Mar 09, 2011

焼畑農業

ちょっと本題から外れた所で思う所があったので書く。

知識はとても特殊な資源です。他の資源と違って、知識は複製可能です。他の資源は人にあげると自分の手持ちが減りますが、知識だけは減りません。つまり与えれば与えるほど価値の総和が増えるのです。

エントリ全体として「知識を共有しよう! 知識はギブしても価値は減らないよ! ギブすると価値が増えるよ!」という方向で話が進んでいるのだけれども、しかし、ギブすると知識の価値が減るという面は確かにあるのですよね。

それは、希少性という価値。「情報を持ってる人が、情報を持っていなくて欲している人に対して、対価を取って情報を渡す」という、非対称性を利用して情報格差から金を生む方法が、希少性のない情報に対しては使えなくなってしまう。

わかりやすい例を挙げると、いまどき「いんたーねっとのつかいかた」とか「いーめーるのつかいかた」とか「うぇっぶさーふぃんのやりかた」とかを教えるセミナーを開いた所で儲かりゃせんやろ、って話です。そういう情報がどんどん広まって「当たり前」「知ってて当然」の事になっていく事によって、それを教える事で生計を立てていた人は職を失う訳です。

そういう話があるから、情報をシェアするという事に対して拒否反応を示す人がいるってのは変な話ではないわけですよ。やっぱり。

ただ、情報っていう商材は「いくらでもコピーできる。広まる時はすぐに広まる。生産調整とかそういう事はできない。」という性質があって、希少性だけから金を生もうと思っても、大抵の場合はすぐに儲からなくなっちゃうわけですね。

だから、そんな「情報」という物をそれ自体商材にする事はとっとと諦めて、コピーが効かない別の商材を作るための材料にしちゃいましょうよ、って話だと思うのです。西尾さんのエントリの要点は。

で、そういう材料として使う事を考えた時、情報を集めるだけってのは大抵の場合ほんとそれだけに終わっちゃう事が多い気がする。技術系の話を片っ端からブクマして「後で読む」タグを付けてそれで満足しちゃって、一体何が身についたというのさ?って話ですよ。そんな事やってるより、作ってアウトプットしてを繰り返す中で、コピーの効かない「体験」「経験」を増やしていった方がなんぼかマシなんじゃないの、と僕は思うわけです。

エントリを編集します。

wikieditish message: Ready to edit this entry.











拡張機能