書の種類を選ぶページが表示される。青色申告というのをやるには事前の申請が必要だけれどもそんな物はやっていないので、「平成N年分 所得税及び復興特別所得税の確定申告書を作成」というリンクをクリックする。
    • 昨年よりも前の年の分の申告書を作る時は、下の方の「平成N年分の申告書等を作成する」というリンクを辿る。
  5. 「収入が給与1か所のみ(年末調整済み)の方」「左記に該当しない方」「質問に答えて作成」という3つの選択肢が表示されるので、「質問に答えて作成」を選択する。
  6. ウィザード形式で色々聞かれるので、情報を埋めていく。
  7. 最後に印刷用のPDFを保存する画面が出るので、PDFを保存・印刷する。また、入力中のデータを保存できるので、それも保存する。
  8. 3〜7を繰り返して、必要な年の分の申告書を全部作成する。
  9. できた書類を持って、税務署または確定申告に詳しい人に相談して、間違っている所を教えてもらう。
  10. 駄目出しを貰ったら、先の「確定申告書作成コーナー」で「作成再開」というリンクを辿って、7で保存したデータファイルを読み込ませる。するとウィザードの画面に戻るので、訂正箇所を直す。
  11. 7〜10を、不安がなくなるまで繰り返す(面倒なので1回で終わらせましょう……)。

ここでちょっと「源泉徴収」について説明しておく。原稿料を貰う時に、「1ページあたりいくらです」と言われた金額よりもちょっと少ない金額が振り込まれていて、送られてきた支払い調書を見たら「源泉徴収分としていくら引きました」みたいに書いてあると思うけど、これはどういうことなのかという話。

所得税は稼いだお金の額に応じて課されるんだけど、総額に対して何パーセントという形ではなくて、経費がいくらかかりましたとか、医療費にこれくらいかかりましたとか、控除分とされる金額をマイナスした額に対して課税される。でも、そういうのって1年が終わってみるまで結局いくらだったのか分からない。かといって、最後にまとめて税金を払いますということにすると、極端な話、税金を1円も払わないでバックレてしまえる。なのでそうならないように、雇用者や原稿料を支払う側があらかじめ何パーセント分かを仮の税金として引いて、先に税務署に納めておく、これが源泉徴収。その後、1年の最後の最後に諸々の収入や支出が確定した段階で改めて「本当に納めないといけなかった税金は一体いくらなんだ?」というのを計算する、これが年末調整とか確定申告とかの作業なんですね。

それで、源泉徴収されてた分が本来納めるべき税金より多すぎたなら差額が返ってくる(これがいわゆる還付金)し、逆に、本来納めるべき税金より少ない額しか源泉徴収されてなかったなら差額を払わないといけない。この分はその年の期限までに払えばその金額で済むけど、滞納してると、ほったらかせばほったらかすほど利子みたいなものが膨らんでしまう。そういう訳なので、皆さん毎年ちゃんと確定申告しといた方がいいですよ、という話になるのです。

申告書ができたら提出と所得税の納付です。これは以下の通りの手順でやりました。

  1. 印刷された物の中に資料の貼り付け用シートというのがあるので、給与所得の源泉徴収票と、寄付金の領収証を糊付けする。
    • 副収入の支払い調書や、副収入の必要経費を証明する領収証・レシートは、ここには貼り付けないでいいです。これらは提出書類の要件には含まれません。ただし、確定申告書の提出後に税務署が「これ収入少なすぎ。これ経費使いすぎ。おかしい。脱税の恐れあり。」みたいに怪しんだら、申告書に書いた内容は本当に正しいですよという事を証明するためにこれらの書類が必要になってくるので、捨てないで取っておきましょう。
  2. 最寄りの税務署に行く。
  3. 税務署内に確定申告書の提出コーナーがあるので、書類を提出する。
  4. 形式的なチェックの後、提出分・控え分の両方にハンコをもらえたら、提出分はこの時点で回収されるので控え分だけ受け取る。
  5. 税務署内に所得税の納付コーナーがあるので、そこに行って「納付したいんですけど」と言って申告書の控えを見せる。
  6. 職員の方の指示に従ってお金を払って領収証を貰う。

書類の提出も所得税の納付も、郵送とか振り込みとか引き落としとかで済ませられるみたいなんですけど、僕は「ほんとにこれでええんか? ええのんか?」と不安が大きかったので、駄目だったらその場で指摘してもらえる税務署窓口での直接提出・直接納付にしました。

以上のようなやり方でやった結果、僕の場合は平成23年(2011年)は所得税の納税の必要ありでだいたい1割くらいの延滞料込みの納税、平成24年(2012年)は納税も還付も無し、平成25年(2013年)はぶっ壊れた作業用PCの新調やらCintiq Companion Hybridの導入やらで必要経費が多かったので還付、平成26年(2014年)は納税の必要ありだけど割り増し無しの額面通り、という感じでした。

とりあえず、分からないことは税務署の人に聞けば教えてもらえるので、確定申告がどうこうと世の中が忙しくなってる時以外の時期に、税務署まで足を運んでみるといいと思います。税務署怖くないよ。バックレるつもりの無い真面目な納税者には優しいよ。

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