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三宅島に行ってきた(三宅島を去るまで編) - Oct 09, 2011

ちょっと立て込んでいて間が開いてしまいましたが、三宅島の話の続きですよ。

ダイビングを終えて、ホテル海楽に立ち寄りそこでシャワーを借りて(という事も海猿隊の方が交渉して下さいました。お世話になりっぱなしでした……)軽く塩水を流した後は、ホテルで貸していただいた車でちょっとだけ島の観光地を見て回りました。ここまでずっと移動は海猿隊の方に車で送り迎えしてもらってたので、島に着いてから初めての自由行動です。

シャワーを借りたものの、湯船に浸かれたわけではなかったので、ここはひとつ温泉にでも入っていきたい所です。が、目を付けてた温泉は開くのが11時からということで(この時まだ10時過ぎくらいですよ! 朝の!)、それまで他の所で時間を潰さないといけません。

ということで、それまでの待ち時間はちょっと遠目のスポットに行っておこうということで、彼女の希望で大路池のほとりのアカコッコ館という施設にまず向かいました(アカコッコとは、三宅島を含む伊豆諸島にしかいない固有種の鳥で、国の天然記念物にもなっている絶滅危惧種だそうです)。

アカコッコ館はバードウォッチングのための設備がある他に、ちょっとした展示で三宅島の環境や噴火の話が書かれたパネルが色々置いてありました。2000年の噴火で全島避難になってしまい、2005年にやっと住人が島に戻ってこれるようになった……という話は恥ずかしながら僕は全然知らなかったので、そこからの復興の話とか、5年間の間に変わってしまった自然環境の話とか、興味深く読ませてもらいました。あと、スタッフの人が色々教えて下さって、伊豆諸島にしかいないという固有種のメジロを凄く間近に見る事もできました。時間があまりなかったのでゆっくりできなかったのですが、時間があるときだったら、もっと長い事待って野鳥をじっくり見たり大路池の周りを散歩したりしたかった所です。残念。

あと、ここでは旅の思い出にとご当地キューピーのアカコッコキューピーを買ったのですが、帰宅後にケータイに付けてたら速攻でクチバシが取れてしまいました……

アカコッコ館の次はご飯です。朝が早かったので、昼におなかが減るのも早いのです。しかしご飯所と言っても海猿隊の方曰くそんなに選べるほど店があるわけでもないそうで、無難に観光地の食事処っぽいふるさと味覚館に行くことにしました。目星を付けてた温泉というのはここに併設されてる物だということと、すぐ近くに溶岩に飲み込まれた町の跡があってそこも見に行きたかったというのも、ここに行く事にした理由です。

ここではデザートにアシタバアイス(多分アシタバの粉末が練り込まれてる?)というのを食べたのですが、551のあずきアイスを彷彿とさせるような、ちょっぴりビターでコクのある味がおいしかったです。これはまた食べたいと普通に思いました。池袋のナンジャタウンの中に日本各地のご当地アイスクリームを集めたセクションがあったと思いますが、あそこに入ってないですかねぇ?

で、食べた後に温泉に入ろうと最初は思ってたんですが、気がついたら結構時間が経ってて、これだと船の時間までに間に合わせようと思ったら他の所を見れない!!と思ったので、残念でしたが温泉はスルーして次のスポット(溶岩に飲み込まれた町)を見に行きました。

ふるさと味覚館を過ぎてさらに先に進むと、1983年の噴火(この時は死者0人だったそうです。すごいね。)の時に溶岩の下に町が飲み込まれたという一帯がありました。海岸沿いは溶岩が冷えて固まってできた崖?になっていて、石が細かい穴だらけで、歩いてるときに石同士がぶつかると高い音がしてた気がします。で、さらに先に進むと、溶岩に半分埋もれたままになってる昔の小中学校の校舎が見えてきました。

溶岩の崖。

溶岩に埋まった中学校。 手前にある階段状の物はプール脇に設置された観覧席だったそうですが、完成後すぐに噴火で学校が溶岩に飲み込まれてしまって、実際に使われたのは1回だけだったそうです。

