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たまに18歳未満の人や心臓の弱い人にはお勧めできない情報が含まれることもあるかもしれない、甘くなくて酸っぱくてしょっぱいチラシの裏。RSSによる簡単な更新情報を利用したりすると、ハッピーになるかも知れませんしそうでないかも知れません。

萌えるふぉくす子さんだば子本制作プロジェクトの動向はもえじら組ブログで。

宣伝1。日経LinuxにてLinuxの基礎?を紹介する漫画「シス管系女子」を連載させていただいています。 以下の特設サイトにて、単行本まんがでわかるLinux シス管系女子の試し読みが可能! シス管系女子って何!? - 「シス管系女子」特設サイト

宣伝2。Firefox Hacks Rebooted発売中。本書の1/3を使って、再起動不要なアドオンの作り方のテクニックや非同期処理の効率のいい書き方などを解説しています。既刊のFirefox 3 Hacks拡張機能開発チュートリアルと併せてどうぞ。

Firefox Hacks Rebooted ―Mozillaテクノロジ徹底活用テクニック
浅井 智也 池田 譲治 小山田 昌史 五味渕 大賀 下田 洋志 寺田 真 松澤 太郎
オライリージャパン

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2016年のアドベントカレンダーのふり返り - Dec 25, 2016

今までアドベントカレンダーには熱心に参加した事はなかったと思うのですが、今年はシス管系女子の草の根広報活動の一環として、自分でもびっくりするくらい力を注いでおりました。

シス管系女子アドベントカレンダー

まず、自分で初めてシス管系女子 Advent Calendar 2016というアドベントカレンダーを立てました。IT系のクリスマスといえばアドベントカレンダーが定番という印象があったので、思いつきでのチャレンジです。

とはいえ、現状のWebでの認知度を鑑みるに読者の方のご協力だけで全日程はまず埋まらないだろうと見込んでいたため、全25コマの構成で事前にマンガを用意しておき、最悪の場合でも1日1コマ公開していけば日程は埋められるという準備を整えた上でスタートしました。Webでの試し読み代わりに自由に使える話を増やしたいという動機が元々あったので、「描くつもりだった話を描ければそれでまず成功。アドベントカレンダー関係のブームに乗っかって露出が増えれば一石二鳥。読者の方のご協力を得られれば一石三鳥」というつもりでした。

蓋を開けてみると、およそ3割の日程を読者の方に寄稿して頂けており、予想以上の結果に大変嬉しい思いをしております。自分なんかの思いつきに乗っかってくれた方がこんなにいた事、エールを頂けた事がとても励みになりました。本当にありがとうございます。

一方で、課題も色々あったと思っています。

  • コラボ対象としてのシス管系女子のコンテンツ力不足。例えば湊川さんに寄稿頂いた記事は、大変な労作なのにも関わらず、ブクマ数は1桁台に留まってしまいました。ご恩に見合うメリットを提供できていないというのは心苦しい所です。
  • アドベントカレンダーは大人数が参加するからこそ盛り上がるという事。世間には最初から最後まで一人だけで完遂しているITアドベントカレンダーもありますが、テーマ自体が魅力的であるとか話題性があるとかでも無い限り、ネットの片隅でひっそり始まってひっそり終わるだけになってしまいます。
  • ファン向けコンテンツとして見た時の魅力の見えにくさ。ConoHaアドベントカレンダーでは参加者にカレンダーをプレゼントという事がアナウンスされていましたが、シス管系女子アドベントカレンダーでは具体的にどんなプレゼントがあるという事をアナウンスできていませんでした(現時点でも。これはグッズがまだ準備できていないせい)。また、こちらで投稿していく内容が本編でスキップした初歩的な部分についての物であったことから、多くの既存読者の方にとっては「知っている事」に過ぎず、連載を追う楽しみを感じられにくかったのではないかと思います。

以上を総合すると、今回誰が一番得をしたかというと自分自身だった(自由に使える特別編を1つ増やす契機になった、読者の方々からのエールを頂けて元気が出た)という気がします。つまり俺得。自己満足に付き合わせるだけになってしまってすみませんでした……こんな風に人の厚意を食んで自分のやる気に変えるような事ばかりしてたら信頼を損なうばかりですよね。ほんとに。

他のアドベントカレンダーへの参加

元々、自分から見つけてきてくれる人だけを対象にしていても認知は広がらないので、どこか「外」に出ていく必要があるという事は認識していました。

そんな折、Geek Women Japan 2016の懇親会で、「シス管系女子」を読まれた方から本編で扱っていなかった話についての質問を頂きました。それに対する回答を記事化して公開するにあたり、ちょうどそのタイミングで各アドベントカレンダーの参加募集が始まっていたため、「外」のアドベントカレンダーに参加すればその読者層に認知を広げる機会になるのでは?と思い至りました。ただ、無差別に参加して宣伝をばらまくだけではただのspam行為なので、

  • 記事の内容はそれぞれきちんとそのカレンダーの趣旨に則ったものになるように務め、その記事単体でちゃんと情報として価値がある物になるようにする。これはspam行為にならないようにという消極的理由よりも、積極的に良いコンテンツにする事で信頼の種を蒔きたいという理由が大きい。
  • その上で、「その記事でやっているような事を自分でやれるようになりたい人向けのコンテンツ」としてシス管系女子を紹介する。
  • そのために、参加するアドベントカレンダーは「シス管系女子」の内容や周辺事情と親和性が高そうな物を選ぶ。

といったあたりの事を考えながらエントリーを増やしていった結果、以下の8記事ができました。

結論としては、この試みは一定の成功を見たと思っています。特にShellscript Advent Calendarに投稿した記事がどういうわけか若干バズってくれて、ここからの流入が突出して多かったです。この記事は日を開けて何度か紹介されていて、その度にアクセスが発生するという状況になっていました。

ただ、このアクセス増は狙って起こせたものではなく(記事のタイトルを付ける際に若干挑発的なタイトルを意識したのは事実ですが……)、それ以外の記事のPVはそれほど伸びなかった事、また増加したアクセスも継続的なものではなくあくまでスパイク状の一過性の増加に留まった事から、やるならもっと継続的にやった方が良さそうという事は思っています。そうする事で、「シス管系女子」の内容や技術レベルに対する懐疑的な見方を払拭する材料を増やせれば、という思いもあります。

