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萌えるふぉくす子さんだば子本制作プロジェクトの動向はもえじら組ブログで。

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アスペ - Aug 14, 2008

はてなハイクキーワード「アスペルガー症候群」について - note304* を見て、冒頭で紹介されている自閉症スペクトラム指数自己診断なるものをやってみたら、

あなたの得点は34点です。

社会的スキル
10点
注意の切り替え
8点
細部への注意
5点
コミュニケーション
7点
想像力
4点

閾値を越えています。

と言われました。僕はアスペルガー症候群だそーです。はいはいアスペアスペ。ということで、僕の発する言葉は一般人の発する言葉とは意味が異なる場合があるらしく、常識とか場の空気とかそういう物が読めず意思疎通を図る事が困難な場合がありますので、僕と話すときは人間と思わず異星人か何かと異文化コミュニケーションを取るつもりで話してもらった方がいいかもしれません。僕も「普通の人」とはそういう姿勢で接するように気をつけますね!

書き捨てたコードの品質や書き捨てるという姿勢について - Jul 09, 2008

Jintrick氏の書かれた新しいエントリを受けて。

そういう事であれば確かにおっしゃる事はごもっともです。適用対象がすべてのWebページとなっていたのは、僕の記憶する限りでは改変元の物がそうなっていたのを手を加えずにいたからだと思いますが、そこをそのままにしておくのは確かに思慮不足でした。基本的に自分は「とりあえず自分がイメージしていた所まで辿り着いたらすぐ公開」をポリシーにしていますし、少なくとも趣味レベルや実験レベルでやっている事については、自分が気付いていない・当初の想定になかった問題は突き詰めると人に指摘されてから直せばよいと考えていますので、思慮不足である場合も少なくないです。ある時点(特に修正のサイクルが動き出す前のような時点)を切り取って「バカかおめーは」と言われれば、「その時点での自分は確かにバカでしたごめんなさい」と謝って修正するしかないです。

Jintrick氏がやり玉に挙げているスクリプトを僕が何故修正もせずに放置しているのかというと、本家配布元が変更を取り込んで開発を継続されたため、自分の作った物の役割は終わった、自分がこれをメンテナンスし続ける必要はない、後の事は先方が責任を持ってくれることだ、と考えたからです。「もう古いから本家の新しい物を使うように」という誘導が無くてこれが最新最終版ととられかねないような状態で置いておくのがよくない、と言われたら、それについても「誘導忘れてました放置してましたごめんなさい」と謝るしかないわけですけれども。

とはいえ件のコードの品質の低さや、品質が低いまま放置している事というのは、以下に詳しく述べますが自分としては一応理由があっての事で、僕のコードがいついかなる場合でも低品質で僕の姿勢が総じて宜しくないという風に思われるのは心外だとも思っています。

自分はGreasemonkeyスクリプトやuserChrome.js用のコードなどについては、品質が低いまま公開してもさほど問題ないと考えています。こういった、コードがむき出しで、インストールされたスクリプトの自動更新機能も持たない、スクリプト作者が後々のサポートができないタイプの拡張機能は、自助努力で問題を解決できる人、あるいはどんなトラブルが起こっても自己責任と納得できる人だけが使うべきだというのが自分の考えです。僕はやっつけ仕事で自分の必要最小限の物だけ書いたから、使いたい人は使ってくれて構わないけど、後はどうなっても知らんよ、というのがGreasemonkeyスクリプトに対する自分のスタンスです。ましてや、僕の加えた変更が本家に完全にマージされて、派生版が派生版としての存在意義を失い、本家の開発がきちんと継続されているのだから、役目を終えた古い派生版に文句を言われても、僕としては「知らんがな。開発を継続してる本家に言うてくれ。」というのが正直な感想です。

しかし、普通の拡張機能については、それとは違う態度で自分は取り組んでいるつもりです。Firefoxの拡張機能は自動アップデートが可能で、インストールもアンインストールも簡単という、純粋なエンドユーザに「さあ使ってくれ」とでも言わんばかりの仕様で、必要ない部分はとことん隠蔽されていますから、その様式に則って物を作るならそれ相応の覚悟が必要だというのが自分の認識です。

