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Firefox Hacks Rebooted ―Mozillaテクノロジ徹底活用テクニック
浅井 智也 池田 譲治 小山田 昌史 五味渕 大賀 下田 洋志 寺田 真 松澤 太郎
オライリージャパン

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実名を公表する事のリスク - Jul 22, 2007

Web の匿名と実名、公開することのリスク、めもを読んで思った事。

実名でWebの社会に関わり始めた時期と、実名でWeb以外の社会に関わり始めた時期とが、近ければ近いほど、それらの間が密接にリンクしているほど、「実名バレ」のリスクは小さくなるのではないだろうか。逆に、それらが離れていれば離れているほど、関係がなければないほど、リスクは大きくなるのではないだろうか。そんなことを僕は思っている。

僕は高校1年の時にWebサイトを作り、Web上での活動を通じて評価を得て、Web上での活動が縁となって職を得るに至った。知人はほとんどがWeb経由で知り合った関係だ。だから僕はこのサイトに置いてある内容はすべて知人に知られている物と思っているし、知られても構わないと思っているし、知った上で縁を切りたいと思うのなら自由に切ってくれて構わないと思っている。

というかむしろ、最初にこのサイトを出して、Mozillaヲタであること、ヲタ絵描きであること、鬱傾向であること、非モテ根性が染み着いた卑屈で嫉妬深く他力本願な人間であること、不健康且つ不健全なナルシシズムの塊であること、ウヨよりはサヨであること、などなど全部見せた上で、人間関係がスタートしているので、それらに拒否反応を示す人とは最初から人間関係を持っていないような気がする。ウマの合わなそうな人を最初から退ける効果をこのサイトは担っているかもしれない。今でも縁を切らずにいてくれてる人達は、そういう諸々もコミで僕の事を受け入れてくれているか、少なくとも、ある一点について認めていてそれ以外の事は好ましくないにしろ許容範囲内ではあると思ってくれているのだろうと、僕は勝手に想像している。(まあ、全部見てないうちに「こうなんだ」と思い込んで、後から別のコンテンツを見て「こんな人とは思わなかった、失望した!」と思う人もいるかもだけど、こっちは全部おおっぴらにしてるんだから、最初のうちに一通り目を通しておかないその人の方が悪い、と僕は思う。)

秘密は、秘密にするからこそ、バレた時のダメージが大きくなる。どうでもいいような事でも、秘密にし続けるうちに、バレた時のダメージがどんどん大きくなっていく。だから、どうでもいいような事はむしろ、ダメージが少ないうちに秘密でなくしてしまう。そういう風にすれば、本当に秘密にしないといけない事はごく僅かになって、守るのも楽になるんじゃないだろうか。そんな風に僕は考えている。僕はそれを自分の人生を使って実験してるようなものだと思ってる。

という風な僕の例は極端過ぎるのでさておくとしても、「実名バレ」で問題になるのは、Webの自分とWeb以外の自分との人物像が違っていいて、なおかつそれらが全くリンクしていなかった場合だろう。例えば、リアル人間関係では右翼だけどWebでは左翼だとか、リアルでは品行方正なマジメ人間だけどWebではグロスカトロ大好きとか。それで、その全く異なる人物像二つが結び付いた時に、今まで支持してくれていた人が「失望した!」となるのが最大のリスクなんではないかと思う。

ある一方の人物像に対してだけ信頼を寄せていて、もう一方の人物像に対しては嫌悪しかできないという人は、離れていくだろう。そういう人による支持によってその人の社会的信用が成り立っていたら、それはつまり、その人の社会的な死と言える。

じゃあ、最初から全部をおおっぴらにしていたらどうだろう? そりゃ確かに、その人の品行方正な面だけ支持してくれる人と、スカトロ大好きな面まで含めて支持してくれる人の数を比べたら、前者の方が圧倒的に多いだろう。でも、前者に頼り続ける限り、もう一つの顔がバレて全ての支持を失ってしまうというリスクからは逃れられない。そんな身の丈に合わない高望みや背伸びをしないで、最初から等身大で集められる支持だけに頼って、その範囲内で活動して生きていけるんだったら、そうした方がはるかに気が楽だ。

でもそういう判断ができるのは、まだ何も積み重ねた物がない人間か、よっぽど勇気のある人か、だけだろう。ある一つの面だけ支持している人との関係が多くなり、それらの人の支持に依存して生きる形で生活基盤が形成されてしまっては、それを今更ぶちこわす事なんて多分できない。大人になってからWebを使い始めた人ほど、そういう選択は難しくなると思う。

まだ何の支持も生活基盤も持たない時期からWebに触れ始めた僕のような世代は、その点で、幸せ者なのかもしれない。世の中では、セカンドライフがどうとか、そもそもネット自体がセカンドライフだとか、色々言われてるけれども、僕にとってはネットも含めてこれがファーストライフだ。

実名を公表する事のリスク - Jan 01, 1970

Web の匿名と実名、公開することのリスク、めもを読んで思った事。

実名でWebの社会に関わり始めた時期と、実名でWeb以外の社会に関わり始めた時期とが、近ければ近いほど、それらの間が密接にリンクしているほど、「実名バレ」のリスクは小さくなるのではないだろうか。逆に、それらが離れていれば離れているほど、関係がなければないほど、リスクは大きくなるのではないだろうか。そんなことを僕は思っている。

僕は高校1年の時にWebサイトを作り、Web上での活動を通じて評価を得て、Web上での活動が縁となって職を得るに至った。知人はほとんどがWeb経由で知り合った関係だ。だから僕はこのサイトに置いてある内容はすべて知人に知られている物と思っているし、知られても構わないと思っているし、知った上で縁を切りたいと思うのなら自由に切ってくれて構わないと思っている。

