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Wikipediaは表現の自由を気にしなくてもいい? 冗談でしょ…… - Apr 10, 2007

非難轟々ですな。

この件については、異論反論の方にほぼ全面的に同意だ。初期のポリシーがどうであったかとか、ゆきちさんがどう考えているかとかに関係なく、Wikipediaは今となっては、公共性を帯びた活動になっている。公共性を帯びた活動であるのなら、「表現の自由を守る必要なんか無い」わけがない。

ある活動に公共性があるかないかを判断するのは、活動している本人ではなく、あくまで、社会だ。活動の参加者にその自覚が無いのは致命的だと思う。

分類:出来事・雑感, , 時刻:19:13 | Comments/Trackbacks (14) | Edit

Comments/Trackbacks

no title

ブログのコメントの中でも言っていますが、自由を担保する対象が完全にずれています。主張するのは構いませんが、それは、法的拘束力を持ちません。表現の自由を侵害したと判断するなら、勝手に訴えればいいだけです。

Commented by ゆきち at 2007/04/10 (Tue) 20:32:00

えーと

皆さん、日本国憲法がどうとかよりも、もう一段階ほど上のレイヤの話をされていると思うのですけれど。
ゆきちさんはどうしてそのレイヤの話に拘るんだろう。

Commented by Piro at 2007/04/10 (Tue) 22:14:31

no title

僕がそもそもルールの問題としてとりあげているから。そもそも「表現の自由」って法律の用語なんだけど。それ以外では、まったくとりあげてませんよ。みんなしてタイトルに釣られ過ぎ。第一、法律の問題以外のどんな話題なんですかね。

Commented by ゆきち at 2007/04/11 (Wed) 06:48:25

ふむ

言葉の選択が不適切だったかもですね。僕自身ボキャブラリーが貧困なのでアレなのですが、表現の自由という言葉の背景にある概念を、論じたい気がします。

http://www.13hz.jp/2007/04/wikipediano.html

ここを読んでもう一度考えてみるに、

* 百科事典の特性として「公益性」は切っても切り離せない要素である。
* 僕や一部の人は百科事典に公益性を期待しているし、僕は、社会もそう期待していると考えている。
* 特に、オープンとかそういうことを謳い文句にしているWikipediaには、より高い公益性が期待される。
* しかし実際にはWikipedia日本語版には公益性がないし、管理者も公益性を維持する気がないようである。

お前らが勝手に勘違いしてるだけだ、俺達は俺達の利益のためだけにやってるんだ、と言われればそれまでですけれども、どこかに「他人の役に立つ」事を意識している部分があるのであれば、その「他人の役に立つ」とは、ことオープンな百科事典においては「公益性の面で」に他ならないと僕には思えるので、羊頭狗肉もいいとこだ、と思ってしまいます。

Commented by Piro at 2007/04/11 (Wed) 09:24:48

no title

実際は、まったくそんな話じゃなくて。前提をはっきり書いてないので、それで勘違いしている人もいるのだけど、僕が言いたいのは、記事を削除するとか編集する際に「表現の自由」だの「知る権利」だのを持ち出す人がいるんだけど、本当に厳密な意味でWikipediaが表現の自由なり知る権利なりを阻害しているのか、それをきちんと立証できるのか、ということです。実際、出来た人なんていないし、何の法的判断もくだされていない段階では、wpが憲法違反をしているなんて立証できるわけが無いんですよね。単に自分の土俵でいいたいことを言っているだけ。それでsysopを攻撃してくるんだから、たまったもんじゃない。そこまでいうならお前がsysopやれ、と。その後の話題がsysopの話題になっているのはそのためです。

理念として論じるのは構いませんが、少なくとも、僕が論じているフェーズとはまったく異なるし、実際、非難轟々とかいわれても、僕は痛くも痒くもありませんでした。僕がしたかったのは、プロジェクトを支える基盤の話で、その上に乗るものについては、ほとんと論じていません。それを勝手に取り違えて論じているのは、単に自分の論理性の無さを暴露しているだけです。

確かに、オープンである限りは、ある程度の公共性を持っています。そして実際に、Wp、Wb、Wqなどの日本語版では、記事を削除する際は日本法に準拠して著作権侵害やプライバシーの侵害を判断しています(オープンなライセンスで運営するなら当り前ですね)。でも、上に言ったように、それと「表現の自由」を担保していることとはつながりません(なぜなら、「表現の自由」を保証しているのは、日本国政府だから)。このふたつを一直線につなげるのは、かなり無理があります。そして、現実は、Wikipediaは百科事典を、Wikibooksは教科書を、Wikiquoteは引用区を収集するという目的を持ち、その目的に応じて内容を吟味していくだけです。
#「公益性」と「公共性」はさすがに意味がちがうけどね。

