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分かってない人(だけ)が誉めてるんじゃないの? という不安。好かれたいという欲求。 - May 28, 2009

ことあるごとに言ってるけど。もしクリアコードが解散することになったとしたら、僕以外の人は普通に他の所で仕事ができるだろうけど、僕だけは行き場所が無くて野垂れ死ぬんじゃないか、と僕はずっと思ってる。

ブートローダに機能を加えたり、組み込み機器向けに低層の所をCでゴリゴリ書いたり、そんな事ができる人達の中にいて、それじゃあ僕という人間は何ができるのかというと、MozillaのそれもXULより上の層のことしか分からない。第1言語がJavaScriptのくせに、Webアプリを書けない、jQueryもYUIもExt JSも知らなくてクロスブラウザなスクリプトを全然書いたことがない。なんていう著しく偏った人間は、どこからも誰からも必要とされないんじゃねえの? と。

「技術力十分あるじゃないか。他でもやっていけるよ。もっと下の人がいっぱいいるよ。」と、誉めてるのか慰めてるのか、言葉をかけてくれる人はいる。そう言われて悪い気はしない。でも心のどこかで「本当に僕に『技能がある』からじゃなくて、単に外野から見てて『そう見える』から言ってるだけなんじゃないのか? 僕と同じ分野に手を着けて、その後で僕のことを見たら、『ああなんだPiroって全然大したことねえな』って思うんじゃないのか?」と思う部分がある。

料理に例えれば、僕が大変ショボい自炊をしてるのを、料理が全くできない人が見て、「料理ができるなんてすげえ!! お前、料理人で商売できるんじゃね?!」と、何を勘違いしてかそう言ってしまっているような状況であるとか。あるいは、フランス料理の一流シェフが沢山いる中に一人だけ手巻き寿司しか作れないド素人寿司屋が紛れ込んでいて、フランス料理のシェフ達が「(何だコレ? スシっていうの? 俺フランス料理以外わかんないんだよね……でもまあこうやって店持ってるって事は多分スシの世界じゃそこそこの腕前なんだろうな、じゃあ敬意を払っとかないとな……)スゴイネー!! スシサイコー!!」と言ってるような状況であるとか。「僕が評価されてる」ってのは結局そういう事なんじゃないの? という風に思ってるところがある。

本当の意味で適正な評価をできるのは同じ分野で活動してる人だけなんじゃないのか? そういう人が「確かにPiroは技能がある」って言ってくれて初めて、本当に技能があるって言えるんじゃないのか? 同じ分野に身を置いてる人以外からピントの外れた誉め言葉をもらって、それを、同じ分野の人に言われる言葉と同じ重みで受け取って勘違いして喜んでるだけなんじゃないのか? という風に思うところがある。

しかし同時に、僕は、(元)彼女に絵や仕事やカラオケのことを「すごい!」「上手い!」と言われた時には、大変嬉しかった。絵も歌も普通に素人で、ましてやプログラミングなんてこれっぽっちも分からない、門外漢も門外漢な人からの誉め言葉を聞いて、僕は嬉しがっていた。

何故だ? これは先の話と明らかに矛盾しているのではないか? 同じ分野で活動している人からの適正な評価以外は評価としては全くアテにならない、だからどんなに誉められてても不安なんじゃなかったのか?

ひょっとしたら、自分の技能が人より高いかどうかが分からなくて不安なのではなく、「貶される可能性が残っている」「価値が無くなるかもしれない」ことが不安だったんじゃないのか? 「技術力が高い」と言われていても、何もしていなければすぐに他の人に追い抜かれる。貶されるようになる。商品価値が無くなる。それが怖いのではないか?

これは僕の勝手な思い込み、願望の勝手な投影だけれども、多分(元)彼女は、僕の絵を好きで居続けてくれてたんじゃないかと思う。僕の絵柄が流行りの絵柄でなくても、僕より絵の上手い人がどんどん現れていっても、他の凄く上手な絵と僕の絵を見比べた上で僕の絵を「嫌いになる」、ということは無かったんじゃないか、と思う。まあ僕は勝手にそう期待していたし、そう期待してしまいたくなるくらいに僕は舞い上がってた。

母は、僕の絵の技術力は多分認めてくれている。「こういう絵を描いて欲しい」と依頼されたりもする(頼まれ仕事を今まさに絶讃放置中で申し訳ない限りです)。でも、僕の絵が好きかどうかで言うと、多分好きではないと思う。母が好きな絵は、例えばいわさきちひろだ。いわさきちひろの絵と僕の描いた絵を商品として並べたら、いわさきちひろの絵の方を迷わず選ぶと思う。

あと、親は、僕が(共著で)本を出してもあまり派手に喜んではいなかったと思う。報告?した時も、「へぇ、(技術的なことはさっぱり分からんけど、世間的には多分)すごいねえ」くらいの冷静な反応だったと思う。少なくとも僕にはそう見えた。(元)彼女は、「すごいやん!」と、顔文字付きで大げさに反応していた。その反応が僕は非常に嬉しかった。これが欲しかったんだ、と、思っていたと思う。そういう風に大げさに反応されることに僕は飢えていたのではないかと思う。

僕が真に欲していたのは、他と僕とを比べても僕の方に他にはない価値を見出してくれる人、そしてそれを好いてくれる人、好きで居続けてくれる人、さらに言えば、それを(大げさにでも)表現してくれる人、ってことだったのではないのか。そういうシンプルな話なのではないのだろうか。

技術の分野では、それは期待するだけ無駄なことなのだと思う。技術の世界では全ての物事に優劣がはっきり付く。「好きか嫌いか」には全く価値が無く、「より生産性が高いかどうか」だけが唯一の価値基準だ。技術的に劣ってるけどそれが好きなんです、では通らない。そういう世界で、「絶対に見捨てられない安心感」を求めることがそもそも不毛な、そして見当外れな欲求だったんだ、ということに、今頃になってやっと気がついた。

好かれたいんです……

19 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/05/28(木) 19:52:51 ID:c8qpWzOe0
    わかってる人から見たら、piro氏の技術力は大したことないの?

23 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/05/28(木) 21:10:28 ID:6eFkxD7g0
    >>19
    大したことない。Firefoxのバッドノウハウを猛烈に抱えているから余人が簡単には真似できないとは思うが、
    たとえば昔のメインフレームのメンテ一筋の団塊世代エンジニアの技術力が高いとは言いがたいでしょう。

ですよねー。

分類:出来事・雑感, , 時刻:03:31 | Comments/Trackbacks (1) | Edit

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適当に思ったことをだらだらと箇条書き。

-人間は伸びる。
-下じゃなく上を見ないと。
-客観的に比較しないと伸びない。
-伸びる必要の無いところでは伸びる必要は無い。時間は有限。
-客観的に比較してくれる人はありがたい。
-主観的に貶す人を恐れる。特に他人の威を借り主観で語る人を。
-ネット上には主観的に貶す人が多い気がする。
-主観的に褒める事に対しては好きな人と嫌いな人が居そうな気がする。
-どういう生き方が幸せかはまた別。客観的を推し進めると無機質になる気がして怖い。
-好かれたいなら好かれたい人(達)に好かれるように努力するのが一番。ターゲット層を絞れ。

Commented by n at 2009/05/28 (Thu) 05:30:28

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