というかむしろ、最初にこのサイトを出して、Mozillaヲタであること、ヲタ絵描きであること、鬱傾向であること、非モテ根性が染み着いた卑屈で嫉妬深く他力本願な人間であること、不健康且つ不健全なナルシシズムの塊であること、ウヨよりはサヨであること、などなど全部見せた上で、人間関係がスタートしているので、それらに拒否反応を示す人とは最初から人間関係を持っていないような気がする。ウマの合わなそうな人を最初から退ける効果をこのサイトは担っているかもしれない。今でも縁を切らずにいてくれてる人達は、そういう諸々もコミで僕の事を受け入れてくれているか、少なくとも、ある一点について認めていてそれ以外の事は好ましくないにしろ許容範囲内ではあると思ってくれているのだろうと、僕は勝手に想像している。(まあ、全部見てないうちに「こうなんだ」と思い込んで、後から別のコンテンツを見て「こんな人とは思わなかった、失望した!」と思う人もいるかもだけど、こっちは全部おおっぴらにしてるんだから、最初のうちに一通り目を通しておかないその人の方が悪い、と僕は思う。)

秘密は、秘密にするからこそ、バレた時のダメージが大きくなる。どうでもいいような事でも、秘密にし続けるうちに、バレた時のダメージがどんどん大きくなっていく。だから、どうでもいいような事はむしろ、ダメージが少ないうちに秘密でなくしてしまう。そういう風にすれば、本当に秘密にしないといけない事はごく僅かになって、守るのも楽になるんじゃないだろうか。そんな風に僕は考えている。僕はそれを自分の人生を使って実験してるようなものだと思ってる。

という風な僕の例は極端過ぎるのでさておくとしても、「実名バレ」で問題になるのは、Webの自分とWeb以外の自分との人物像が違っていいて、なおかつそれらが全くリンクしていなかった場合だろう。例えば、リアル人間関係では右翼だけどWebでは左翼だとか、リアルでは品行方正なマジメ人間だけどWebではグロスカトロ大好きとか。それで、その全く異なる人物像二つが結び付いた時に、今まで支持してくれていた人が「失望した!」となるのが最大のリスクなんではないかと思う。

ある一方の人物像に対してだけ信頼を寄せていて、もう一方の人物像に対しては嫌悪しかできないという人は、離れていくだろう。そういう人による支持によってその人の社会的信用が成り立っていたら、それはつまり、その人の社会的な死と言える。

じゃあ、最初から全部をおおっぴらにしていたらどうだろう? そりゃ確かに、その人の品行方正な面だけ支持してくれる人と、スカトロ大好きな面まで含めて支持してくれる人の数を比べたら、前者の方が圧倒的に多いだろう。でも、前者に頼り続ける限り、もう一つの顔がバレて全ての支持を失ってしまうというリスクからは逃れられない。そんな身の丈に合わない高望みや背伸びをしないで、最初から等身大で集められる支持だけに頼って、その範囲内で活動して生きていけるんだったら、そうした方がはるかに気が楽だ。

でもそういう判断ができるのは、まだ何も積み重ねた物がない人間か、よっぽど勇気のある人か、だけだろう。ある一つの面だけ支持している人との関係が多くなり、それらの人の支持に依存して生きる形で生活基盤が形成されてしまっては、それを今更ぶちこわす事なんて多分できない。大人になってからWebを使い始めた人ほど、そういう選択は難しくなると思う。

まだ何の支持も生活基盤も持たない時期からWebに触れ始めた僕のような世代は、その点で、幸せ者なのかもしれない。世の中では、セカンドライフがどうとか、そもそもネット自体がセカンドライフだとか、色々言われてるけれども、僕にとってはネットも含めてこれがファーストライフだ。

実名を公表する事のリスク - Jan 01, 1970

Web の匿名と実名、公開することのリスク、めもを読んで思った事。

実名でWebの社会に関わり始めた時期と、実名でWeb以外の社会に関わり始めた時期とが、近ければ近いほど、それらの間が密接にリンクしているほど、「実名バレ」のリスクは小さくなるのではないだろうか。逆に、それらが離れていれば離れているほど、関係がなければないほど、リスクは大きくなるのではないだろうか。そんなことを僕は思っている。

僕は高校1年の時にWebサイトを作り、Web上での活動を通じて評価を得て、Web上での活動が縁となって職を得るに至った。知人はほとんどがWeb経由で知り合った関係だ。だから僕はこのサイトに置いてある内容はすべて知人に知られている物と思っているし、知られても構わないと思っているし、知った上で縁を切りたいと思うのなら自由に切ってくれて構わないと思っている。

というかむしろ、最初にこのサイトを出して、Mozillaヲタであること、ヲタ絵描きであること、鬱傾向であること、非モテ根性が染み着いた卑屈で嫉妬深く他力本願な人間であること、不健康且つ不健全なナルシシズムの塊であること、ウヨよりはサヨであること、などなど全部見せた上で、人間関係がスタートしているので、それらに拒否反応を示す人とは最初から人間関係を持っていないような気がする。ウマの合わなそうな人を最初から退ける効果をこのサイトは担っているかもしれない。今でも縁を切らずにいてくれてる人達は、そういう諸々もコミで僕の事を受け入れてくれているか、少なくとも、ある一点について認めていてそれ以外の事は好ましくないにしろ許容範囲内ではあると思ってくれているのだろうと、僕は勝手に想像している。(まあ、全部見てないうちに「こうなんだ」と思い込んで、後から別のコンテンツを見て「こんな人とは思わなかった、失望した!」と思う人もいるかもだけど、こっちは全部おおっぴらにしてるんだから、最初のうちに一通り目を通しておかないその人の方が悪い、と僕は思う。)

