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おこがましい という思考停止 - Dec 18, 2006

そもそも僕が何に対しておこがましいと思ったかというと、相手の心情にズカズカと踏み込むことについてだ。言い換えれば、僕は、人が他人の信条にズカズカと踏み込むことは分を超えること、滅多にやっちゃあいけない事、タブーに近いことだと思っているということだ。

タブー視。それは思考停止ではないのか?

法やルールといった物に対する人間の精神の発達について書かれた文書を、どこかで見た気がするんだけど。確か、最初は「いけないからいけない」とか「みんながダメといってるから」といった理由でルールを守っているのが、次の段階では「法に基づいて」とかの理由に変わり、そのうち「法はただの条文でしかない、それよりも何故その法が作られたかということまで考えるべきだ」とか考えるようになる、という。赤信号の例でいえば、みんなが止まっているから止まるというのが最初の段階、交通法規を遵守しなければと思って止まるというのが次の段階、車が一台も走ってないんだったら赤信号でも渡って構わないし青信号でも絶対に安全とは限らない、となるのが最終段階、という感じ。

ここで僕は、他人の心に踏み込むことは「いけないこと」だと、教条的に考えていた。しかし哀さんは、踏み込んで相手の人生をより良く変えられるのなら踏み込んでも構わない、という立場を取っている。

という事はこれは、精神の発達の段階において哀さんの方がはるか先を行っているということではないのか?

「個人の内心に踏み込むべきではない」という考えと「個人の内心に踏み込んでもよい」という考えの「対立」なんかではなかったのではないか?

「とにかくなんだかよく分からんけど個人の内心に踏み込んじゃダメー」という風にしか言えない子供が、「内心なんて場合によってどんどん踏み込んで構わないだろ、何言ってんの?」と冷静に判断できる大人に噛み付いていただけなのではないのか?

実にカッコ悪いですね。愚かですね。

分類:出来事・雑感, , 時刻:05:16 | Comments/Trackbacks (0) | Edit

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