自分のサイト内でコンテンツを公開するよりも、技術情報であればQiitaのように、多くの人が見ていて且つ情報をシェアしやすい場所で公開するようにした方が良いという事も実感しました。

Groonga

会社の業務の一環で、Groonga Advent Calendar 2016にもGroonga名義でいくつか記事を投稿しました。

これらはGroongaの知名度向上や盛り上がり感の演出、既存ユーザ・新規ユーザ向けの情報の整備を目的に行いましたが、シス管系女子の場合と同様、これ自体が知名度向上に役立ったという事は言えなさそうです。

まとめ

以上をまとめると、認知度向上のための手段としてアドベントカレンダーを使う時は、既に人が多く集まっている場所(サイトもそうだし、アドベントカレンダーもそう)に飛び込んでいくのが有効なようです。 という、当たり前といえば実に当たり前の話なのでした。

片付いた部屋が苦手なのではなく、変化のための努力や、変化そのものが苦手なんじゃないのかということ - Jun 28, 2015

最近、10年近く使っていた使い勝手が微妙な机を処分して、別の机に入れ換えた。 (写真:入れ換え後の様子)

元の状態と比べて、手前への張り出しが減ったので開放感が増した。 サブディスプレイの方を、妻所有だけど今は使ってなかった物(ベゼルが細くて画面が大きくて、メインで使ってる物と仕様が似てる)に置き換えたので、普段の画面が広くなった。 作画はCintiq Companion Hybridでやってるから、作業時の状況にはほとんど影響ないんだけど。参考資料をたくさん出しておけるというくらいか。

スピーカーの置き場所はちょっと微妙になった。もっと小さいのにすればいいんだけど、これはそれなりの重さがあって落ち着いた音が出るので、高校生の頃からずっと使ってて、替えるならこれより音がいい物でないと嫌なので、このまま行こうと思ってるけど。

僕は部屋を片付けるのが苦手で、増えてきた漫画が本棚から溢れてしまったり、洗濯が終わった衣類をなかなかしまわなかったりで、妻に嫌な思いをさせがちだ。

でも、汚部屋が好きというわけでは決してない。汚部屋でもそこまで気にはならない、というのはあるかも知れないけど。

世の中には、片付いてない部屋の方が好きだとか、コタツに入ったまま必要な物全てに手が届くようにしてるのだとか、そういう人もいるみたいなんだけど、僕が自分を省みる限りは、そういうのとも違うように思う。 物が出っぱなしになっているのが、特別に便利なようになっているというわけでもないし。 汚いよりは綺麗な方がいいというのは、素直にそう思うし。

僕が苦手なのは、大きくて急激な変化なのだと思う。 毎日少しずつ変わるのは気にならない……どころか、気がつかない、鈍い。 だから、少しずつ本が溢れて、少しずつ洗濯物が溢れて……というのが続いてもそれを意識できていなくて、気がついたら本が本棚の横にうずたかく積み重ねられたり、衣類収納の中が空っぽで乾いた洗濯物の中からパンツを取り出してはいたり、そういう事になってしまうんだと思う。 そういう状態に改めて言及されると、「良くないなあ」というのは分かるし、元々自分でもうっすら「これ、良くないよなあ、なんとかしないとなぁ」と思ってはいるんだけど、その状況を改善するための大がかりな労力を割く事にどうしても抵抗を感じてしまって。

まあ、そういうのが億劫なのは誰もがそうなのかも知れないけど。 「自閉症スペクトラムの特徴の1つに、慣れた環境から変わる事を極端に嫌がるという点がある」という話を聞きかじって、それに自分を当てはめて考える事で、「片付けられないのはそういうビョーキのせいなんだ」と責任逃れをしてるだけなのかも知れないけど。

フィリピン行ってきた - May 03, 2015

フィリピンのセブ島に行ってきた。主な目的は、現地滞在中の家族へのごまだれの配達(現地で手に入るそうめんのマトモなつけだれが無い、とのことで)……にかこつけた、ダイビング。聞いた所では、ボホール島、モアルボアルなど、セブ島およびその近くにはダイビングスポットとして有名な所が多いらしくて、その中でも、セブ島南部のオスロブにはジンベエザメの間近を泳げるエリアというのがあって、そんな機会滅多に無いんじゃないの?!と思って、それメインで行ってみた。

結果、目的を無事達成できて満足度は高かった。他にも色々スポットがあるようなので、また行ってみたい。しかし、今回の旅はとにかく不安だらけだったし、意識していなかった所での気付きというのもあった

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会社に所属しながら書いた技術記事の原稿料収入の確定申告 - Mar 17, 2015

この業界、会社に所属しながら実名あるいはペンネームで技術誌に記事を執筆しているという人はそれなりにいると思います。自分も株式会社クリアコードに所属しながらシス管系女子を連載させていただいております。そういう人が確定申告をするときの話を自分の経験に基づいて書いてみます。

そもそも確定申告ってなんなん?つう話なんですけど、給与所得を得ている人間にとっては基本的に、収入源が会社の収入だけだし、年末調整の時期が近づくと「保険の支払いの書類とかもってきてやー」とアナウンスされてそれを持ってって会社に提出すると事務の方がイイ感じに計算して諸々処理してくれるので、あんまり関係ない話のような気がしています。問題は、そういう風に会社が把握してくれてない部分でお金の出入りがあった場合についてです。冒頭に書いたような技術記事を個人で書いている人間の場合、給与所得とは別に収入があるということになるので、その分の所得税やら何やらを納めないといけないのです。そこで出てくるのが確定申告。

聞いた所によると、給与所得以外で年間20万円以上の収入があると確定申告せんといかんのだそうです。僕の場合は原稿料×ページ数の額が20万円を超えていたので、しないといけなかったのですが、ちゃんと理解してなくて今までスルーしてしまっていました。が、このままではいかんと思ってちゃんとやることにしました。ほったらかしにしてると追徴課税とかシャレにならないことになるかもと思うと怖かったからというのもあります。それに、「シス管系女子」連載がついに本として発売されました、なんて大手を振って宣伝し始めたら、「おうおうおめえさんずいぶん羽振りいいみてえじゃねえか? 所得隠してんじゃねえのか? あぁん?」なんて厳しく追及されるんじゃないか、みたいな。