秘密は、秘密にするからこそ、バレた時のダメージが大きくなる。どうでもいいような事でも、秘密にし続けるうちに、バレた時のダメージがどんどん大きくなっていく。だから、どうでもいいような事はむしろ、ダメージが少ないうちに秘密でなくしてしまう。そういう風にすれば、本当に秘密にしないといけない事はごく僅かになって、守るのも楽になるんじゃないだろうか。そんな風に僕は考えている。僕はそれを自分の人生を使って実験してるようなものだと思ってる。

という風な僕の例は極端過ぎるのでさておくとしても、「実名バレ」で問題になるのは、Webの自分とWeb以外の自分との人物像が違っていいて、なおかつそれらが全くリンクしていなかった場合だろう。例えば、リアル人間関係では右翼だけどWebでは左翼だとか、リアルでは品行方正なマジメ人間だけどWebではグロスカトロ大好きとか。それで、その全く異なる人物像二つが結び付いた時に、今まで支持してくれていた人が「失望した!」となるのが最大のリスクなんではないかと思う。

ある一方の人物像に対してだけ信頼を寄せていて、もう一方の人物像に対しては嫌悪しかできないという人は、離れていくだろう。そういう人による支持によってその人の社会的信用が成り立っていたら、それはつまり、その人の社会的な死と言える。

じゃあ、最初から全部をおおっぴらにしていたらどうだろう? そりゃ確かに、その人の品行方正な面だけ支持してくれる人と、スカトロ大好きな面まで含めて支持してくれる人の数を比べたら、前者の方が圧倒的に多いだろう。でも、前者に頼り続ける限り、もう一つの顔がバレて全ての支持を失ってしまうというリスクからは逃れられない。そんな身の丈に合わない高望みや背伸びをしないで、最初から等身大で集められる支持だけに頼って、その範囲内で活動して生きていけるんだったら、そうした方がはるかに気が楽だ。

でもそういう判断ができるのは、まだ何も積み重ねた物がない人間か、よっぽど勇気のある人か、だけだろう。ある一つの面だけ支持している人との関係が多くなり、それらの人の支持に依存して生きる形で生活基盤が形成されてしまっては、それを今更ぶちこわす事なんて多分できない。大人になってからWebを使い始めた人ほど、そういう選択は難しくなると思う。

まだ何の支持も生活基盤も持たない時期からWebに触れ始めた僕のような世代は、その点で、幸せ者なのかもしれない。世の中では、セカンドライフがどうとか、そもそもネット自体がセカンドライフだとか、色々言われてるけれども、僕にとってはネットも含めてこれがファーストライフだ。

実名を公表する事のリスク - Jan 01, 1970

Web の匿名と実名、公開することのリスク、めもを読んで思った事。

実名でWebの社会に関わり始めた時期と、実名でWeb以外の社会に関わり始めた時期とが、近ければ近いほど、それらの間が密接にリンクしているほど、「実名バレ」のリスクは小さくなるのではないだろうか。逆に、それらが離れていれば離れているほど、関係がなければないほど、リスクは大きくなるのではないだろうか。そんなことを僕は思っている。

僕は高校1年の時にWebサイトを作り、Web上での活動を通じて評価を得て、Web上での活動が縁となって職を得るに至った。知人はほとんどがWeb経由で知り合った関係だ。だから僕はこのサイトに置いてある内容はすべて知人に知られている物と思っているし、知られても構わないと思っているし、知った上で縁を切りたいと思うのなら自由に切ってくれて構わないと思っている。

というかむしろ、最初にこのサイトを出して、Mozillaヲタであること、ヲタ絵描きであること、鬱傾向であること、非モテ根性が染み着いた卑屈で嫉妬深く他力本願な人間であること、不健康且つ不健全なナルシシズムの塊であること、ウヨよりはサヨであること、などなど全部見せた上で、人間関係がスタートしているので、それらに拒否反応を示す人とは最初から人間関係を持っていないような気がする。ウマの合わなそうな人を最初から退ける効果をこのサイトは担っているかもしれない。今でも縁を切らずにいてくれてる人達は、そういう諸々もコミで僕の事を受け入れてくれているか、少なくとも、ある一点について認めていてそれ以外の事は好ましくないにしろ許容範囲内ではあると思ってくれているのだろうと、僕は勝手に想像している。(まあ、全部見てないうちに「こうなんだ」と思い込んで、後から別のコンテンツを見て「こんな人とは思わなかった、失望した!」と思う人もいるかもだけど、こっちは全部おおっぴらにしてるんだから、最初のうちに一通り目を通しておかないその人の方が悪い、と僕は思う。)

秘密は、秘密にするからこそ、バレた時のダメージが大きくなる。どうでもいいような事でも、秘密にし続けるうちに、バレた時のダメージがどんどん大きくなっていく。だから、どうでもいいような事はむしろ、ダメージが少ないうちに秘密でなくしてしまう。そういう風にすれば、本当に秘密にしないといけない事はごく僅かになって、守るのも楽になるんじゃないだろうか。そんな風に僕は考えている。僕はそれを自分の人生を使って実験してるようなものだと思ってる。

という風な僕の例は極端過ぎるのでさておくとしても、「実名バレ」で問題になるのは、Webの自分とWeb以外の自分との人物像が違っていいて、なおかつそれらが全くリンクしていなかった場合だろう。例えば、リアル人間関係では右翼だけどWebでは左翼だとか、リアルでは品行方正なマジメ人間だけどWebではグロスカトロ大好きとか。それで、その全く異なる人物像二つが結び付いた時に、今まで支持してくれていた人が「失望した!」となるのが最大のリスクなんではないかと思う。

ある一方の人物像に対してだけ信頼を寄せていて、もう一方の人物像に対しては嫌悪しかできないという人は、離れていくだろう。そういう人による支持によってその人の社会的信用が成り立っていたら、それはつまり、その人の社会的な死と言える。

