Aug 04, 2006

絵を描いてて虚しくなる

ここしばらくずっとほぼ徹夜でマンガの作業を進めてるわけですが。どうも心残りな出来になりそうな雰囲気が漂いまくっているわけですが。肌の影のトーンとかそういうのは全部省略せざるを得ない感じ。もっと計画的に制作するべきでした、という反省を得た訳なのですが。

それはさておき。

昨日実際にコミケカタログのサークルカットを見ていて、自分の描いたサークルカットを見つけたけれども、その周囲のカットを見て憂鬱になった。流行の画風とは明らかにかけ離れた古臭い絵柄。「描き慣れていない」感漂う、整理されていない汚い描線。自分という人間をまさに体現するものだと思う。つまり、時流に乗ることもできず、上手く物事をこなすこともできない、どうしようもなく不器用で不器量な、僕の人間性を。

絵を描いてもそこにはどうしても僕という人間が滲み出てくる。僕の持っていないものは画面に現れ得ない。僕の描く絵は、僕の範疇に収まるものにしかならない。つまり、そこには何の救いもない。僕を救ってくれる、僕にない力を持った救世主を、僕自身が生み出せるわけがない。

つまり何をやっても縮小再生産にしかならない。何も「新たに得るもの」がない。

それでどうして虚しくならずにいられるというのだろうか。

僕は結局、僕という人間の人間性が、僕の個性が嫌いなのだろう。生理的なレベルで。そして絵とは自分の手から離れたところに一つ新たな世界を作り出すという行為だ。だから僕はきっと絵を描いている。自分に無いものを画面に描きつけたくて描いている。自分から逃げようとしている。

でも、その結果描き出されるのは他ならない自分自身だ。逃げた先にあるのは残酷な現実だ。

そんな無限ループに僕はいつの間にかはまってしまったらしい。

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