実は島の観光地をちょっと調べたときから僕はここを見たかったので、非常にwktkでした。近寄って見てもこれはほんとに圧巻で、いやあ、なんつうか、これは見に行った甲斐がありました。滅多に見れるものではないと思うので、三宅島に行ったら1回は見に行くといいと思います。

屋上側から見た所。 こっち側は溶岩で埋まってて(校舎で溶岩が堰き止められた感じ?)、遊歩道を歩いて行くと、埋まった校舎を屋上側からすぐ近くで見れました。

校舎の中も見えました。 いかにも廃墟ですね。

体育館。 鉄骨が熱でひん曲がってます。

体育館の横には小学校の校舎もあって、こっちも溶岩に半分埋まってました。 これは小学校の方の教室。手前の黒いのは、崩落防止のビニールか何かでしょうか。

中学校の校舎の脇に駐車場がありましたが、横を見るとこのように半壊した校舎の一部が覗いていました…… 最低でも2階くらいの高さはあると思うので、溶岩の層の厚さが窺い知れますね。

もう少し行った所には、溶岩に潰された自動車の跡というのもありました。 が、見てもどこが自動車なんだかよくわかりませんでした。

溶岩に埋まった自動車があるあたりから、溶岩に埋まった校舎のある方向を見下ろした所。 黒い所一帯が全部溶岩で、この下に町が丸ごと埋まってるんですねぇ。恐ろしい。

自然の脅威というやつを目の当たりにした所で、そろそろ車を返さなきゃいけない時間になってしまったので、ホテルに戻って車を返した……という所で、受け付けの所にダンボール箱があって「ご自由にお取り下さい」と書いてあって何かと思って見てみたらアシタバ(生)でした。三宅島ってどこもアシタバばっかりなのか……?!

三宅島には港がいくつかあるのですが、天候やら何やらで竹芝行きの定期便はどの港に着くのかが変わるのだそうです。で、この日はホテル海楽の目の前の港に着く事になるらしいという事を事前に聞いていて、実際その通りだったので、ホテルから港へは余裕で徒歩で行く事ができました。

その途中にある土産物屋で土産物を物色していると、他のお客が「船が燃えてる」とかなんとか騒いでて、外に出て海の方を見てみると確かになんだか煙が上がってます。まさか帰りの船じゃないよね?と思って買い物を終えてから港の待合所に行ったら、ほとんど時間ピッタリなのに、なんとまだ船には乗れないと。他の乗客が話しているのが聞こえてきた所によると、炎上したのは漁船で、その消火活動のために僕らが乗る予定の船も駆り出された……という事のようでした。なんだ、こうなる事が分かってたら温泉に浸かってから来ればよかった、というのは完全に後の祭り。ひょっとしてこのまま出航が遅れたら竹芝着く頃には終電終わってるとかいう事になったりせんかなあ、それは困るなあ……と思ってましたが、ちょっと待たされたものの無事明るいうちに乗船・出港することができました。よかった。

帰りの船では最初から2等座席を取ってあったので、くつろいで帰れました。しかし2等船室からは外が見えないので、ずっと座ってても結構辛い物があるんですよね。深夜の行きの便なら後はもう寝るくらいしかやる事がないから別にいいけど、帰りはめっちゃ昼間から乗ったからそうもいかないし。で、あまりにヒマすぎてトランプで時間を潰したりしようとしてみたんですが、大体すぐに飽きてしまって、食堂行ったり外に出てみたりウロウロしてました。日曜ではなく土曜の帰りの便だったからか、人の数は行きの便に比べて少なかったです。行きでは見かけた、外でテント張ってる人とか鍋を囲んでる人達とかも、この時は全く見かけませんでした。連休最終日となる日曜の帰りの便に乗ってたら、きっともっとすごい事になってたんでしょうねぇ(そもそもチケット取れなかったので、そこからもう推して知るべし)。

そんなこんなで数時間後に竹芝に到着して、余裕で終電前だったので無事に家まで帰り着く事ができました。

総括すると、イルカは見れませんでしたが、ダイビング体験はとても面白かったですし、島の観光ももっと時間取ってゆっくりしたかったし、三宅島また行きたいです。イルカ主目的だったら御蔵島の方に直接行ってもいいみたいですが、三宅島以上に行くのが大変(船が出てくれないとか着いても揚がれないとか)らしいのが悩み所です。伊豆諸島の他の島も面白いらしいし、小笠原諸島(伊豆諸島よりもっと南)まで行くと本土ではシーズンオフでも向こうではまだ海に入れたりするらしいし、クジラも見れるらしいし、東京都内の海でまた楽しみたい!!!と思いました。以上。