具体的なやり方についてなんですが、世の中には確定申告について解説した本が山ほどありますし、税務署に行って「確定申告したいんですけど……」と言ったら懇切丁寧に教えてもらえるので、そういうのでちゃんと調べるのがいいと思います(が、僕の場合は税務署に話だけ聞きに行ってもピンと来なくてまるっきり身に付かなかったのでした……)。僕は実際には、以下のような手順でやりました。

申告書の作成は以下の通り。

  1. 必要書類を揃える。
    • 会社の源泉徴収票
    • 原稿料の支払い調書
    • 原稿作成に必要で購入した物のレシートとか領収証とか
    • 国境なき医師団等、個人的にした寄付の領収証
  2. e-Taxのページを開いて、確定申告書の作成初めて確定申告される方→「確定申告書作成コーナー」と辿って、「申告書・決算書・収支内訳書等 作成開始」というボタン状のリンクをクリック。
  3. 別ウィンドウ(タブ)で確定申告書作成のためのページが開かれる。提出方法の選択画面になるが、e-Taxを利用するにはICカードリーダー・ライターと電子署名のための証明書が必要になるので、そちらは何も手続きをしていないと利用できない。なので「書面提出」を選択する。
  4. 利用環境のチェックのページの次に、作成する申告書の種類を選ぶページが表示される。青色申告というのをやるには事前の申請が必要だけれどもそんな物はやっていないので、「平成N年分 所得税及び復興特別所得税の確定申告書を作成」というリンクをクリックする。
    • 昨年よりも前の年の分の申告書を作る時は、下の方の「平成N年分の申告書等を作成する」というリンクを辿る。
  5. 「収入が給与1か所のみ(年末調整済み)の方」「左記に該当しない方」「質問に答えて作成」という3つの選択肢が表示されるので、「質問に答えて作成」を選択する。
  6. ウィザード形式で色々聞かれるので、情報を埋めていく。
  7. 最後に印刷用のPDFを保存する画面が出るので、PDFを保存・印刷する。また、入力中のデータを保存できるので、それも保存する。
  8. 3〜7を繰り返して、必要な年の分の申告書を全部作成する。
  9. できた書類を持って、税務署または確定申告に詳しい人に相談して、間違っている所を教えてもらう。
  10. 駄目出しを貰ったら、先の「確定申告書作成コーナー」で「作成再開」というリンクを辿って、7で保存したデータファイルを読み込ませる。するとウィザードの画面に戻るので、訂正箇所を直す。
  11. 7〜10を、不安がなくなるまで繰り返す(面倒なので1回で終わらせましょう……)。

ここでちょっと「源泉徴収」について説明しておく。原稿料を貰う時に、「1ページあたりいくらです」と言われた金額よりもちょっと少ない金額が振り込まれていて、送られてきた支払い調書を見たら「源泉徴収分としていくら引きました」みたいに書いてあると思うけど、これはどういうことなのかという話。

所得税は稼いだお金の額に応じて課されるんだけど、総額に対して何パーセントという形ではなくて、経費がいくらかかりましたとか、医療費にこれくらいかかりましたとか、控除分とされる金額をマイナスした額に対して課税される。でも、そういうのって1年が終わってみるまで結局いくらだったのか分からない。かといって、最後にまとめて税金を払いますということにすると、極端な話、税金を1円も払わないでバックレてしまえる。なのでそうならないように、雇用者や原稿料を支払う側があらかじめ何パーセント分かを仮の税金として引いて、先に税務署に納めておく、これが源泉徴収。その後、1年の最後の最後に諸々の収入や支出が確定した段階で改めて「本当に納めないといけなかった税金は一体いくらなんだ?」というのを計算する、これが年末調整とか確定申告とかの作業なんですね。

それで、源泉徴収されてた分が本来納めるべき税金より多すぎたなら差額が返ってくる(これがいわゆる還付金)し、逆に、本来納めるべき税金より少ない額しか源泉徴収されてなかったなら差額を払わないといけない。この分はその年の期限までに払えばその金額で済むけど、滞納してると、ほったらかせばほったらかすほど利子みたいなものが膨らんでしまう。そういう訳なので、皆さん毎年ちゃんと確定申告しといた方がいいですよ、という話になるのです。

申告書ができたら提出と所得税の納付です。これは以下の通りの手順でやりました。

  1. 印刷された物の中に資料の貼り付け用シートというのがあるので、給与所得の源泉徴収票と、寄付金の領収証を糊付けする。
    • 副収入の支払い調書や、副収入の必要経費を証明する領収証・レシートは、ここには貼り付けないでいいです。これらは提出書類の要件には含まれません。ただし、確定申告書の提出後に税務署が「これ収入少なすぎ。これ経費使いすぎ。おかしい。脱税の恐れあり。」みたいに怪しんだら、申告書に書いた内容は本当に正しいですよという事を証明するためにこれらの書類が必要になってくるので、捨てないで取っておきましょう。
  2. 最寄りの税務署に行く。
  3. 税務署内に確定申告書の提出コーナーがあるので、書類を提出する。
  4. 形式的なチェックの後、提出分・控え分の両方にハンコをもらえたら、提出分はこの時点で回収されるので控え分だけ受け取る。
  5. 税務署内に所得税の納付コーナーがあるので、そこに行って「納付したいんですけど」と言って申告書の控えを見せる。
  6. 職員の方の指示に従ってお金を払って領収証を貰う。

書類の提出も所得税の納付も、郵送とか振り込みとか引き落としとかで済ませられるみたいなんですけど、僕は「ほんとにこれでええんか? ええのんか?」と不安が大きかったので、駄目だったらその場で指摘してもらえる税務署窓口での直接提出・直接納付にしました。

以上のようなやり方でやった結果、僕の場合は平成23年(2011年)は所得税の納税の必要ありでだいたい1割くらいの延滞料込みの納税、平成24年(2012年)は納税も還付も無し、平成25年(2013年)はぶっ壊れた作業用PCの新調やらCintiq Companion Hybridの導入やらで必要経費が多かったので還付、平成26年(2014年)は納税の必要ありだけど割り増し無しの額面通り、という感じでした。