じゃあ、最初から全部をおおっぴらにしていたらどうだろう? そりゃ確かに、その人の品行方正な面だけ支持してくれる人と、スカトロ大好きな面まで含めて支持してくれる人の数を比べたら、前者の方が圧倒的に多いだろう。でも、前者に頼り続ける限り、もう一つの顔がバレて全ての支持を失ってしまうというリスクからは逃れられない。そんな身の丈に合わない高望みや背伸びをしないで、最初から等身大で集められる支持だけに頼って、その範囲内で活動して生きていけるんだったら、そうした方がはるかに気が楽だ。

でもそういう判断ができるのは、まだ何も積み重ねた物がない人間か、よっぽど勇気のある人か、だけだろう。ある一つの面だけ支持している人との関係が多くなり、それらの人の支持に依存して生きる形で生活基盤が形成されてしまっては、それを今更ぶちこわす事なんて多分できない。大人になってからWebを使い始めた人ほど、そういう選択は難しくなると思う。

まだ何の支持も生活基盤も持たない時期からWebに触れ始めた僕のような世代は、その点で、幸せ者なのかもしれない。世の中では、セカンドライフがどうとか、そもそもネット自体がセカンドライフだとか、色々言われてるけれども、僕にとってはネットも含めてこれがファーストライフだ。

実名を公表する事のリスク - Jan 01, 1970

Web の匿名と実名、公開することのリスク、めもを読んで思った事。

実名でWebの社会に関わり始めた時期と、実名でWeb以外の社会に関わり始めた時期とが、近ければ近いほど、それらの間が密接にリンクしているほど、「実名バレ」のリスクは小さくなるのではないだろうか。逆に、それらが離れていれば離れているほど、関係がなければないほど、リスクは大きくなるのではないだろうか。そんなことを僕は思っている。

僕は高校1年の時にWebサイトを作り、Web上での活動を通じて評価を得て、Web上での活動が縁となって職を得るに至った。知人はほとんどがWeb経由で知り合った関係だ。だから僕はこのサイトに置いてある内容はすべて知人に知られている物と思っているし、知られても構わないと思っているし、知った上で縁を切りたいと思うのなら自由に切ってくれて構わないと思っている。

というかむしろ、最初にこのサイトを出して、Mozillaヲタであること、ヲタ絵描きであること、鬱傾向であること、非モテ根性が染み着いた卑屈で嫉妬深く他力本願な人間であること、不健康且つ不健全なナルシシズムの塊であること、ウヨよりはサヨであること、などなど全部見せた上で、人間関係がスタートしているので、それらに拒否反応を示す人とは最初から人間関係を持っていないような気がする。ウマの合わなそうな人を最初から退ける効果をこのサイトは担っているかもしれない。今でも縁を切らずにいてくれてる人達は、そういう諸々もコミで僕の事を受け入れてくれているか、少なくとも、ある一点について認めていてそれ以外の事は好ましくないにしろ許容範囲内ではあると思ってくれているのだろうと、僕は勝手に想像している。(まあ、全部見てないうちに「こうなんだ」と思い込んで、後から別のコンテンツを見て「こんな人とは思わなかった、失望した!」と思う人もいるかもだけど、こっちは全部おおっぴらにしてるんだから、最初のうちに一通り目を通しておかないその人の方が悪い、と僕は思う。)

秘密は、秘密にするからこそ、バレた時のダメージが大きくなる。どうでもいいような事でも、秘密にし続けるうちに、バレた時のダメージがどんどん大きくなっていく。だから、どうでもいいような事はむしろ、ダメージが少ないうちに秘密でなくしてしまう。そういう風にすれば、本当に秘密にしないといけない事はごく僅かになって、守るのも楽になるんじゃないだろうか。そんな風に僕は考えている。僕はそれを自分の人生を使って実験してるようなものだと思ってる。

という風な僕の例は極端過ぎるのでさておくとしても、「実名バレ」で問題になるのは、Webの自分とWeb以外の自分との人物像が違っていいて、なおかつそれらが全くリンクしていなかった場合だろう。例えば、リアル人間関係では右翼だけどWebでは左翼だとか、リアルでは品行方正なマジメ人間だけどWebではグロスカトロ大好きとか。それで、その全く異なる人物像二つが結び付いた時に、今まで支持してくれていた人が「失望した!」となるのが最大のリスクなんではないかと思う。

ある一方の人物像に対してだけ信頼を寄せていて、もう一方の人物像に対しては嫌悪しかできないという人は、離れていくだろう。そういう人による支持によってその人の社会的信用が成り立っていたら、それはつまり、その人の社会的な死と言える。

じゃあ、最初から全部をおおっぴらにしていたらどうだろう? そりゃ確かに、その人の品行方正な面だけ支持してくれる人と、スカトロ大好きな面まで含めて支持してくれる人の数を比べたら、前者の方が圧倒的に多いだろう。でも、前者に頼り続ける限り、もう一つの顔がバレて全ての支持を失ってしまうというリスクからは逃れられない。そんな身の丈に合わない高望みや背伸びをしないで、最初から等身大で集められる支持だけに頼って、その範囲内で活動して生きていけるんだったら、そうした方がはるかに気が楽だ。

でもそういう判断ができるのは、まだ何も積み重ねた物がない人間か、よっぽど勇気のある人か、だけだろう。ある一つの面だけ支持している人との関係が多くなり、それらの人の支持に依存して生きる形で生活基盤が形成されてしまっては、それを今更ぶちこわす事なんて多分できない。大人になってからWebを使い始めた人ほど、そういう選択は難しくなると思う。

まだ何の支持も生活基盤も持たない時期からWebに触れ始めた僕のような世代は、その点で、幸せ者なのかもしれない。世の中では、セカンドライフがどうとか、そもそもネット自体がセカンドライフだとか、色々言われてるけれども、僕にとってはネットも含めてこれがファーストライフだ。

