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喧嘩の売り買い - Jun 17, 2009

Fennecは真のフルブラウザになれるか - Mozilla Fluxあたりを見ていて思った事。

喧嘩は売った方が負けとか、買った方が負けとか、色々考え方はあると思うけれども、性善説的な立場で安全側に倒した考え方として、僕は「喧嘩は買った方が負け」という結論の方を支持したい。

  1. 相手がなんだか気にくわない。この相手に喧嘩を売るべきかどうか?
  2. 相手に喧嘩を売られているように見える。この喧嘩を買うべきかどうか?

1のように考える人というのも世の中にはいると思う。いわゆる喧嘩っ早い人というのがこれなんだろう。でもどっちかというと、2の方が多いんじゃないかなと思う。「相手が喧嘩売ってきてんじゃん。じゃあ正当防衛みたいなもんで、こっちにだってやり返す権利があるでしょ?」と、自分の行動(喧嘩を買う)を正当化しやすいから、そうなるんじゃないかなあと思う。

しかし、1のように考える人が少なくて2のように考える人が多いのであれば、世の中に起こる諍いの数は1の人の人数よりは多くならないはずなのに、実際にはどうももっと沢山の喧嘩が起こっているように見える。なんだか、2の人同士が相手の言葉に過剰反応して「こいつ俺に喧嘩売ってんのか?」とヒートアップして、お互い「あいつの方が先に喧嘩売ってきたんだから、俺は悪くない」って言い合ってるケースが多いんじゃないかという気が、僕にはする。

2の人が喧嘩を始めるケースの多くは実は、売られた喧嘩を2の人が買ってるんじゃなく、2の人が自分から喧嘩を売ってしまってるんじゃないだろうか、ってこと。

2のタイプの人に「喧嘩売ってんのか?」と誤解されやすいような言葉遣いを敢えてしている・誤解を避けるための努力を無駄と考えて放棄しているWebモヒカンを、僕は上記リンク先のコメントに書いた程度以上には擁護できない。という話は本題から外れるので、さておく。

とにかく言いたいのは、自分としては売られた喧嘩を買っただけだと思っていても、傍目から見たら自分から喧嘩を売っているようにしか見えない、「喧嘩を買う」とは客観的には「喧嘩を売る」のと変わりない事なんじゃないの、ってことだ。そして、被害者意識に基づいて自分の行動を正当化しやすい分、自分自身の主観では「喧嘩を自分から売る」よりも「売られた喧嘩を買う」場合の方が、実行してしまう可能性は高いだろうと僕は思う。だから、「喧嘩は買わない」というのが結論になる。というわけ。

僕としてはよりお勧めなのは、3つめの選択肢。「そもそも、それを喧嘩と受け取らない」っていう選択だ。amachangとか「非モテSNS」の江上氏なんかは、善意悪意に関わらずいろんな物を片っ端から糧にして上り詰めているように僕には見える。片っ端から「喧嘩を買って」いたら、彼らはこうはなれなかっただろうなと僕は思う。

分類:出来事・雑感, , 時刻:16:09 | Comments/Trackbacks (1) | Edit

Comments/Trackbacks

no title

ご迷惑をおかけしております。

まあ、今回の件は「悪意」とか「理解に苦しむ」とかいった尖った言葉をあえて使っています。その意味で、私のほうから喧嘩を売ってると言われれば、そのとおりですね。以前dynamisさんにたしなめられた悪い癖が出てしまいました。

Commented by Rockridge at 2009/06/17 (Wed) 18:50:21

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