一度、sysopな人たちと話をしてみるといいと思いますよ。話題を法律として判断しますから。まだ始まってませんが、sysopな人達で法律の勉強会をやろうか、なんて言っています。

#ごめん、長くなった...orz

Commented by ゆきち at 2007/04/11 (Wed) 10:27:40

ていうか

誰も本気でWikipediaを被告として「表現の自由を侵害された!」と訴えようとしてなんていないと思うんですけど。

Wikipediaは記事執筆者の表現の自由を託された存在(一般人が表現の自由に基づいて書いた記事を百科事典の一部として公開する場所)だと僕は思ってます。
言うなれば代理人のようなものでしょう。

その代理人が表現の自由を行使しようとしないことに対して、記事を書く人は「そんな気概もない表現者(の代理人)って、表現者としてどうなのよ」と憤っているし、閲覧者としては「そんな気概もない表現者の作ってる物は、表現物としてレベルが低いと言わざるを得ない」と思うわけです。

まぁ、「べつにレベル高くなくてもいいもん。表現することにそんなプライド持ってないもん。」と開きなおられてしまえば、それもまた、それまでのことなんですけどね。

あと、「いきり立ってるどっかの誰かさんの代理人なんてやりたくないよ、他人の代理になって表現の自由を問う法定合戦の矢面に立たされるのなんてまっぴらごめんだ」ということなのであれば、そもそも「誰でも書ける」ようにしていることが間違いのような気がします。

Commented by Piro at 2007/04/11 (Wed) 11:09:35

no title

うーんと、
> 誰も本気でWikipediaを被告として「表現の自由を侵害された!」と訴えようとしてなんていないと思うんですけど。

そもそも、出発点は「そういう論点を持ち出す人がいる」ということです。そして、「表現の自由」が法律の用語である限り、それについて適切な理解が求められます。少なくとも、僕が論じている土俵はそこ(上に言ったように、記事の削除の話題)。

> Wikipediaは記事執筆者の表現の自由を託された存在

それはwpだけじゃなくて、いわゆるブログサイトなど、全てに言えます(正確には「託された」ではなくて、「表現の自由に立脚した」という感じですか)。ただし、それぞれは、その権利を持つ人に対して、「権利を差し止める」ことは出来ません。裁判所じゃないのだから。「wpでは削除するけど、書きたかったらブログで好きなだけやってね。」とは普段から言っています。そして、その個人がブログに書くことをまったく阻害していません(記事の削除は記事に対して行われることであって、個人に対して行われるものでは無いからです)。

例えば、このブログへのコメントをPiroたんが削除することは、表現の自由の侵害になるでしょうか。

> その代理人が表現の自由を行使しようとしないことに対して、(後略)

ごめん、そんなこと一言も言ってないです。なんでそんな話題になるんですか。Piroたんまでそんな風な論旨を持つなんて、ちょっと不思議。自由とその権利の話題なのに、どうしてそれがクオリティや仕組の話題になったりするのですか。

Commented by ゆきち at 2007/04/11 (Wed) 11:36:34

no title

>例えば、このブログへのコメントをPiroたんが削除することは、表現の自由の侵害になるでしょうか。

この日記とWikipediaでは、目的が違いますよね。
ここは個人の日記。Wikipediaは百科事典。

で、百科事典にふさわしくないと思われる記述だからWikipediaでは削除するのだ、というのがsysopの人達の言い分なのだと僕は理解しています。
しかし、傍目から見ていると、その「百科事典にふさわしい・ふさわしくない」という判断が、sysop個々人の恣意的な判断以外の何物でも無いように思えます。
しかも、その判断基準が不明瞭で不可解だから、こうしていろんな人が問題視しているのではないでしょうか。

そして、Wikipedia日本語版の動向を見ている限り、僕や冒頭のリンク先の人達には、こう思えるのです。
「Wikipedia日本語版管理者達にとっての『百科事典にふわさしい記述』の必要条件は、『企業や団体にクレームを付けられる事が一切無い、当たり障りの無い記述』であることだ。」
「Wikipedia日本語版は、表現の自由を主張しない。どんな事実であれ、企業や団体におもねった記述以外は残さない。」
と。

僕やリンク先の人達は、それは百科事典に相応しい態度ではない、と思っているわけです。

これは法律の定めている範囲の中だけでなく、その範囲の外にも跨っている、複合的な問題だと、僕には思えます。
ゆきちさんの場合は、その複合的な問題を全体で論じないで、「法の範囲ではこうだ」とだけひたすら繰り返しているように僕には見えて、それってヘンなんじゃないの、と感じている次第です。

