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匿名志向の文化のせいで被害が拡大したということはないだろうか - Dec 22, 2006

アメリカで育ってきた人とこないだ話してて、向こうとこっちとでネットに接する時の姿勢が全然違うんだなあということを思い知らされたというか何というか。

向こうでは、ネットでも発言は実名ベースで、匿名で書くことの方が少ないそうで。日本はその逆で、実名なんか書いたら何があるか分かったもんじゃないよガクガクブルブル、匿名で書くのが当たり前だしそうするべきであると親も先生もみんなが口を揃えて言っている。その人は日本でそういう「情報教育」がなされていることについて、向こうの感覚では全然ピンとこない、という風に言っていた。

それで僕はいわゆるケツ毛バーガー事件を例として挙げて、実名出すとこんなに危険なんだということが実際起こってるから仕方ないでしょう、と言ったんだけど、しかしよくよく考えてみたら、この事件の被害を深刻化させた一因にはもしかして、日本のネットの文化の匿名志向の強さがあるんじゃあないだろうか? と思えてきた。

もし仮に、日本でも実名で発言することが当たり前だったとしたら。何か不祥事じみたことが起こっても、わざわざそれらをほじくり返して情報掻き集めて暴いて明るみに出して、という動きがこれほど活発に起こっただろうか? もしかしたら、「何を今さら」とか思われて、案外あっけなくスルーされてたりするんじゃないだろうか?

本音と建前を使い分けて、本音はみんな隠すのが当たり前だから、本音を見たがる人が出てくるし、っていうかみんなが見たがるし、本音を見せることただそれだけでお金がもらえたりする、ということはないだろうか。ネットで拾った御開帳写真を写真週刊誌が掲載してさらにバラまくだなんてことが起こってしまったけれども、大企業の社員とその関係者とはいえ、社会的に高い地位にいるわけでもないただの一市民のプライバシーを積極的に暴いて、なぜそこまでしようと思うんだろうか。

僕はMPL/GPL/LGPLのトリプルライセンスを採用するにあたって、てっきり実名を書かねばいけない物と思い込んでしまっていたので、実名を明かした。後々になって、普通にハンドルで書いてる人もいることを知って「なんだよ実名出す必要無かったんじゃん!」と思った時には、もう後の祭りだったわけで。

ともかくそういう風に名前を晒していたからなのかそれ以外の何かのせいなのか、僕はそれが縁で就職することができて、会社は変わったけど、今もそのまま実名でいる。ていうか今さら隠してももう遅い。僕はもうこれから先ずっと、実名を晒し続けないといけないという気がする。

いや、べつに、一切の発言をやめてしまうという手も、あるとは思うんだけども。言いたい欲を抑えきれなくて、多分、すぐ自分でその封印を解いてしまうんじゃないかなあ、と思っていたりする。

とりあえず一つ思ったこととして、例えばオープンソースが基盤にある会社にいながらオープンソース駄目だよね終わってるよねとか普通にここで言っててもリアルでは特に困ることがない、日記を会社の人に普通に見られてるにもかかわらず、という今の環境は、もしかしたら恵まれてるのかなあ、と思った。

ああ……っていうか単に僕の存在があまりに無価値過ぎて普通にスルーされてるだけか?

分類:出来事・雑感, , 時刻:02:10 | Comments/Trackbacks (0) | Edit

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