実名を公表する事のリスク - Jan 01, 1970

Web の匿名と実名、公開することのリスク、めもを読んで思った事。

実名でWebの社会に関わり始めた時期と、実名でWeb以外の社会に関わり始めた時期とが、近ければ近いほど、それらの間が密接にリンクしているほど、「実名バレ」のリスクは小さくなるのではないだろうか。逆に、それらが離れていれば離れているほど、関係がなければないほど、リスクは大きくなるのではないだろうか。そんなことを僕は思っている。

僕は高校1年の時にWebサイトを作り、Web上での活動を通じて評価を得て、Web上での活動が縁となって職を得るに至った。知人はほとんどがWeb経由で知り合った関係だ。だから僕はこのサイトに置いてある内容はすべて知人に知られている物と思っているし、知られても構わないと思っているし、知った上で縁を切りたいと思うのなら自由に切ってくれて構わないと思っている。

というかむしろ、最初にこのサイトを出して、Mozillaヲタであること、ヲタ絵描きであること、鬱傾向であること、非モテ根性が染み着いた卑屈で嫉妬深く他力本願な人間であること、不健康且つ不健全なナルシシズムの塊であること、ウヨよりはサヨであること、などなど全部見せた上で、人間関係がスタートしているので、それらに拒否反応を示す人とは最初から人間関係を持っていないような気がする。ウマの合わなそうな人を最初から退ける効果をこのサイトは担っているかもしれない。今でも縁を切らずにいてくれてる人達は、そういう諸々もコミで僕の事を受け入れてくれているか、少なくとも、ある一点について認めていてそれ以外の事は好ましくないにしろ許容範囲内ではあると思ってくれているのだろうと、僕は勝手に想像している。(まあ、全部見てないうちに「こうなんだ」と思い込んで、後から別のコンテンツを見て「こんな人とは思わなかった、失望した!」と思う人もいるかもだけど、こっちは全部おおっぴらにしてるんだから、最初のうちに一通り目を通しておかないその人の方が悪い、と僕は思う。)

秘密は、秘密にするからこそ、バレた時のダメージが大きくなる。どうでもいいような事でも、秘密にし続けるうちに、バレた時のダメージがどんどん大きくなっていく。だから、どうでもいいような事はむしろ、ダメージが少ないうちに秘密でなくしてしまう。そういう風にすれば、本当に秘密にしないといけない事はごく僅かになって、守るのも楽になるんじゃないだろうか。そんな風に僕は考えている。僕はそれを自分の人生を使って実験してるようなものだと思ってる。

という風な僕の例は極端過ぎるのでさておくとしても、「実名バレ」で問題になるのは、Webの自分とWeb以外の自分との人物像が違っていいて、なおかつそれらが全くリンクしていなかった場合だろう。例えば、リアル人間関係では右翼だけどWebでは左翼だとか、リアルでは品行方正なマジメ人間だけどWebではグロスカトロ大好きとか。それで、その全く異なる人物像二つが結び付いた時に、今まで支持してくれていた人が「失望した!」となるのが最大のリスクなんではないかと思う。

ある一方の人物像に対してだけ信頼を寄せていて、もう一方の人物像に対しては嫌悪しかできないという人は、離れていくだろう。そういう人による支持によってその人の社会的信用が成り立っていたら、それはつまり、その人の社会的な死と言える。

じゃあ、最初から全部をおおっぴらにしていたらどうだろう? そりゃ確かに、その人の品行方正な面だけ支持してくれる人と、スカトロ大好きな面まで含めて支持してくれる人の数を比べたら、前者の方が圧倒的に多いだろう。でも、前者に頼り続ける限り、もう一つの顔がバレて全ての支持を失ってしまうというリスクからは逃れられない。そんな身の丈に合わない高望みや背伸びをしないで、最初から等身大で集められる支持だけに頼って、その範囲内で活動して生きていけるんだったら、そうした方がはるかに気が楽だ。

でもそういう判断ができるのは、まだ何も積み重ねた物がない人間か、よっぽど勇気のある人か、だけだろう。ある一つの面だけ支持している人との関係が多くなり、それらの人の支持に依存して生きる形で生活基盤が形成されてしまっては、それを今更ぶちこわす事なんて多分できない。大人になってからWebを使い始めた人ほど、そういう選択は難しくなると思う。

まだ何の支持も生活基盤も持たない時期からWebに触れ始めた僕のような世代は、その点で、幸せ者なのかもしれない。世の中では、セカンドライフがどうとか、そもそもネット自体がセカンドライフだとか、色々言われてるけれども、僕にとってはネットも含めてこれがファーストライフだ。

実名を公表する事のリスク - Jan 01, 1970

Web の匿名と実名、公開することのリスク、めもを読んで思った事。

実名でWebの社会に関わり始めた時期と、実名でWeb以外の社会に関わり始めた時期とが、近ければ近いほど、それらの間が密接にリンクしているほど、「実名バレ」のリスクは小さくなるのではないだろうか。逆に、それらが離れていれば離れているほど、関係がなければないほど、リスクは大きくなるのではないだろうか。そんなことを僕は思っている。

僕は高校1年の時にWebサイトを作り、Web上での活動を通じて評価を得て、Web上での活動が縁となって職を得るに至った。知人はほとんどがWeb経由で知り合った関係だ。だから僕はこのサイトに置いてある内容はすべて知人に知られている物と思っているし、知られても構わないと思っているし、知った上で縁を切りたいと思うのなら自由に切ってくれて構わないと思っている。