例えばXUL/Migemoを派生版としてメンテナンスする中で、ネットワークを通じての辞書の自動インストール機能やユーザ辞書機能といった風な「上級ユーザ向けには明らかにどうでもいい機能」を積極的に加えていったのも、そういう考えがあったからです。件のコードのようにFirefoxをフリーズさせかねないような機能、最近のスマートロケーションバーでの検索への対応でも、のりさんやdrryさんにまで協力してもらって何度も検証を行った上で、常用で問題が起きない程度の速度が出るようにできた時点でやっと一般向けにリリースしました。またその上で、AMOに頼らず自動アップデートのための環境を自前でも整えて、修正をエンドユーザに迅速に提供できるようにも努めているつもりです。(修正が追いつかずに後回しになっている事も多々ありますが、最初から修正する気がないのとは違うと自分では考えています。まあ、それを指して、結果的に不幸を垂れ流してるからダメだと言わたら、「そうですね」としか言えませんが。)

こういう、相手によって力の振り分け加減を変える姿勢を、不誠実だと言われてしまえば返す言葉はありませんが、自分は現時点では、これを「今自分ができる中で一番マシな形」と考えています。

まーとりあえず言える事は、Piroは自己弁護に必死だなと。

ヲタ声 - Jul 08, 2008

Yさんがセリフの発声サンプルを集めておいでだったので自分も試しにセリフを読んだ物を録音してみたけれど、同じセリフを読んだ哀さんの物と聴き比べてみて大いに凹んだ。

以前CNETのFirefox特集コーナーの記事用に作った映像の声だけやった時にもキモいって叩かれたけど、自分の声って典型的なヲタ声だよね。滑舌悪くて抑揚が無くてモソモソ喋ってる感じで、そのくせセリフの中身だけは妙にかっこつけてたり凝った言い回しをしてたりっていう。声を出して喋る機会が基本的にないから、その辺りの筋肉が発達してなくてボンヤリした声になるんだ……それがヲタ声。対人コミュニケーションがヘタクソなヲタに特有の「表情筋の発達してないボンヤリした顔」ってのと同じように、きっと、非常にありがちなパターン。

気持ちの上では、もっとハキハキ喋ろうと思うだけは思ってやってみたんだけど、ダメ、体がついていかない。老人が車道を横断しようとして、遠くに見えてる車の移動速度と自分の移動速度とを頭の中で計算して「大丈夫、渡りきれる」と思っても実際には身体が衰えてて思うように動かなくて予想より全然もたついてしまって車に轢かれてしまう、みたいなのと同じだ。違うのは、老人が「衰えてそうなった」のに対してヲタ声のヲタは「最初からそうである」という事くらいか。

秋葉原通り魔殺人 - Jun 10, 2008

日曜に起こった秋葉原の通り魔殺人事件(というかもはや単独でのテロだよなあ)について、マスコミが例によってヲタ趣味をとりあげてあること無いこと言ってるらしい、という話を見て憂鬱な気分になる。宮崎勤の時にはコミケ会場前までわざわざやってきて皆さん、ここに10万人の宮崎勤がいます!と報じたそうだけれども、今年の夏はもしかして「ここに20万人の加藤智大がいます!」とか言われるのだろうか(会場はフジテレビのすぐ近くだしね)と思うと、本当に気が滅入る。

きっとさースレ(何処)とかにも書かれるんだぜー「殺人鬼予備軍の作ってる物勧めんなよpgr」とかさー。煽りと分かっていてもガックリくる。そういう打たれ弱さ、いつまで経ってもなくならない。

過剰反応しすぎって言われるかも知れない。過剰反応するくらいに今でも僕は「他人からどう評価されるか」ということをいつも気にしているということの顕れなんだろうな。

出鼻をくじくということ - Jun 04, 2008

いつだったか、僕の撮った写真を友人に見せようとして「素人が撮った写真やん(笑)(だから見たくない)」と言われたことがあった。

あれ以来、「綺麗な構図」とか「面白い形」とかそういう物を意識して写真を撮ることが減ったし、そういう写真を人に見せることもなくなった。自分の「これを綺麗だと思った」とか「これを面白いと思った」というセンスを「くだらない」と一蹴されるのが怖くて、人に見せられなくなったのかもしれない。今僕が撮ることができて人にも見せられるのは、「そういう美的な事は何も意識しないでとりあえず撮っただけですよ、だから美的評価はしないでね、ただの記録写真として見てね」というエクスキューズが可能な写真だけなんじゃないかと思う。