とりあえず、分からないことは税務署の人に聞けば教えてもらえるので、確定申告がどうこうと世の中が忙しくなってる時以外の時期に、税務署まで足を運んでみるといいと思います。税務署怖くないよ。バックレるつもりの無い真面目な納税者には優しいよ。

シス管系女子で取り扱っている解説の妥当性、危険性について - Mar 15, 2015

シス管系女子(正確には「#!シス管系女子 Season3」)の現在発売されている号の日経Linux 2015年4月号掲載分について、hostnameコマンドは与えられた引数でホスト名を設定する物なので、ホスト名を取得するためだけにhostnameコマンドを使うのは、誤操作で問題が起こり得るから危険だという指摘がありました。

別の話として、実際に指摘を見かけたことはまだ無かった気がしますが、過去の回でcrontab -eを紹介するにあたって色々調べ直していた時に、crontab -eは、確認なしでの削除であるcrontab -rとミスタイプしやすいから使ってはいけないという話も見かけました。

どちらの事例も、「その機能が正常に使われている限りにおいては問題ないが、ヒューマンエラーが発生した時のリスクが大きいので、そもそもその機能を使うべきではない」という、安全側に倒した考え方であるように自分は受け取りました。運用という側面から「シス管」を考えた場合には、尤もな指摘だと言えると思います。

hostnameについては、なぜ$HOSTNAMEを参照するようにしなかったのかというと、以下のような所が理由となります。

  • 自分がその方法で覚えてしまっていた。
  • ホスト名を変えるためにhostnameコマンドを使う、ということが普段無いために、そのリスクに無頓着だった。(hostnameコマンドによるホスト名再設定は、再起動したら状態が戻ってしまうことから「使えねー」「役に立たねー」と思ってしまい、それ以後存在自体をすっかり忘れ去ってしまっていた)
  • なんとなく、環境変数の値は誰かが書き換えうるものという認識があり、コマンドの出力を見た方が安定した結果を得られそうに思った。(環境変数でもコマンドの結果でも同じ情報が得られるのであれば、コマンドの方を使うほうが安心、という認識がある)

crontab -eについては、「そんなん間違えへんやろ」と思っている部分が正直大きいです。が、自分がそう言えるのはcrontab -eというコマンド列を日常的に頻繁に利用するわけではないからかもしれないとも思っています。入力する回数が多いとcrontab -rというtypoの出現頻度が現実に問題となり得るレベルにまで高くなってくるものなのだ、と考えると、管理運用を業務とする人ほど敏感になるというのはありうるかも、と思います。

自分がこの連載で紹介する内容を考える時の判断基準としては、

  • オプションの指定が不要なやり方と必要なやり方の両方があって、結果が同じなのであれば、オプションの指定が不要なやり方の方を紹介する。
  • 簡単なやり方と難しいやり方の両方があって、結果が同じなのであれば、簡単なやり方の方を紹介する。
  • 設定が不要なやり方と設定が必要なやり方の両方があって、結果が同じなのであれば、設定が不要なやり方の方を紹介する。(screenではなくtmuxを紹介したのはこれが最大の理由です)
  • 確実なやり方と不確実なやり方の両方があって、結果が同じなのであれば、確実なやり方の方を紹介する。
  • 安全なやり方とリスキーなやり方の両方があって、結果が同じなのであれば、安全なやり方の方を紹介する。

といったいくつかの基準があるのですが、「簡単だけど危険」「安全だけど難しい」のように判断が難しい時にどうするかというのは悩み所です。自分の中で決着が付かなければそもそもその話題は紹介せずに置いておくということもあります。が、多くの場合はcrontab -eのように、リスクを過小評価して利便性の方に舵を切ってしまいがちな気はしています。

ただ、可能な限り「簡単で、設定いらずで、確実で、安全で」という風に懸念点の少ないやり方を紹介していきたいという思いはあります。連載時の内容についての指摘は再録のタイミングで直せるので、全面的な改稿となると無理ですけども、セリフ回しや1コマの描き直し程度で乗り切れそうないい改善提案がもしあれば、Twitterアカウントへのリプライ等で情報を提供していただけると嬉しいです。

  • 今の所、Season2でやったSSHの公開鍵の登録についてssh-copy-idを使ったほうがラクという指摘は頂いており、これは何かの機会に反映したいと思っています。
  • このエントリに書いているhostnameの事については、既にuname -nhostname -sなどの別案を頂いていますが、hostnameコマンド一発で済ませられるやり方に比べると若干面倒さが増す感があるので、「まんがでわかるLinux シス管系女子」での追加コンテンツのような形で「より安全にやりたいならこういうやり方もある」という補足情報を載せる方向で行くのがいいかなあ、と思っています。

総じて、この連載については「初級者レベルの人がちょっとステップアップする」「文字の説明だけ見ても分かりにくい事を、ビジュアライズして説明する」という所にテーマを設定しているので、安全性最重視の解説にはしにくいと思っており、そこの所は本誌の他の記事の方々に期待しております(丸投げ)。

シス管系女子の刊行物の関係まとめ - Mar 07, 2015

「シス管系女子」関係の刊行物が色々あって状況がカオスなので、図でまとめてみました。

シス管系女子の刊行物の関係まとめの図

「まとめ読み」は、日経Linux本誌の付録としてだいたい年に1回ペースで制作されている物です。「まんがでわかるLinux シス管系女子」は、「シス管系女子」第1話から第13話、「#!シス管系女子」第1話(通算第14話)から第11話(通算24話)に加えて描き下ろしを収録した物となっており、作者の主観的にはこれが「初の単行本」という認識です。

各話は「まとめ読み」に再録する段階で一部修正していて、「まんがでわかるLinux」再録の段階でもまた修正しています。そこにさらに描き下ろしが加わっているので、今お買い求め頂ける物ではまんがでわかるLinux シス管系女子が最も内容が充実していておすすめです。「#!シス管系女子 Season2」については、「まんがでわかるLinux」の売れ行きが良ければ、今連載中の「#!シス管系女子 Season3」と合わせてまた本になるんじゃないかなあ……と思います。

