たまに18歳未満の人や心臓の弱い人にはお勧めできない情報が含まれることもあるかもしれない、甘くなくて酸っぱくてしょっぱいチラシの裏。RSSによる簡単な更新情報を利用したりすると、ハッピーになるかも知れませんしそうでないかも知れません。
の動向はもえじら組ブログで。
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全部読んでもいないうちにえらそうなことぶっこいちゃいましたが、改めてちゃんと最後まで読みました。
よもやここを見ていて知らない人はいないと思いますが一応紹介しとくと、某大学の「現代視覚文化研究会」という名前のオタクサークルを舞台にして繰り広げられるオタク男女達の青春物語、みたいな。そんな作品です。
最後まで読んで思ったのは、ああ自分のメンタリティ的に一番近かったポジションは斑目だなあ、ということ。
「あれ、そういえばアイツどこ行った?」「ちょっと私、探してくるね」「Piroくん、こんな所でどうしたの?」「ん……いや、ちょっとね」みたいな展開を妄想して勝手に一人でふらっと場を離れてみたりして、でも実際には別に誰かが探しに来てくれるほど大事な存在とは思われてなくて、っていうかそもそもいなくなった事にも気づかれないような影の薄い存在で、ていうか小さい頃子供会だか何だかで動物園行ったときホントに僕のこと忘れ去られて一人だけ置いてけぼりにされちまったことがあったんですがそんな事はどうでもいいです。とにかく変なところでキャラ作ってかっこつけたがる。そのくせ本当に言いたいことは言えず、寒いと分かっていながら道化を演じる。
そして、オタク趣味やオタク丸出しのキモイ格好は恥ずかしがらないくせに(いや劣等感からくる恥の感覚はずっとあったんだけどさ)、一番本当の本心を明かすことだけはどうしても恥ずかしくてできない。本当の自分、素の自分、正直な自分、偽らない自分を、表に出す勇気がない。表に出したところで実際にはどうせ誰も気にも留めないような「本性」でしかないのに。あるいは、どんな酷い「本性」であれ、晒したところで誰も気にも留めてくれないような薄い存在感しか、または、生活に何の変化も現れ得ないような薄い人付き合いしか、無かったくせに。
一言で言って、演技くさい生き方。自意識過剰の「メタ」視点の塊。
使えない営業やにわか知識の制作者が良い案を駄目にするを見ていて、ぐさりぐさりと刺さりまくる。「にわか知識の製作者」の方に。
DTPのおかげでにわかデザイナーが多くて・・・・。
作品や実績は一応良さそうなモノ持ってくるが、家庭の趣味の延長レベルでプロみたい顔は止めて欲しいと思った。
今回逢ったヤツやその話から、アドビ製品やフォントを自分で買ったことのナイ自称デザイナーがあまりにも多いことに驚きました。
最近のチラシやリーフのダメデザインが増えた理由がここにもあると正直感じました。イラレやフォトショップが使えるだけで自分はデザイナーだと勘違いしてるやつとか
パソコン持ってるだけで、知識ないやつとか・・・
デザインの勉強してこいよな。特に気になるのは「志のないデザイナーが多すぎる」こと。
どんなに下手なデザイナーでも、どんどんうまくなるもんじゃないですか?