というかむしろ、最初にこのサイトを出して、Mozillaヲタであること、ヲタ絵描きであること、鬱傾向であること、非モテ根性が染み着いた卑屈で嫉妬深く他力本願な人間であること、不健康且つ不健全なナルシシズムの塊であること、ウヨよりはサヨであること、などなど全部見せた上で、人間関係がスタートしているので、それらに拒否反応を示す人とは最初から人間関係を持っていないような気がする。ウマの合わなそうな人を最初から退ける効果をこのサイトは担っているかもしれない。今でも縁を切らずにいてくれてる人達は、そういう諸々もコミで僕の事を受け入れてくれているか、少なくとも、ある一点について認めていてそれ以外の事は好ましくないにしろ許容範囲内ではあると思ってくれているのだろうと、僕は勝手に想像している。(まあ、全部見てないうちに「こうなんだ」と思い込んで、後から別のコンテンツを見て「こんな人とは思わなかった、失望した!」と思う人もいるかもだけど、こっちは全部おおっぴらにしてるんだから、最初のうちに一通り目を通しておかないその人の方が悪い、と僕は思う。)

秘密は、秘密にするからこそ、バレた時のダメージが大きくなる。どうでもいいような事でも、秘密にし続けるうちに、バレた時のダメージがどんどん大きくなっていく。だから、どうでもいいような事はむしろ、ダメージが少ないうちに秘密でなくしてしまう。そういう風にすれば、本当に秘密にしないといけない事はごく僅かになって、守るのも楽になるんじゃないだろうか。そんな風に僕は考えている。僕はそれを自分の人生を使って実験してるようなものだと思ってる。

という風な僕の例は極端過ぎるのでさておくとしても、「実名バレ」で問題になるのは、Webの自分とWeb以外の自分との人物像が違っていいて、なおかつそれらが全くリンクしていなかった場合だろう。例えば、リアル人間関係では右翼だけどWebでは左翼だとか、リアルでは品行方正なマジメ人間だけどWebではグロスカトロ大好きとか。それで、その全く異なる人物像二つが結び付いた時に、今まで支持してくれていた人が「失望した!」となるのが最大のリスクなんではないかと思う。

ある一方の人物像に対してだけ信頼を寄せていて、もう一方の人物像に対しては嫌悪しかできないという人は、離れていくだろう。そういう人による支持によってその人の社会的信用が成り立っていたら、それはつまり、その人の社会的な死と言える。

じゃあ、最初から全部をおおっぴらにしていたらどうだろう? そりゃ確かに、その人の品行方正な面だけ支持してくれる人と、スカトロ大好きな面まで含めて支持してくれる人の数を比べたら、前者の方が圧倒的に多いだろう。でも、前者に頼り続ける限り、もう一つの顔がバレて全ての支持を失ってしまうというリスクからは逃れられない。そんな身の丈に合わない高望みや背伸びをしないで、最初から等身大で集められる支持だけに頼って、その範囲内で活動して生きていけるんだったら、そうした方がはるかに気が楽だ。

でもそういう判断ができるのは、まだ何も積み重ねた物がない人間か、よっぽど勇気のある人か、だけだろう。ある一つの面だけ支持している人との関係が多くなり、それらの人の支持に依存して生きる形で生活基盤が形成されてしまっては、それを今更ぶちこわす事なんて多分できない。大人になってからWebを使い始めた人ほど、そういう選択は難しくなると思う。

まだ何の支持も生活基盤も持たない時期からWebに触れ始めた僕のような世代は、その点で、幸せ者なのかもしれない。世の中では、セカンドライフがどうとか、そもそもネット自体がセカンドライフだとか、色々言われてるけれども、僕にとってはネットも含めてこれがファーストライフだ。

実名を公表する事のリスク - Jan 01, 1970

Web の匿名と実名、公開することのリスク、めもを読んで思った事。

実名でWebの社会に関わり始めた時期と、実名でWeb以外の社会に関わり始めた時期とが、近ければ近いほど、それらの間が密接にリンクしているほど、「実名バレ」のリスクは小さくなるのではないだろうか。逆に、それらが離れていれば離れているほど、関係がなければないほど、リスクは大きくなるのではないだろうか。そんなことを僕は思っている。

僕は高校1年の時にWebサイトを作り、Web上での活動を通じて評価を得て、Web上での活動が縁となって職を得るに至った。知人はほとんどがWeb経由で知り合った関係だ。だから僕はこのサイトに置いてある内容はすべて知人に知られている物と思っているし、知られても構わないと思っているし、知った上で縁を切りたいと思うのなら自由に切ってくれて構わないと思っている。

というかむしろ、最初にこのサイトを出して、Mozillaヲタであること、ヲタ絵描きであること、鬱傾向であること、非モテ根性が染み着いた卑屈で嫉妬深く他力本願な人間であること、不健康且つ不健全なナルシシズムの塊であること、ウヨよりはサヨであること、などなど全部見せた上で、人間関係がスタートしているので、それらに拒否反応を示す人とは最初から人間関係を持っていないような気がする。ウマの合わなそうな人を最初から退ける効果をこのサイトは担っているかもしれない。今でも縁を切らずにいてくれてる人達は、そういう諸々もコミで僕の事を受け入れてくれているか、少なくとも、ある一点について認めていてそれ以外の事は好ましくないにしろ許容範囲内ではあると思ってくれているのだろうと、僕は勝手に想像している。(まあ、全部見てないうちに「こうなんだ」と思い込んで、後から別のコンテンツを見て「こんな人とは思わなかった、失望した!」と思う人もいるかもだけど、こっちは全部おおっぴらにしてるんだから、最初のうちに一通り目を通しておかないその人の方が悪い、と僕は思う。)