「シス管系女子」の本のおまけについて - Feb 09, 2015

シス管系女子の本の宣伝も兼ねて。

まんがでわかるLinux シス管系女子 (日経BPパソコンベストムック)

日経BP社 (2015-02-18)
売り上げランキング: 10,129

本の企画が動き出す前、本誌付録の「まとめ読み」を実際に見てみたときから、本編だけだとギュウギュウ詰め感あって読んでて辛いと思ったので、敢えて各話間に必ずおまけという名の緩衝材を入れることは僕の中でずっと決めてた。一般的な漫画単行本でも各話間におまけがあるのでそれを真似た、とか、ページ数が少ないのをごまかすための水増し、とか、そういう性質も無いとは言えないけど、それよりはやはり、読みやすさへの配慮という切実な動機が大きい。

おまけを入れることを提案した後、先方からは「全ページに何かしら役立つ情報を入れたい」という意向を聞いていたんだけれども、上記の通り緩衝材としての役割を強く意識しての提案だったから、「緩衝材が必要だ」とか「キャラクターを好きになってくれた人もいるはずだから絵のコンテンツにも需要はあるはず」とかなんやかやゴネて、最終的に、各話が終わった後の1ページ目には本編の内容に関係する補足情報や豆知識を、2ページ目には内容と関係無いイラストや蔵出しの設定画といった、お役立ちとはほど遠い情報で「ヌキ」を作るというスタイルに落ち着いた。

そこまではよかったんだけど、悩んだのは、その2ページ目の方に何をどこまで入れるのかっていう点で。

途中までは、裏話とかキャラの設定とか思いつく限り色々盛り込もうかって思ってたんだけど、仕上げに近い段階になって「やっぱやめよう」って思って、文字部分をだいぶ削除した。そのとき思い出してたのは、ずっと昔に「るろうに剣心」の単行本を読んで感じてた事。仮に誰が見ても明らかにそうだろうなってバレバレだったとしても、「このキャラのデザインは綾波レイの影響が~」とか、わざわざ言わないで欲しかった。読んでてすごく気持ち悪かった。今にして思えば、あれは読者が知りたいであろう事・見たいであろう物を読者向けのサービスとして提供していたのではなく、作者自身が語りたくてしょうがなかった事をあの場所で発露していたという事なんだろう。商品であるはずの物の中に垂れ流されていた自意識に、僕は「ウッ」てなってたんだと思う。自分自身が、人から認められたい欲の強い自意識過剰なタイプの、相手が興味なさげにしてるにも関わらず自分の喋りたい事をベラベラと一方的にまくし立ててしまうタイプの人間だという事を考えると、同族嫌悪のような物だったのかもしれない。(なので、そういうのは商品の中ではなくこういう所で垂れ流しておきます(垂れ流す事自体をやめるという選択肢が無いあたりが救いようのないポイントである))

正直、最終的にコンテンツとして入ってる物の中にはまだまだ、読者が見たかった物ではなく僕が見せたかっただけの物があると思う。見せたかったっていうか、むしろ、これしか見せられる物が無いんですみたいな。全部を描き下ろしで埋めるのは無理だったので、大変申し訳ないけれどもそこはどうかご容赦頂ければ幸いです……次の本は出るかどうかも含めて未知数だけど、2年目以降で衣装の着回しがほとんどになって新規に衣装の設定を起こしてないというのもあって蔵出しできる素材が圧倒的に少ないので、描き下ろしが増えるんじゃないかと思う。思うっていうか、多分そうしないと成立しない。最近はフキダシに入れてる顔アイコン的なやつを使い回すようにしてて、労力を削減した代わりに、絵を描くモードに頭を切り換えるまでのウォームアップができていない気がするので、ウォームアップがてらイラストを描くようにして少しでも描き溜めて、次に備えておきたく思う次第です。

卒業して10年くらい経って、大学で立ち上げ期から関わってたサークルを再訪して思ったこと色々 - Nov 02, 2014

卒業以来行ってなかったんだけど、母校であるところの大阪電気通信大学の大学祭に行ってきた。サークルのプチ同窓会的な趣旨。

それで、僕らが創設した後も今に至るまでずっと続いているサークル「コミックアート」の今を見たくて、サークルの展示に顔を出した。 落描きコーナーがあったので、しれっと描いてみたりもした。

それを渡す時に「実は初代なんすよ」と明かして、超かしこまってる現役生の皆様方に先輩風ビュンビュンに吹かせて、適当に思いつくままいろんな話をペラペラ喋ったんだけど、あまりに垂れ流しで喋りすぎて脈絡なさすぎたんで、帰りの道すがらちょっと自分の中で話を整理してみた。

サークルの文化の継承のこと

展示の部屋に入って最初に思ったのは、「おお、ほんとに10年続いてるんだ……!」という感慨。

次に思ったのは、「でも、変わってない……っていうより、後退してるのかも……」という軽い落胆。

社会人感覚だと10年って意外とあっという間だし、人の入れ替わりがないことも結構あると思う。 自分がいるのが、毎年新卒をコンスタントに採用してますっていう事が無い小さい会社だからなのかもしれないけど。 そういう状況だと、こういう事は会社としてやりたくないとか、会社としてこういう風に進んでいきたいみたいなことは、一度合意した後はけっこうそのままブレずにいられる。 でも、そうして形成された文化を後から来る人達にどうやって伝えていけばいいのか?という問題はある。 人の入れ替わりが無いから伝える必要が無い、伝える必要が無いから問題も無い、というのでは、高齢化が進んで先細りしてしまうだけ。新陳代謝がない事自体も問題だし。 弊社の目下の課題は、そういう感じ。

大学(のサークル)だと、望むと望まざるとに関わらず、基本的には毎年人の入れ替わりが発生する。 だから新陳代謝という点では悩まなくてもいいんだけど、文化の継承の問題はやはりある。