いいお手本はどこにでもあるんだから、勉強はできると思うし。
不思議なのは、出来ないデザイナーほど出来ない自覚がないことです。
自分がデザインできないうちって、すごくつらくないですか。
私は修行中、毎日吐きそうなくらい落ち込んでました。
デザイナーとオペレーターの違いは大きいと思ってたけど、
いま私が仕事してる人達はオペレーションも満足に出来ない。
かっこいいデザインしろとは言わないから、ちゃんと作ってほしい。たしかに、上辺だけのデザイナーが多すぎだな。
最近のデザイナーは知識が無さ過ぎるね。写真や印刷・加工とかを勉強しなさいよ。
発想の輪が広がるよ。
PCばかりにたよらないで・・・己で考えろつうの
ごめんなさいデザイナーなんて呼ばれる器じゃないよイラレオペレータだよということくらいは自認してるつもりなんですがだからといって修行して上手くなろうという気骨すら無いヘタレです。しかもそれで給料貰ってます。
いやそのなんつうか、オプソ業界ってギークとかそんなんばっかでこういうことできる人がほんとにぜんぜんいないみたいで、僕ごときでもやたらありがたがられてしまうんですよね……ほんとだったら先輩デザイナーに「馬鹿野郎お前なんでここでこうするんだよここはこうするべきだろ」と叱られてヘコんでるみたいなポジションがお似合いで、間違っても「すごい!さすがPiroだ!」とかおだてられて持ち上げられるような器ではないのに。
こないだ飲み会の時に「叱ってくれる人が欲しい」と言ったけど、それはべつに生活態度についてどうこうじゃあなくて、仕事の上で師になってくれる人が欲しいわけですよ。
アドビオペレータ未満の僕ですらデザイナー扱いされるオプソ業界、日曜コーダ未満の知識しかない僕ですら拡張機能の神扱いされるFirefox界隈……あぁ、結局、前任者がいなくて僕ごときのレベルでもちやほやされてしまう、ということに慣れすぎて、それが意心地よすぎて、抜け出せなくなってしまってるんだよな、自分自身。
ほんとダメな人間ですね僕は。
種明かしをすると、 s/恋人/携帯/ でございます。人生初のリアル彼女ができたのが去年の夏、と知ってる人なら、途中で分かったかもですが。
初代はプリケーだったんですよ。話す相手もメールする相手もいなかったから、それが一番安上がりだったのです。
それがJ-PHONEの頃で、やがてちゃんとした契約で使い始めたのもJ-PHONEの頃の事。ボーダフォンになった後もその機械をずっと使ってたんだけど、バスの中に落っことして不慮のおわかれとなってしまいまして(後で帰ってきたけど)。慌てて代わりの機種をポイントで買った次第なのです。
今となってはボーダ孫のサービス内容に未練はないけど、しかしV602T[nudio]は形状とくーまんが案外気に入ってしまってて、乗り換えようという気がなかなか……ねぇ。
ナナさんに釣られました。ぐぎぎぎ。
先日天馬氏にも指摘された、僕が何でもかんでも本音を言うということの理由。
僕は、矛盾がないことが好きだ。何もかもが明らかになって一本の筋道立った説明が付けられる状態が好きだし、そうでない状態というのは不安でならない。何かよく分からないものがあれば、名前を付けて認識可能にしなければ、怖くてたまらない。その流れで、僕は「愚かで馬鹿でかっこわるい自分、事ある毎にボロが出まくりの自分」が嫌いだし、「理論的に矛盾なく筋が通った賢くてかっこいい強固な自分、ボロの出ない自分」が好きだ。今の自分がそうであるかどうかではなく、そうありたいと思うのだ。
自分が好きな自分であるためには、ここから、二つの方向が導き出せる。一つは、本当に非の打ち所のない完璧な人間になること。もう一つは、自分の情けない面を完璧に隠して、非の打ち所のない完璧な人間を演じること。
だが、僕には後者の生き方はできないように思う。
人の争い事を見てて思ったこと。
僕はバトルする事自体を楽しめる人間ではないようだ。勝てるバトル以外はしようという気になれない。バトルするとしたら、勝てると分かってる場合だけだろう。あるいは、最初から「これは自分が勝っているバトルなのだ」と確信している場合だ。バトルして勝って相手を叩きのめし完全勝利することだけが、僕にとっては楽しい。負けることを楽しめる程には、僕は人間ができていない。
結城浩氏や真琴さんやけんたろさんやアサノさんのマネをしてみることにします。
趣旨としては要するに、このエントリのコメント欄に書かれた質問に淡々と答えていくというもの。ユーザー参加型のインタラクティブなプロフィール欄というかなんというか。
誰も何も質問してくれなかったら寒すぎて泣けるので、是非とも誰か何か聞いておくれ。
あなたの腹黒度はゼロパーセント。つまり腹黒とは真っ向から対立する【純白の天使】です。 あなたの心には穢れなど一点も存在しない、生まれついての天使気質。 誰に教えを乞わなくても、常に正義と潔癖さがついてまわり、素直に良い行いだけを繰り返す毎日なのでしょう。 当然、腹黒さなどというものにはまったく無縁のようです。 あなた自身が性善説を具現している存在なのでしょう。 しかし世間にはあなたのような人を快く思わない人が存在することも事実。 曇りなき純白に黒い染みを落としたい、というのは、自然の欲求です。 そういう輩に狙われて、あなたの清純が失われないことを切にお祈り申し上げます。 魂の黒さ 1%
心の黒さ 28%
ルックスの黒さ 6%
輝く白さ 100%
こういう結果を出せてしまう所がナチュラルボーン・腹黒という気がします。
あなたのポイントは 0ポイントです。 (男脳度数:50%/女脳度数:50%)
……だそうです。もっと女々しいかと思ってたけど、意外と男らしかったらしい。いや、女々しいの意味が違うか。