それとも、複合的な問題であること自体は十分に分かった上で、その上で敢えて、法の範囲の話にフォーカスしてまずはそこから論じたい、ということなのでしょうか? その他の問題はそれが片付いてから、あるいは別の場で論じるべき事であり、そこから目を背けるつもりは無い、と考えていらっしゃるのでしょうか?
だとしたら、ゆきちさんのここまでの発言からは、そういう考えが背景にあるとは僕には思えませんでした。

Commented by Piro at 2007/04/11 (Wed) 12:25:55

補足

>僕やリンク先の人達は、それは百科事典に相応しい態度ではない、と思っているわけです。

その「相応しい態度」には、
http://blog.sakichan.org/ja/index.php/2007/04/06/wikipedian_dont_know_encyclopedie
で述べられているような、表現の自由を主張する姿勢も含まれていて、切っても切り離せない要素だ、というのが僕の考えです。

Commented by Piro at 2007/04/11 (Wed) 12:33:42

no title

> この日記とWikipediaでは、目的が違いますよね。
> ここは個人の日記。Wikipediaは百科事典。

ごめん、かなりがっくり。例えば、今日でも僕がWikiを立ち上げて「百科事典つくるぞー」といったら、そのルールで適用できますか? Piroたんみたいなひとがなんでその程度のことも想像できないのか、不思議で仕方ないです。Wpとは別に機能し始めている百科事典サイトがいくつもできていることは、御存じ? それから、Wikimedia財団は百科事典以外のプロジェクトもやっているのだけど、それについては、どう判断するのですか?

> で、百科事典にふさわしくないと思われる記述だからWikipediaでは削除するのだ、というのがsysopの人達の言い分なのだと僕は理解しています。

削除依頼ログをもっと良く読んでみてください。ちなみに、その基準は、英語版の方がよっぽど厳しいです。

少なくとも、僕はそういう場で「無用な発言をする人」について論じているだけです。それ以上でもそれ以下でもありません。勝手に話題を拡張する人の事など知りません。

> そして、Wikipedia日本語版の動向を見ている限り、僕や冒頭のリンク先の人達には、こう思えるのです。(後略)

そう思われるのがいやだから、僕はJimmy Walesの来日に際して、イベントを企画した訳ですが、それは無駄な努力だったようで。とても残念です。もっと良い方法があったら教えてください。

あとはPiroたんの一人言ですね。そうとしか解釈できない。

っていうか、みんなして「Wikipedia」って単語に反応しすぎ。この単語が出てくると、みんなして頭が煮詰まってしまって、空回りしまくり。そこに「表現の自由」なんて、どうとでも論じられる話題がくっついたものだから、もうどうしようもない。Piroたんの理解は、ちょっとひどすぎます。

http://commons.wikimedia.org/wiki/Image:Getting_inv_wikipedia.pdf
おまけとして、先日こういう資料を作ってみました。よかったら、読んでみてください。

Commented by ゆきち at 2007/04/11 (Wed) 12:53:02

誰の誰からの自由なのか

つ http://orion.mt.tama.hosei.ac.jp/hideaki/freespeech.htm#Sec:3.1

Commented by よう at 2007/04/11 (Wed) 13:30:59

ええと

つまりWikipediaは中立的でなく偏っていて質の低い百科事典であって何ら問題は無い、中立的で質の高い百科事典をWikipediaは目指さないしその必要も無い、Wikipediaの質を高める努力はWikipediaには不要である、と管理者の方々は考えているという、という理解でよろしいでしょうか。

少なくとも、それが掲載されていないことによってある人々にとって不利益をもたらしている重要な事実であっても、掲載すれば特定の企業や団体にとって不利益になるから掲載しない、とか、特定の管理者にとって気に入らないからジョーク記事でも即刻削除するとか、そんなのが「中立」で「質が高い」とは、僕には思えないです。

そして「それがWikipediaなのだ」と開きなおられるのでしたら、まあ、そういうもんなんだ、と思うだけです。

Commented by Piro at 2007/04/11 (Wed) 15:07:08

no title

信用と権威は表裏一体だと僕は思います。
質が高くなって信用されるようになればなるほど、周囲からは権威として扱われますし、権威であればあるほど、信用できるとみなされるようになります。

なんとなく、ゆきちさんはWikipediaが権威として扱われてしがらみでがんじがらめになることを忌避されているような印象を受けました。
が、Wikipediaが信用を集めることをWikipedia自身がよしとするのなら、権威化は避けられないでしょう。
権威化したくないのならば、信用を集めないようにするしかないと僕は思いますし、ブリタニカに匹敵するなんて言われて喜んでちゃあいけないと思います。

Commented by Piro at 2007/04/11 (Wed) 15:45:25

no title

Piroたんの知りたいことの大半は、先にあげた資料を元に調べてもらえれば、わかります。記事の品質について問いたければ、「秀逸な記事」を探してください。

Commented by ゆきち at 2007/04/11 (Wed) 17:59:18

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