今回、現役世代を見ていて思ったのは、ノウハウはある程度継承されているようなんだけど、その背景にあった思いはどこかで途絶えてしまったのかな……ということ。

僕らはサークルを創設した世代なんだけど、当時あった既存のオタク系サークルが「既存作品のファンの集い」的な性格が強くて(あと、漫画を専門としてやる感じでもなかったので)、それに絶望して「もっと真面目に絵を描くサークル活動がしたいんやー!!」って思って作ったサークル(会長達がサークルを立ち上げたところに、僕がその噂を聞きつけて後から参加した)で、自主的な活動だったから大学から下りてくる予算なんか当然無いし、伝統的に引き継がれてきたノウハウのような物も無かったし、ほとんどゼロから作り上げるしか無かった。 大学祭の時の展示をどうするか?とか、会誌はどうやって作ればいいのか?とか、そういう部分については僕が高校の漫研の時の文化を色々と持ち込んだんだけど、それ以外の部分、会則作りだったり、(作画技術やシナリオ制作技術などの)技能向上を目的とした「勉強会」の継続的な開催だったりとかは、ほんとに手探りだった。 とにかく、自分達がやらなきゃ誰もやってくれない、教えてもくれない、自分らがやらなかったら何にも進まない、そういう危機感が強かったと思う。 特に、当初の絶望の元だった「ああはなりたくない」「あそこには負けたくない」っていう思いが強かった。

世代を重ねて、10年が過ぎて。 僕が持ち込んだ「こうやれば展示の体裁は整う」「こうやれば本の体裁は整う」といったノウハウは引き継がれていたし、本の表紙がカラーになってたりしたし、アンケートも採ってたし、ノウハウが引き継がれているのは間違いなく感じた。 また、缶バッヂ作りのように、今まで無かったことにも手を広げているのも感心した。 メンバーも相当数に増えたらしいし、合宿はちゃんとした合宿所を借りてやっているという話も聞いたし、「すげえ! ちゃんとしてる!」って思った。

でも、熱は下がってるのかなって思った。 少なくとも、危機感的なものはあまりないのだろうなあと感じた。

というか、まあ、最初の世代の僕らの危機感が異常だったとも言えるんだろうけど。 最初の世代と、後の世代って、そういう物なのかもしれない。 僕らがあまりに「差し迫った危機感」ドリブンで色々やり過ぎたものだから、サークルの公認化やメンバーの増加などによって、差し迫った危機が去って危機感も薄れていったのかなあ。 だとしたら、差し迫った危機感の有無に頼らないで向上心を保ち続けるという文化を、僕達は作り、後の世代に託さなくてはならなかったのかもしれない。

あと、話していて、当時と今とでは色々状況も変わってるんだよなあっていう事は思った。 今はPixivなんていう便利なサービスもあるし、(今時流行らないかもだけど)いわゆる「公式サイト」を作るのにも、GitHub Pagesあたりを使えば、複数人でコミット権を持ってコラボレーションできる。 Circle.msを使えば同人イベント参加もオンラインで申し込めちゃう。 あの時これがあれば……っていうのは、改めて考えてみると、結構ある。

現役世代の人達もPixivは使っているとのことだったけど、それは多分「今のトレンドとしては、絵描きは当然のようにPixivを使うものだから」っていう事なんじゃないだろうか。 それはそれでいいんだけど、一般教養の授業で教わったアンケートの取り方の技術をアンケートの改善に活かしてみるとか、そういう「工夫」としての新しい技術の導入にも、取り組み続けていて欲しいなあ、と思う。

向上心といえば、僕ら世代が卒業する前くらいに、その(勝手に)ライバル視してたサークルの方でクーデターがあったとかで、それ以前に比べてすっごく真面目に取り組むようになったらしくて、最後の年にあっちが出してた制作物は、かなりレベルが高くなってたと記憶してる。 「あそこよりは勝ってるから大丈夫」みたいに思ってたらこりゃあアッという間に追い越されるぞ……!っていう思いで背筋がヒヤリとしたんだった。

僕らが一旦絶望した所でもそういう事が起こったくらいだし、自発的な改善が行われることは今後もあるだろう。 そのとき、そうして行われた改善を彼らがさらに後の世代に継承していけるかどうか、そこが重要なんだと思う。

先輩世代が口出しすることそのものについて

色々偉そうなことを言ったんだけど、あんまり先輩世代がデカいツラするもんでもないよなあ、ってのは思う。

今回も、現役世代の人達があまりにかしこまってるのを目の当たりにして、逆にこっちが申し訳なく思ってしまったほどだった。 僕自身が上記のライバルサークルに仮入部した時の「先輩の意味の分からない横暴、体育会系的な上下関係」にウンザリした記憶を思い出してしまって、自分がああいう風になってしまってるのかなって思うと、すごく申し訳ない気持ちになる。

僕は「先輩がデカいツラして居座り続けること」による「現役世代の萎縮、負の文化の継承」をすごく恐れていて、だから一線を退いた者はさっさといなくなるべきと思ってる。 僕らの時は「上の世代」がいなかったから、そこら辺まったく気にしないで好き勝手できてたっていうのは、初代ならではの特権なんだよね。

この辺のこと、Mozillaがらみでも、後世代の人に言われたんだった。 後世代にしたら、「良い文化を継承しないまま居なくなられることの方が困る」って。 でも、「地獄への道は善意で敷き詰められている」という言葉があるくらいに、良かれと思って焼いた世話がただの迷惑になってしまう事はあまりにありふれているし、何度か自分の知っていることを相手に伝えようとしてバーッとまくし立てて辟易させてきたことを思えば、僕自身が「できた先輩」になれるとは到底思えず、むしろ「よくいる駄目な先輩」の方としか思えず。 過干渉にならない程度の距離感って、難しい。

絵描き、漫画描きを送り出す場としてのサークルのこと

以前に初代会長が訪問したときに聞いた話だそうだけど、過去何人か、在籍者でプロの漫画家としてデビューした人はいるらしい。

いわゆるプロデビューを目指すようなレベルの意識・動機っていうのは、サークルの文化として育てていくような物でも無いんだと思う。 それはサークルに入ってくる時点で「持っている人」と「持っていない人」がいるという物で、その点についてサークルができる事は、動機を持っている人のやる気を削がないことくらいなんじゃないだろうか。