あの時褒められてたらどうなってただろう。もっといいカメラを買って、ばしばし撮りまくるようになってたんだろうか。

小さい頃、描いた絵を人に見せて、その時もしも「ヘッタクソやな」とか「ガキの描いた絵やん(笑)(だから見たくない)」とか言われていたら、それ以来絵を描かなくなっていたかもしれない。作った拡張機能を「役に立たない」「素人の作った物やん(笑)(だから使いたくない)」とか言われていたら、あれほど開発にのめり込むことも、卒業製作の題材に選ぶことも、あるいは、就職に結びついて今の仕事についていることも、なかったかもしれない。

ある程度自信を持って、プライドを持てている状態で、他人に「ハッ(嘲笑)」みたいにされたら、発奮して「見返してやる!!!」という風にやる気を刺激されて却って伸びるのかもしれない。でも十分な自信が無いうちに、恐る恐る手を出してみた段階の時にそうされたら、「やっぱりダメなんだ」と思ってしぼんでしまう。少なくとも僕はそういうタイプの人間らしい。

他の人がどうかは知らない。でも僕は僕のような人の可能性の目を摘んでしまうことが怖いので、なるべくいつでも「褒める方針」でいたいと思う。

やりがいを感じることの方向性 - May 22, 2008

突き詰めるとやっぱり、自分のやりたいことは「プログラミング」ではなくて「アプリケーション開発」なんだろうな。ということを、amachang達との飲み会でぼんやりと思って、最近またいくつかの記事を見て改めて思った。

ヲタファッション革命 - May 08, 2008

ヲタファッション革命第一弾

おお。いい結果になったみたいでよかった。オサレ小物まで行くと僕にはちょっと付いていけんけど……

これのBeforeとAfterの違いが分からん(どっちもダセえ)と思う人というのは、きっとオシャレさんなんだろう。そういう人達と、脱オタしたいと思ってる僕達みたいな人とでは、そもそも目指してる物が違うんだから、まあ、そういう人達から辛辣な意見が出てきたって、それは無視してイイと今では思える。

彼らは「いかに凡人から抜きん出るか」とか「いかに自分が楽しめるか」を目指しているんだと思うけど、そうじゃなくて僕らが求めてるのは、「凡人から二歩も三歩も出遅れて悪目立ちしている状態から、いかにして凡人レベルまで引き上げて溶け込むか」「いかにして最下層から脱して、劣等感を感じずに済むようになれるか」っていうこと。

敢えて露悪的な言い方をすれば、仮に物凄いオシャレさんな人達から見て「プッ、ダセえ」と思われるような服装であったとしても、それでもまだ「見下せる先がある状態」になれてはいる。それだけでもう僕らにとっての「脱オタ」は十分に意義あることだと思う。『下の下』でも『下の中』でも『下の上』でもない、『中』のレベルになれた、その間にある谷を越えられた、っていうことが大事。

そもそも他人の目線をいつも気にして劣等感を抱いて「脱オタしたい」なんて言っちゃってるような自意識過剰な弱虫たる僕らのような人種は、その程度のことで劣等感を解消できてしまえる、満足できてしまえるのですよ。オシャレさんな人達が「自分が楽しむために」「自分が満足するために」ファッションにコストをかけるのと同じで、僕らもまた、「自分の心を満足させるために」そこにコストを投じているわけで、本質的に別に間違ったことをしているとは思えない(まあ、動機のベクトルは不健全に歪んでると思いますけどね)。

それに「誰にも見下されたくない」とまで思ってしまうと、どこまで行ってもきりがないじゃないですか。「とりあえず世間の平均から見下されずに済むレベル(平均の平均までいかなくても、『中の下』までいければ『中』には引っかかれている)まで上れたら、それでいい」と思えるレベルは、コストパフォーマンス的に最も妥当な落とし所だと思う。

……とまで書くときっと言いすぎで、リンク先の記事で「革命」した人はここまで黒い感情を抱いてはいないと思うし、大多数の脱オタ希望者ももっと健全な物に近い感覚ではあるんだろうけど、まあ、そーいうタチの悪い人もここにいるんですよってことで。

自分の駄目さをなぜ認められなかったのだろう - Apr 26, 2008

プログラムを書くことについて、自虐っぽい事をたくさん言ってきたけれども、そのくせどうして今までこんなことすら自覚できていなかったのか。

それは多分、何だかんだ言って、プログラムを書いて何かする・何かできる・何か作れるという事が、自分にとって唯一誇れそうな要素だったからなんだろうなと思う。それを否定してしまったら後には何も残らなくなってしまう(運動はできないし、異性にモテるわけでもないし、オシャレになれるわけでもないし、絵だって流行りの絵柄に追いつけてないし、かと言って他の誰も真似できない個性的な絵を描けるわけでもないし、Web制作の世界でも気付いたら取り残されてたし……)からなんだろうなと。自分にとって最後の砦だったから、ダメな所を直視しないようにしてたんだろう。