秘密は、秘密にするからこそ、バレた時のダメージが大きくなる。どうでもいいような事でも、秘密にし続けるうちに、バレた時のダメージがどんどん大きくなっていく。だから、どうでもいいような事はむしろ、ダメージが少ないうちに秘密でなくしてしまう。そういう風にすれば、本当に秘密にしないといけない事はごく僅かになって、守るのも楽になるんじゃないだろうか。そんな風に僕は考えている。僕はそれを自分の人生を使って実験してるようなものだと思ってる。

という風な僕の例は極端過ぎるのでさておくとしても、「実名バレ」で問題になるのは、Webの自分とWeb以外の自分との人物像が違っていいて、なおかつそれらが全くリンクしていなかった場合だろう。例えば、リアル人間関係では右翼だけどWebでは左翼だとか、リアルでは品行方正なマジメ人間だけどWebではグロスカトロ大好きとか。それで、その全く異なる人物像二つが結び付いた時に、今まで支持してくれていた人が「失望した!」となるのが最大のリスクなんではないかと思う。

ある一方の人物像に対してだけ信頼を寄せていて、もう一方の人物像に対しては嫌悪しかできないという人は、離れていくだろう。そういう人による支持によってその人の社会的信用が成り立っていたら、それはつまり、その人の社会的な死と言える。

じゃあ、最初から全部をおおっぴらにしていたらどうだろう? そりゃ確かに、その人の品行方正な面だけ支持してくれる人と、スカトロ大好きな面まで含めて支持してくれる人の数を比べたら、前者の方が圧倒的に多いだろう。でも、前者に頼り続ける限り、もう一つの顔がバレて全ての支持を失ってしまうというリスクからは逃れられない。そんな身の丈に合わない高望みや背伸びをしないで、最初から等身大で集められる支持だけに頼って、その範囲内で活動して生きていけるんだったら、そうした方がはるかに気が楽だ。

でもそういう判断ができるのは、まだ何も積み重ねた物がない人間か、よっぽど勇気のある人か、だけだろう。ある一つの面だけ支持している人との関係が多くなり、それらの人の支持に依存して生きる形で生活基盤が形成されてしまっては、それを今更ぶちこわす事なんて多分できない。大人になってからWebを使い始めた人ほど、そういう選択は難しくなると思う。

まだ何の支持も生活基盤も持たない時期からWebに触れ始めた僕のような世代は、その点で、幸せ者なのかもしれない。世の中では、セカンドライフがどうとか、そもそもネット自体がセカンドライフだとか、色々言われてるけれども、僕にとってはネットも含めてこれがファーストライフだ。

実名を公表する事のリスク - Jan 01, 1970

Web の匿名と実名、公開することのリスク、めもを読んで思った事。

実名でWebの社会に関わり始めた時期と、実名でWeb以外の社会に関わり始めた時期とが、近ければ近いほど、それらの間が密接にリンクしているほど、「実名バレ」のリスクは小さくなるのではないだろうか。逆に、それらが離れていれば離れているほど、関係がなければないほど、リスクは大きくなるのではないだろうか。そんなことを僕は思っている。

僕は高校1年の時にWebサイトを作り、Web上での活動を通じて評価を得て、Web上での活動が縁となって職を得るに至った。知人はほとんどがWeb経由で知り合った関係だ。だから僕はこのサイトに置いてある内容はすべて知人に知られている物と思っているし、知られても構わないと思っているし、知った上で縁を切りたいと思うのなら自由に切ってくれて構わないと思っている。

というかむしろ、最初にこのサイトを出して、Mozillaヲタであること、ヲタ絵描きであること、鬱傾向であること、非モテ根性が染み着いた卑屈で嫉妬深く他力本願な人間であること、不健康且つ不健全なナルシシズムの塊であること、ウヨよりはサヨであること、などなど全部見せた上で、人間関係がスタートしているので、それらに拒否反応を示す人とは最初から人間関係を持っていないような気がする。ウマの合わなそうな人を最初から退ける効果をこのサイトは担っているかもしれない。今でも縁を切らずにいてくれてる人達は、そういう諸々もコミで僕の事を受け入れてくれているか、少なくとも、ある一点について認めていてそれ以外の事は好ましくないにしろ許容範囲内ではあると思ってくれているのだろうと、僕は勝手に想像している。(まあ、全部見てないうちに「こうなんだ」と思い込んで、後から別のコンテンツを見て「こんな人とは思わなかった、失望した!」と思う人もいるかもだけど、こっちは全部おおっぴらにしてるんだから、最初のうちに一通り目を通しておかないその人の方が悪い、と僕は思う。)

秘密は、秘密にするからこそ、バレた時のダメージが大きくなる。どうでもいいような事でも、秘密にし続けるうちに、バレた時のダメージがどんどん大きくなっていく。だから、どうでもいいような事はむしろ、ダメージが少ないうちに秘密でなくしてしまう。そういう風にすれば、本当に秘密にしないといけない事はごく僅かになって、守るのも楽になるんじゃないだろうか。そんな風に僕は考えている。僕はそれを自分の人生を使って実験してるようなものだと思ってる。

という風な僕の例は極端過ぎるのでさておくとしても、「実名バレ」で問題になるのは、Webの自分とWeb以外の自分との人物像が違っていいて、なおかつそれらが全くリンクしていなかった場合だろう。例えば、リアル人間関係では右翼だけどWebでは左翼だとか、リアルでは品行方正なマジメ人間だけどWebではグロスカトロ大好きとか。それで、その全く異なる人物像二つが結び付いた時に、今まで支持してくれていた人が「失望した!」となるのが最大のリスクなんではないかと思う。

ある一方の人物像に対してだけ信頼を寄せていて、もう一方の人物像に対しては嫌悪しかできないという人は、離れていくだろう。そういう人による支持によってその人の社会的信用が成り立っていたら、それはつまり、その人の社会的な死と言える。