サークルとして積極的にできるのは、絵を描いたり話を考えたり漫画を描いたり本を作ったりっていう、ノウハウの伝達がせいぜいだと思う。 ノウハウを必要としている人がいた時に、伝達できるノウハウをサークルには維持していて欲しい、と僕は思う。 聞いた話では、今、勉強会の文化はあんまり引き継がれていないようだった。 技術向上を図るための勉強会を重視する、という事は僕らが拘っていたはずの部分なので、それが途絶えているのは悲しい。

絵でお金を貰うということ

現役生で、イラストレーターになりたいと思っていると言っていた人がいたと思うんだけど、今の画力がどうかっていうのと関係無く、それでやってくのは今は(これからは)すごい厳しいだろうなって思う。

今Pixivのトップページ見たら、美麗なイラストを描いてる人達が星の数ほど居るのが一目瞭然なわけで。 「今登録したら何々っていうレアカードが貰える!」ってCM打ってるようなオンラインカードゲーでイラスト描いてるような人達。 選手層はとんでもなく分厚い。 でも、そんなハイクオリティの絵でも(酷い会社には特に)安く買われてしまう。

僕が読んでるプロの小説家の人のブログで、小説教室の講師もされているそうなんだけど、その方は、教室の生徒さんで持ち込みとか営業とかを自主的にする人が少ないという事を書かれていたと記憶してる。 今回同行した初代会長も、イラストレーターで賞への応募や営業までしてくる人は全然いないという話をしていた。

Pixivで綺麗なイラストを上げているけれども自分からは応募したり営業したりはしない。 そういう人の中には、ゲーム制作会社や出版社でお金や権限を持ってる人に偶然見出されて評価されてデビューする、っていう流れに期待してる、待ちの姿勢の人が結構いるんじゃないだろうか。 そんな典型的な憧れ産業だから、搾取・買い叩きの対象にされてしまうんじゃないだろうか。

ちょっと話はズレるけど。 描いた絵はどんどん公開してフィードバック貰った方が上達するよ、だから学外に出てでもどんどん絵を人に見せていった方がいいよ、ということを現役当時の僕らは言っていたと思う。 「学外に出て行く」という事だけを見れば、Pixivに絵を公開している時点で、それはできていると言えなくもない。 でも、「人目にさらせてるか?」っていうと、疑問だと思う。 あれだけ美麗なイラストが溢れているPixivの片隅に絵をアップロードしたところで、一体どれだけの人の目に留まるだろうか。 トップページに並ぶようなクオリティの絵が膨大にある中で、自分の描いた絵は本当に人に「見てもらえている」だろうか。

僕の友人で、高校生当時はそれほど画力が高いわけでもなかったけれども、絵を専門に学び直して、その後プロの絵描きとしてゲーム業界で働いている人がいる。 彼は多分、学んだ成果の絵を持って回って就職活動したんだと思う。

本当の意味で仕事に繋げるためには、そういう自分からの効果的なアピールが重要なんじゃないだろうか。 運任せ、人任せにしないで、自分から主体的に掴み取りに行く。 Pixivに投稿して埋没したまま白馬の王子様が来るのを待ってても、チャンスはやってこない。 そういう事なんじゃないかと思う。

あと、待つにしても、見つけて貰いやすい待ち方というのもある。

Pixivのように既に大勢がいる中に、後からノコノコ参加したって、よっぽどの事が無い限りは埋没するだけだ。 ああいう場では、「絵が描けること」は「当たり前」でしかない。 その1次元の評価軸での激戦区に飛び込んで、既にプロで活躍している人達と張り合って目立つってのは、相当困難なことだと思う。

僕はPixivはロクに使えていなかったけど、「技術がそこそこ分かって」「漫画も描ける」という複数のキーワードに引っかかったことで、記者さんの目に留まったらしい。 連載が継続している今は、そこにもうひとつ「解説ができて」という評価も加わっているのかなと思う(というか、そうであって欲しい)。

絵の上手さや発表数の多さという評価軸では僕は上位にはいないけれども、他の評価軸も合わせることで、僕は浮かび上がって来れた。 1つのことだけやっていなかったということが、僕にとっての武器になったのだと思う。

僕みたいな半端者ではないちゃんとしたプロの漫画家として活動している別の友人も、メインの絵柄とは別の絵柄も練習していて、その毒気のない絵柄と、歴史関係に強い……というか、歴女というプロフィールの2つがあったことで、継続的な仕事に繋がったようだった。

既にみんながやってるのと同じ事をやるより、誰もやってないことをやる方が目立つ。 当たり前のことなんだけどね。

絵を描くということ

プロがどうとか色々描いたけど、当然だけど、誰もがプロを目指す必要は無いと思う。

スタンスとして、楽しく絵を描いていられればそれでいい、ってのは全然アリだと思う。 楽しく長く絵を描き続けていられれば、それに越した事はない。 辛くなってやめちゃうよりも、楽しく描き続けている方がいい。

というか僕自身、今まさに原稿料を頂いて漫画を描いているけれども、「プロの漫画家になろう」とは思っていなかったし。 それどころか、今こうしてやっている仕事も、どっちかっていうと「絵の比率が高い技術記事の執筆」だと思ってるくらいだし。 もえじら組の活動を細々とやれていればそれでいいかな、と、連載の仕事を貰う前は思ってた。

長く続けるためには、別に、メチャメチャ美麗で上手な絵を描ける必要ってのはないと思うんだよね。 ただ最低限、自分の絵に自信を持てるポイントがあった方がいいっていうか、自分の絵って絶望的にヘタクソだなって思わずにいられる程度にはなっていた方がいいっていうか、そういう風には思う。

描かれた物が何であるかが分かる程度の描写力。 右向きの顔を描くときに紙をいちいち裏返して確認しなくても大丈夫な程度のデッサン力。 何度も描いて消してを繰り返さなくても狙ったところに狙った線を引ける身体制御能力。 そういう地味な基礎画力があると、絵を描く事そのものを苦痛に感じる程度はだいぶ減じられると思う。 あと、そういうのができてない絵を見たときに「自分の方が基礎はできてる!」って思えるのも結構大きい。