あと、逆に、「ダメでもいいや」って思ってる所もあったと思う。普通、この歳になると部下ができたり、部下じゃなくても後輩で新人が入ってきたりして、追いかけられたり追い抜かれたりする不安を抱えながらそれをバネにして「上司」とか「先輩」として成長していくものなんじゃないかと何となく思ってたけど、気がついてみたら、今まで自分より後から入ってきた若い人と仕事をするという事が全然無くて、基本的に自分が常に下っ端だったから、その現状に甘んじていた、そういうところがあったと思う。本当は歳相応の能力を身につけられていない、成長できてないのに、「下っ端でもそんだけできてんだから、大したもんだ」みたいに自分も他人も下駄を履かせて見ていたんじゃないか、って気がする。

なんとなくそれなりに順調に生きているような気がしていたけれども、色々な事がうまくいかなくなってメッキがはがれてきて、自分自身の事なんだけどなんというかとてもガッカリしている。失望している。

自動テスト - Apr 25, 2008

regression(後退バグ。修正のために加えた変更が原因で新たな問題が発生すること)のせいで体力・精神力を消耗する事が重なり、自動テストドリブンな開発の重要さを身に染みて感じた。プレゼンでも言ったけど、「やってりゃ良かった」と後悔してばかりだ。まさかこんなに手こずる羽目になるとは当初は思っていなかったから。

自動テストはregressionの発生を防ぐ(正確には、regressionを残したままでいることを防ぐ)素晴らしいメソッドだ。と今になって改めて思う。

でも、どんなコードでも機械的に自動テストにかけられるわけではない。機械的に自動テストを実施するには、自動テストを実行しやすい設計になっていなければならない。自動テストを実行しやすい設計とは、粒度が小さい=オブジェクトやらメソッドやらが可能な限り細かい単位で分割されている設計のこと。テスト対象となる部品自体が可能な限り自己完結していて、外部的な要素は必要に応じてすべてパラメータとして与えるようになっていること。横着して一つの関数内からグローバル変数やら何やらを参照しまくっていると、その関数のロジックそのものをテストすることができない。

そういうわけで、自動テストドリブンな開発には気を遣わなければならない。気を遣わないといけないから気力を消耗する。だから、せずに済むのなら、しないままでいたい。でも、そう考えているうちに「自動テストを作成する&テストを実施しやすい設計にするコスト」と「やっつけで作って、その都度メンテナンスするコスト」の関係が、「前者>後者」だったのがいつの間にか「前者<後者」に逆転してしまうようになっていて、メチャメチャ後悔することになる。

今まで自分のやってきたことは9割方、自動テスト無しでもどうにかやってこれていたし、そもそも、自動テストの重要性とそのための設計の指針が分かった今改めて見返してみても、自動テスト化することが困難な物が多かった、と思う。だから、自動テストを前提にしてコードを書くという習慣が身についていない。自動テストが最初から不可能な事が多かったから、自動テストのできない設計にするしかなかったから、自動テストのできない設計にすることが当たり前になってしまっている。

でもいい加減、その悪習を断ち切らなければならない。25歳ももうすぐ終わりの、四捨五入すれば三十路の、今更も今更で手遅れ感がとても強いけれども、やらなければいけない。今まで自分がやってきた方法は通用しないということを自覚しないといけない。できて当たり前の事が今まで全くできていなかったという事、本当はこの面子の中で飛び抜けて一番遅れているという事、それなのに対等であるように勘違いして思い上がっているという事、今まで他人事だと思ってた「ダメな人の典型」に自分がまったく当てはまっているという事、全部認めないといけない。

そういうわけでとりあえずUxUはマジオススメ。

さらに掘り下げてみた - Mar 02, 2008

OSCの帰り、ZINさんとネガティブ日記の内容ことについて話してた。

パイオニアについて。

コメント欄でも絶滅危惧種IA類氏が書かれてるけど、ZINさんにも同じようなことを言われた。先駆者、最初にやった人、パイオニアという評価はもう動かないんじゃないの、後から追いかけて参入してきた人は当然前例を踏まえてるからより良いものを作れるわけで、それらの人に物のクオリティで追い抜かれていくのは当たり前だけど、でもどんなに頑張っても彼らは「一番最初」にはなれない、その特別なステータスがあるということは認めていいんじゃないのか、という感じのこと。