三宅島に行ってきた(三宅島でダイビング体験編) - Sep 30, 2011

船酔い地獄の次の日は、朝から体験ダイビングをやって、昼過ぎの船で東京に帰る(到着は深夜)というスケジュールでした。

ところで、三宅島は車があればすぐに島全体を一周できるくらいの大きさではあるけれども、各スポットがかなり離れているので、徒歩であちこち歩き回るのはさすがに無理です。それに、島内はバスが走ってるんだけど、三宅島1日目の夜になってから知ったのですが、その宿の最寄りのバス停の最終時刻はなんと17時台(ということは、どこに行くにせよ17時頃には帰ってこないといけない)。なのでレンタカーか何かがないとどうにもならない。この辺は、普通に車社会な田舎と同じですね。

が、直前までスケジュールが確定できなくてバタバタしてたせいでレンタカーを予約しそびれてしまってて、島に着いてから問い合わせたらもう全部予約で一杯だと言われてしまいました。これは痛い。

……という事を海猿隊の方に送迎してもらう時の車中で話していたら、提携してるホテルに連絡して下さって、ホテルのレンタカーを貸してもらえる事になったのです。言ってみるもんだね! というか、これに限らず海猿隊さんには柔軟に対処してもらえすぎて超助かりました。(宿もそう。海猿隊は提携先のホテル海楽に宿泊する前提でドルフィンスイムとかのプランを提供してるんだけど、彼女が問い合わせた時にはすでにホテルがどこも満室で、それで海猿隊の方で民宿(海猿隊のショップのすぐ近くにある、つくばという民宿でした)を手配してくれて、宿に困らず三宅島で寝泊まりすることができた。ありがたい。)

そういうわけで、体験ダイビングが終わったら車でどっか行くという事で、宿は朝の時点でチェックアウトする予定になってました。そしたら朝食の時に宿のおかみさんが御土産にと生のアシタバ2束を持たせてくれまして(スーパーで売ってるホウレン草みたいな感じをイメージして下さい)。宿で出た食事もアシタバの天ぷらがあったり刺身の下に敷いてあるのがアシタバだったりという具合で何かとアシタバが出てきてた(アシタバは三宅島の特産品の1つなんだそうです)ので、土産にまでアシタバ!と、彼女と二人で笑ってしまいました。ちなみにこのアシタバは帰ってから茹でてあく抜きをした後、炊き込みご飯に入れたりシーチキンと混ぜて醤油を加えて和え物にしたりして食べてますが、まだあります。あとどうやって食べようか……

アシタバの話は置いといていいかげんにダイビングの話をしましょう。

ダイビングは、扱いに注意が必要な機材を色々使うのと、潜るという行為の中で色々と注意が必要なのとで、素人がさっと行ってさっと潜るという訳にはいかないようです。講習を受けて認定証(いわゆるライセンス)を取得しないと、ショップに行っても門前払いなんだそうです。しかしディスカバーなんちゃらというプログラムに従ってインストラクターの指示に従う形でちょこっと潜るのであれば、ライセンスがなくてもダイビングできるのだそうです。なので、この日はそのコースでちょっとだけ潜らせてもらいました。

前日の船酔いゲロゲロで、小型船はもう勘弁して!!!!という事で怯えてたんだけど、何のことはない、前日午前中の練習の時と同じ港でやるのだとの事でした。安心した。

ハンドサインのおさらいをして車で出発し、港に着いたら今度は実際の装備を見ながら「このボタンは押しちゃダメ」という話を色々聞いてから、いよいよフル装備になりました。そこで初めてダイビングのフル装備を体験したんですが、空気ボンベの重い事重い事……しゃがんでいる所にインストラクターさんに背中から背負わせてもらってそこから立ち上がろうとするのですが、人一人背負ってるような重さでフラフラしてしまい、彼女に至っては本気で立ち上がれない様子でした。海に入ったら気にならなくなるんだろうなあと思うと同時に、その後揚がる時がまた辛そうだなあとも思うわけで、やっぱりダイビングも体力勝負なのですね。