僕自身は突き詰めると、自分が見たいけど他の誰も描いてくれない物を形にしたいっていうのと、「俺TUEEEEEEE」感を味わいたいっていう2点が、絵に関しての大きな動機だと思ってる。 自分の見たい物を形にするのなら、どうせやるなら、上手にできてた方が、観客としての自分が見てて嬉しいじゃないすか。 それでできれば「俺TUEEEEEEE」ってなりたいじゃないすか。 その方が楽しいじゃないすか。

苦手は克服した方が、より「俺TUEEEEEEEE」って思えるようになると思う。 何と言っても、「克服した俺SUGEEEEEEE」って思えるわけだし。その事実は揺らがないわけだし。 右向き描けないから左向きしか描かない、とか、背景描けないから背景描かない、とか、凝った構図は描けないから必ずバストアップしか描かない、とか。 自分で後から見てて、つまんないし情けないじゃないすか。 っていうかそんなの、自分自身が見たかった物じゃないでしょう? 自分が見たい物を手に入れるには、自分で描くしかない。 自分が上手くならなきゃ、自分が見たい物は見れない。 自分が上手くなれば、自分が見たい物を見れるようになる。

だからやっぱり、画力はあるに越した事はないと思うんだよね。 そういう喜びに繋がるためにも、勉強会の文化はあって欲しいなあって思う。

読者(閲覧者)を楽しませるということ

これは当日話した内容ではなく、後から「ああ、こういう話をしておけば良かったかなあ」と思った話題。

主に会誌を見てて、「読者を楽しませる努力はもっともっとしていいんじゃないか?」って事を思った。 僕らの世代がそれをできていたのかっていうのは完全に棚に上げて言っちゃうんだけど。

「大同人物語」で平野耕太氏が書かれていたんだったと思うけど、学校の部活やサークルの出す本、いわゆる「学漫」は、クソだと。 自分達が作りたいから作ってるだけで中身がない、読者がまったく楽しめない、お金を出して他の人に買って貰うには値しない、そういうジャンルだ、と。

前段で書いた事と矛盾してるんじゃないか、自分が楽しくなるようにすればいいんじゃないのか、っていう風に思われるかもしれないんだけど、そうじゃないんだよね。 独り善がりでただ作りたいから作るっていう事をしなさいって話じゃないんですよ。 作る事そのものが楽しいっていうのは、そんなもん当たり前なんですよ。 でもそれでは「作る人の視点」だけしかない。 そこに「読者の視点」も加えて、「自分が読んでも楽しめるような物、自分が欲しくなるような物を」作るのって楽しいでしょ、「読者を楽しませられる俺SUGEEEEEEE」ってなったら楽しいでしょ、って話なんですよ。

そういう風に思うのは、僕自身が大阪で育って、両親からの影響はなかったけど学校の同級生だったりテレビだったりから事あるごとに、「おもろいモンが正義。おもろくないモンはあかん。笑かしたら勝ち。スルーされたら負け。」という感覚を刷り込まれてしまってるからなのかもしれないんだけど。 その通りに実践できる・成功できる確率が低くても仕方ないとは思うけど、そうしようっていう思いは持ってて欲しいなあって思うんですよね。

あと、これも前段の話の繰り返しだけど、「今の自分で描ける物を描こうとする」んじゃなくて、「今自分が見たい(読みたい)物を描こうとする」って事は、ほんとに大事だと思う。

今自分ができる範囲でやろうとすると、何もスキルが身に付いてない段階だったら、表現の引き出しなんてそんなに無いじゃないすか。 斜め45°のバストアップの美少女しか描いたことありませんって人が、自分にできる範囲で物を作ったら、そんなもん、エロゲーの立ち絵が並んでるようなコマにしかならんくてあたりまえですよね。 そんな物を自分は見たかったのか? って話ですよ。 そうじゃないでしょ。好きな漫画みたいに、ダイナミックな構図だとかいろんなアングルだとかいろんなキャラだとかいろんな表情だとかを見たいに決まってるでしょ。

そういう「素直に自分が見たい物」を描けんのか? って話ですよ。 できないんだったら、描けるようになるしかないじゃないすか。 ……っていうのが、技術の上達に繋がるんじゃないかと僕は結構思ってる。

実際、僕も今でも、ラフ段階で微妙に今まで描いたこと無い物・やった事ない事が要求されるようなネーム切っちゃって、四苦八苦してうんうん言いながらそれを完成原稿まで仕上げて、って事を結構やってますし。

まったく目標や課題を定めずにただただ「画力を上げるんじゃ―――!!」って闇雲に努力するよりは、「今これを描けないけど描きたい・描かなきゃいけない」っていう状況を作ってしまった方が、頑張るための力を注ぐ方向を間違えにくく済むんじゃないだろうか。 というのが僕の思うところです。

動物園 - Jul 02, 2014

この間、動物園行ったんですよ。天気いいしどこかに出かけたいけど適当な所が思いつかないなあ、どこがええかなあ、そういや動物園もう何年も行ってないなあ、って。

大人になって動物園行っても楽しめるんだろうかどうなんだろうか、と思いつつ行ってみたんですが、当初の想定以上に楽しんでしまいました。年間パスを買ってもいいかもと思うくらいに。

だって(園にもよるけど)可愛い動物いっぱいいるじゃんすか。ミーアキャットが目の前でちょこちょこ走り回ってすっくと立ち上がってキョロキョロしてまた走り去っていったりとか、レッサーパンダが樹上でぐでーっとしてたりとか、ペンギンが腹ばいで寝てたりとか。たまらん。超癒される。まあアニマルセラピーとかいう物があるくらいですしね。

ほんで思ったんですけど、年間パスってそう悪い選択肢でも無いんじゃないかなあって思ったんですよね。例えば東京ズーネットの4園だったら4回行ったら元が取れる(ちなみにすみだ水族館だったら2回で元取れる)んですよ。心が荒んできた時にフラッと行って癒されて帰ってくるって使い方ができるわけですよ。ペット飼うより手軽。住む所がペット可の物件かどうか気にしなくていいし、ごはんやらトイレの世話やらをしなくていいし(動物園任せ)。美味しい所だけ楽しめるわけですよ。なんて都合のいい存在。

まあ気軽に行きやすい所に動物園があるならっていう大前提があるといえばあるんですけどね……

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