じゃあ、最初から全部をおおっぴらにしていたらどうだろう? そりゃ確かに、その人の品行方正な面だけ支持してくれる人と、スカトロ大好きな面まで含めて支持してくれる人の数を比べたら、前者の方が圧倒的に多いだろう。でも、前者に頼り続ける限り、もう一つの顔がバレて全ての支持を失ってしまうというリスクからは逃れられない。そんな身の丈に合わない高望みや背伸びをしないで、最初から等身大で集められる支持だけに頼って、その範囲内で活動して生きていけるんだったら、そうした方がはるかに気が楽だ。

でもそういう判断ができるのは、まだ何も積み重ねた物がない人間か、よっぽど勇気のある人か、だけだろう。ある一つの面だけ支持している人との関係が多くなり、それらの人の支持に依存して生きる形で生活基盤が形成されてしまっては、それを今更ぶちこわす事なんて多分できない。大人になってからWebを使い始めた人ほど、そういう選択は難しくなると思う。

まだ何の支持も生活基盤も持たない時期からWebに触れ始めた僕のような世代は、その点で、幸せ者なのかもしれない。世の中では、セカンドライフがどうとか、そもそもネット自体がセカンドライフだとか、色々言われてるけれども、僕にとってはネットも含めてこれがファーストライフだ。

実名を公表する事のリスク - Jan 01, 1970

Web の匿名と実名、公開することのリスク、めもを読んで思った事。

実名でWebの社会に関わり始めた時期と、実名でWeb以外の社会に関わり始めた時期とが、近ければ近いほど、それらの間が密接にリンクしているほど、「実名バレ」のリスクは小さくなるのではないだろうか。逆に、それらが離れていれば離れているほど、関係がなければないほど、リスクは大きくなるのではないだろうか。そんなことを僕は思っている。

僕は高校1年の時にWebサイトを作り、Web上での活動を通じて評価を得て、Web上での活動が縁となって職を得るに至った。知人はほとんどがWeb経由で知り合った関係だ。だから僕はこのサイトに置いてある内容はすべて知人に知られている物と思っているし、知られても構わないと思っているし、知った上で縁を切りたいと思うのなら自由に切ってくれて構わないと思っている。

というかむしろ、最初にこのサイトを出して、Mozillaヲタであること、ヲタ絵描きであること、鬱傾向であること、非モテ根性が染み着いた卑屈で嫉妬深く他力本願な人間であること、不健康且つ不健全なナルシシズムの塊であること、ウヨよりはサヨであること、などなど全部見せた上で、人間関係がスタートしているので、それらに拒否反応を示す人とは最初から人間関係を持っていないような気がする。ウマの合わなそうな人を最初から退ける効果をこのサイトは担っているかもしれない。今でも縁を切らずにいてくれてる人達は、そういう諸々もコミで僕の事を受け入れてくれているか、少なくとも、ある一点について認めていてそれ以外の事は好ましくないにしろ許容範囲内ではあると思ってくれているのだろうと、僕は勝手に想像している。(まあ、全部見てないうちに「こうなんだ」と思い込んで、後から別のコンテンツを見て「こんな人とは思わなかった、失望した!」と思う人もいるかもだけど、こっちは全部おおっぴらにしてるんだから、最初のうちに一通り目を通しておかないその人の方が悪い、と僕は思う。)

秘密は、秘密にするからこそ、バレた時のダメージが大きくなる。どうでもいいような事でも、秘密にし続けるうちに、バレた時のダメージがどんどん大きくなっていく。だから、どうでもいいような事はむしろ、ダメージが少ないうちに秘密でなくしてしまう。そういう風にすれば、本当に秘密にしないといけない事はごく僅かになって、守るのも楽になるんじゃないだろうか。そんな風に僕は考えている。僕はそれを自分の人生を使って実験してるようなものだと思ってる。

という風な僕の例は極端過ぎるのでさておくとしても、「実名バレ」で問題になるのは、Webの自分とWeb以外の自分との人物像が違っていいて、なおかつそれらが全くリンクしていなかった場合だろう。例えば、リアル人間関係では右翼だけどWebでは左翼だとか、リアルでは品行方正なマジメ人間だけどWebではグロスカトロ大好きとか。それで、その全く異なる人物像二つが結び付いた時に、今まで支持してくれていた人が「失望した!」となるのが最大のリスクなんではないかと思う。

ある一方の人物像に対してだけ信頼を寄せていて、もう一方の人物像に対しては嫌悪しかできないという人は、離れていくだろう。そういう人による支持によってその人の社会的信用が成り立っていたら、それはつまり、その人の社会的な死と言える。

じゃあ、最初から全部をおおっぴらにしていたらどうだろう? そりゃ確かに、その人の品行方正な面だけ支持してくれる人と、スカトロ大好きな面まで含めて支持してくれる人の数を比べたら、前者の方が圧倒的に多いだろう。でも、前者に頼り続ける限り、もう一つの顔がバレて全ての支持を失ってしまうというリスクからは逃れられない。そんな身の丈に合わない高望みや背伸びをしないで、最初から等身大で集められる支持だけに頼って、その範囲内で活動して生きていけるんだったら、そうした方がはるかに気が楽だ。

でもそういう判断ができるのは、まだ何も積み重ねた物がない人間か、よっぽど勇気のある人か、だけだろう。ある一つの面だけ支持している人との関係が多くなり、それらの人の支持に依存して生きる形で生活基盤が形成されてしまっては、それを今更ぶちこわす事なんて多分できない。大人になってからWebを使い始めた人ほど、そういう選択は難しくなると思う。

まだ何の支持も生活基盤も持たない時期からWebに触れ始めた僕のような世代は、その点で、幸せ者なのかもしれない。世の中では、セカンドライフがどうとか、そもそもネット自体がセカンドライフだとか、色々言われてるけれども、僕にとってはネットも含めてこれがファーストライフだ。

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