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好きなことを仕事にすること、行為を自分のアイデンティティに取り込むこと - Jul 29, 2006

好きなことを仕事にすると辛くなる、と言う人がいる。

好きなことだからこそ向上心を持てるし仕事にすれば身が入る、と言う人もいる。

「好きなこと」には2種類あるのだと思う。と言うよりも、あらゆる「好きなこと」は二つの性質を兼ね備えているものなのだと思う。すなわち、「それをすることでドキドキや高揚感を得られる」という性質と、「それをすることが息をすることのように自分にとって不可欠である」という性質だ。その割合がどのようになっているかで、人は、その「好きなこと」を仕事にするべきかどうかが変わるのではないかと思う。

「それをすることでドキドキや高揚感を得られる」性質が強い人は、それを仕事にするときっと幸せになれるのだと思う。上手くやれば評価されて楽しいし、口出しされてもそれは自分を改善するための材料になって、「より上手くなる」ことに、ひいてはより多くの高揚感を得られることに繋がるから、どう転んだって得になる。

でも「それをすることが息をすることのように自然で不可欠」な性質が強い人は、それを仕事にしてしまうと不幸になるのではないかと思う。

褒められても「当たり前のことをしてるだけなのに、どうして?」と不思議に思うばかりで高揚感に繋がらないし、「そのやり方はダメだよ、もっとこうするべきだよ」とか「それはキモイよ」とかケチを付けられるようなことがあれば、「これが自分にとって一番自然体で安らげるやり方なのに、どうして口出しされないといけないの?」と思うばかりで全然嬉しくない。考えてみればいい、自分の普段の息の吸い方に文句を付けられてどれだけ嬉しいかを。

出会った「好きなこと」を長く続けるうちに、前者から後者へとシフトしていくものなのかも知れない。最初は新鮮でも、長くやるうちにそれが自分の中に取り込まれていくのかもしれない。「特別な行為」がいつの間にか「平時の自分の一部分」になってしまうのかも知れない。

ベテランになっても向上心をなくさず常にドキドキしていられる人は、「好きなこと」を「自分の一部分」にしないでいられるよう、上手に距離感を保っていられる人なのかも知れない。「老害」と言われるような人は、吸着力が強すぎて何でもかんでも「自分の一部分」に取り込んでしまう、距離感を保つ能力の欠如した人なのかも知れない。

僕は、何についても「老害」になってしまいがちな人のようです。

自我というものを確立できてないのかもしれない。自分の「コア」「大事なもの」とそれ以外の「他者」「比較的どうでもいいもの」とを区別できない、癒着してしまう。サイトについてもRSSだけでしか見てもらえないのには抵抗感があるし、彼女についても甘えすぎるし、他人が自分の思い通りに動いてくれなければイラつくのもそう。24にもなってこれなんだから、今後も一生こうなんだと思う。社会人として致命的な欠陥だ。

分類:出来事・雑感, , , 時刻:15:31 | Comments/Trackbacks (2) | Edit

Comments/Trackbacks

no title

 めずらしく、Piro さんの説にケチをつけてみます(^^;

 私はシステムエンジニアをしていますが、実はスキューバダイビングのプロショップのスタッフをしていたこともあります。

 私にとってスキューバダイビングは、38 年まえにまで遡る幼稚園の頃からあこがれで、小さな事から水の中にいることを好み、22 才ころから実際にスキューバダイビングをすることが経済的にも可能になり、ますます私はスキューバダイビングにはまり込んで行きました。

 それはまさに Piro さんがおっしゃる「それをすることが息をすることのように自分にとって不可欠である」ことでした。

 そして実際にアシスタントインストラクターにまでなり、一時期はプロショップの非常勤スタッフとして働いていました。

 もちろん仕事ですから、海に潜るというだけの楽しいことばかりでもありませんし、海に潜ること自体から受ける心理的印象は激変しました。なにせ、単純に海に潜って楽しむだけだったのが、店番、ツアーの準備作業、様々な事務処理、ダイビング用品の仕入れ管理、ゲストを引率して、ゲストの潜水中の安全管理が目的となり、さらにゲストを楽しませることが中心となっていきました。

 当然仕事ですからショップオーナーに強く叱られることもあります ( 逆に言えばそれは期待されているということです )。実際に凹むことも無数ににありました。でもそれは叱られたからではなく、やるべきことをできなかった自分があまりに情けなかったからです。オーナーや他のスタッフが知らない影で隠れて一人泣いたときもありました。

 でもダイビングという趣味が仕事に変ってもダイビングが楽しくなくなることはありませんでした。それどころか別の楽しみが増えました。それまでは自分だけが知っていた海の楽しさを人に伝えられる喜びが出てきたからです。

 そんな今のダイビングに対する心境の変化を経験しても、私は今でもダイビングは私にとって「それをすることが息をすることのように自然で不可欠」なことだと感じています。いまでもダイビングから離れられません。

 好きなことを仕事にすることで、それが辛くなってしまうこと人もいます。また新たな楽しさをさらに発見してますますのめり込んでいく人もいます。

 単純に「それをすることでドキドキや高揚感を得られる」ケースと「それをすることが息をすることのように自然で不可欠」というケースに分けるのは無理があると思いますが、いかがでしょうか?

Commented by おおやま at 2006/07/29 (Sat) 18:59:56

補足

 つまり結論を言いますと「それをすることでドキドキや高揚感を得られる」ことと「それをすることが息をすることのように自然で不可欠」ことが、自分のなかで共存しているのです。

Commented by おおやま at 2006/07/29 (Sat) 19:15:35

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