まあどっちかというと処女厨気味の僕なので、その理屈はよく分かった。

しかし、処女厨云々で言えば、女や多数の男が「べつに処女とかどうでもいいじゃん……てか拘る男がキモい」と言ってるのにごく一部の男が「処女じゃなきゃヤダ」と言ってるという構図というのは、Web上でよく目にする。その場においては大抵「初めてかどうかとかは重要じゃない。いい関係を築けるかどうかが問題だ。初めてかどうかに拘る奴は幼稚な馬鹿だ。」というのが「良識的な結論」として確定しているように思う(だから「初めてかどうかに拘る」人が処女厨と呼ばれ蔑まれる)。

この理屈を転用すれば、「先駆者かどうかは重要じゃない。偉大な業績を残せるかどうかが問題だ。先駆者かどうかに拘る奴は幼稚な馬鹿だ。」という言い方もできてしまうわけで。実際、そんな様子を見事に言い表した言葉として、「老害」っていう言葉なんかもあるわけだし。

という風なことを考え始めると、一番最初、あるいは、他に人が少なかった初期の頃を牽引した、というのは、確かにそれは自負してるけど、でもそれだけを以て自信の拠り所にしてはいけないんじゃないか? と思ってしまうわけです。

多能工について。

くでんさんがコメントで書かれた「ポリバレント」という言葉の意味を知らなかったので調べてみたら、サッカーのオシム監督がそういう表現を使ったそうで専門馬鹿偏重に対する反動のような考え方と言えるもののようだ

確かに自分自身、「オールラウンド」プレーヤーではないにしても、複数の領域にまたがっている自覚はあるので、ある分野のトップのプロにはなれそうもないからそのプロと他の人とを繋ぐインターフェースとしての役割を果たせるようになれればいいな、とか、そういうことは前々から言ってはいた。

しかし、どうしても「器用貧乏」という言葉の方が強く想起される。広辞苑でも「大成しない」という説明が付いているように、ドラマにはならない。つまり上記のような、先駆者が老害にならないために必要な偉大な業績を、残しにくい。

「最初(の頃)にやった」ということそれ自体が「業績」だ、という見方もできるかも知れない。でも「何をしたか」という結果は生きている限りは嫌でも積み上がっていって、「最終学歴」のような「最終業績」はどんどん更新されていく。「最初(の頃)にやった」だけで後に何もトピックがなければ、有名私大附属幼稚園から大学へエスカレーターで上がれずドロップアウトしてショボい所に行ってしまいました、みたいな、尻すぼみな履歴書になる。

くでんさんが指摘していたことの意味がやっと分かったかも知れない。僕は、死んだ(あるいは引退した)後でしか得られない物を現役のうちに欲しがっているという、矛盾したことをしているのかも知れない。ある仕事をやり遂げた直後に死ぬなり引退するなりしたら、その人のその分野での最終業績はその仕事の成果ということになる。ずっと価値が変わらない安定した評価になる。「伝説を作る」というフレーズがよくある。アイドルやロックバンドが人気の絶頂で引退するとか、名作映画や名作ゲームが続編を作られずに一作だけで終わるとか。そういう、平生業成できないことを僕は人生の目的にしてしまっているのかも知れない。だからいつでも満たされないままでいるのかも知れない。

どうでもいいけど、このマンガの6ページ目で猛勉強してるのはどう見ても美浜ちよ10歳です。本当にありがとうございます。

「僕は新世界の神になる」について。

プログラムでも他人に嫉妬し、絵でも他人に嫉妬し、お前は一体何がしたいんだと。あらゆる分野で自分より勝った人間がいることが許せないのかと。お前は神になりたいのかと。そういう指摘も受けた。

確かに後からそれぞれの発言を拾い集めてつなぎ合わせれば、そういう結論に辿り着くかも知れない。しかし当人としては、それぞれの発言をした時にはそこまでのことは思っていなかったのもまた事実だ。

これについてはもう単純に、その時その時でそのトピックだけに視野が狭まっていてそれ以外の事に目を向けられなくなっている、あるいは、場合場合に応じて自分の価値観の根幹をなす物が入れ替わっている、価値観の根幹が揺らいでいる、そういう事だと思う。子供があれもこれもと欲しがるのと全く一緒だ。

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