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合理化 - Feb 05, 2006

アキバ系とは - 狐の王国コラム:アキバ系とは - iwatamの個人サーバ「理系」が「アキバ系」に取って代わられ、「理系の町」が「アキバ系の町」に変容してしまった、ではその「アキバ系」の正体とはいったい何なのか、という話。

これを見て考えたこと。

何らかの理由で対人関係を築く動機または技能を欠いてしまった。それにもかかわらず、対人関係の構築を切望し、理想(対人関係に不自由ない状態)と現実(対人関係を築けない状態)のギャップに苦しんでいる――これは多くの「非モテ」に共通する状況だと僕は考えている。

ただ、対人関係の構築を切望する理由が非モテのタイプによって異なるのではないか。

まず挙げられるのが、上記文言に全てが集約されるタイプ。すなわち、対人関係(特に異性との)を上手く築けないことが最大の問題と自覚しているタイプ。これを非モテA型と仮に呼ぶ。

次に挙げられるのが、別の問題によって上記文言の問題が引き起こされているタイプ。すなわち、本人は対人関係の構築を望んでいない、にもかかわらず、周囲が対人関係の構築を強要してくる――「周囲が価値観を押しつけてくること」、不当な同調圧力が常態化してそれ自体が異常・不当とは考えられなくなってしまい、「押しつけられた価値観に自分は何故適合できないのか」に苦しんでいるタイプ。これを非モテB型と仮に呼ぶ。

そして、もう一つ挙げられるのが、自分自身は非モテB型であると自己認識しているにもかかわらず、実際の所は非モテA型であるというタイプ。周囲と自分の価値観が根本的には同じで、対人関係の構築を切望しているのならば、対人関係構築能力に欠陥がある状態、あるいは、対人関係の構築を切望している状態は、相対的には敗北である。しかし自分が敗北していると認め、常に自分がその状態に置かれていることを意識するのは、精神的苦痛を伴う。そこで、その苦痛から逃れるために、自分が敗者となっているのは自分と周囲の価値観が違うからであって、この敗北は実は敗北ですらなかったのである、異なる価値観を押しつけてくる周囲が悪いのだ、と自分を納得させる(防衛機制のうちの「合理化」)。これを非モテC型と仮に呼ぶ。

プライド(と自分では呼びたがっているけれども、周囲から見れば単なる見栄)の高い非モテA型は、非モテC型に堕ちてしまう傾向があるのではないだろうか?

ただ非モテC型であるだけならば、おそらくそれ自体は問題ではない。ただ、合理化に合理化を重ねていくと、問題はよりこじれていく。非モテC型をこじらせた状態に陥ることこそが、最も忌避すべき事態なのではないだろうか?

分類:モテ・非モテ・恋愛・自己承認, , 時刻:13:02 | Comments/Trackbacks (0) | Edit

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