海に入る時はハシゴに捕まりながらちょっとずつ潜っていったのですが、途中で何度も耳が痛くなって、その都度耳抜き(水圧で鼓膜が耳の内側の方に押し込まれて痛くなってくるのに対して、鼻をつまんで息を勢いよく吹こうとする事で内耳の気圧を高くして押し込まれた鼓膜を元に戻す事)を試みたもののどうもうまくいかなくて、水底に着いてもしばらくパニックになってしまいました。事前に聞いてても、これは非常に焦ります。

でも、ちょっとずつ耳の痛いのが楽になってきた(耳抜きに成功したのか、耳の中に水が入ってきてしまったのかわかんないけど)のと、シュノーケリングの時と違って水中でも深呼吸できる(ダイビングでは残圧を気にしないといけないけど、今回の体験ダイビングだと潜ってる間に空気が切れる事は絶対無い、もしそんな事になったらインストラクターとして大問題になってしまうくらいだ、と事前に聞いていたので安心して空気を吸えた)という事から、だんだん焦りがなくなってきてリラックスできるようになってきました。

そうなると周囲を見回したりする余裕も出てきて、普通に息ができる状態なのに、体が軽くてちょっと一かき一蹴りすれば上に行ったり下に行ったり前に進んだりどこにでも行けるという自由さがあって、だんだん愉快になってくるんですね。僕は平泳ぎで空を泳いで飛ぶ(?)という夢をよく見るのですが、まさにそれと同じ。「空を泳ぐ夢」では当然自由に息ができるわけで、それに対して普通に水の中で泳ぐと息が苦しいわけで、泳ぎつつ息ができるというのは、初めてのはずなのによく知った感覚だなあ……と思ってしまいました。現実なのに夢の中みたいで、すげー面白かったです。

これは彼女が撮った写真。手前が僕で、奥がインストラクターさんです。

いやもうほんと何度でも書くけど、安心して息ができるって大事ですよ。焦ったり不安になったり痛かったりしても、深呼吸したらちょっと落ち着くじゃないですか。前日のシュノーケリング練習でも、疲れて水面に仰向けでぷかぷか浮いて休憩しましたが、波が顔にかかると息ができなくなるという恐怖であんまり安心できませんでした。でもこの日はレギュレーターを咥えてる限りは全然楽に息ができた(噛むとスプレーみたいに空気が吹き出してくるとかそんな感じなのかなー、だったら呼吸するのに練習がいりそうだなー、と不安に思ってましたが、そんなことは全然無くて、普通に咥えて息を吸ったら空気が出てきて吐けば泡になって出ていくので、地上で息をするのと全く同じ感覚なのです)ので、ほんとにリラックスできてました。

インストラクターさんの案内で水底を移動すると、水族館やテレビでしか見た事ないような鮮やかな色の魚が色々泳いでて、「おおおほんまもんやー!!!」とテンション上がりまくりました。昨日は見れなかったけど底の方はこんな風になってたのか! 港の底ってもっと殺伐としてるもんかとばかり思ってましたよ。

これは水底にいた魚(名前忘れた)。右上に写ってる手はインストラクターさんの手です。

ところで、海の中の写真も記念に撮っておきたい!と思って使い捨てカメラの耐水の奴(ビックカメラに行ったら27枚撮りで980円で売られてたので、自分用と彼女用で2個買った。普通のデジカメを入れて使えるケースというのもあったけど、ダイビング用品を扱ってる店で見た時は何万円とか書いてあって目ん玉飛び出たので、今回は使い捨てカメラにした。)を持ってきていたので、ダイビング中は事ある毎にジーコジーコパシャリジーコジーコパシャリと撮りまくってました(このエントリに貼ってある写真は、それを現像したときに一緒にデータ化してもらった物)。でも帰ってきてから現像してみたら、ピンぼけだったりブレてたり見切れてたりと散々な写真ばっかりでした……でかいゴーグルかけてるからファインダーなんて覗いてらんねえよ!と横着したのが敗因だったようです。あと、底が砂地で舞い上がった砂でちょっと水が濁ってたからか、あんまり遠くのものはちゃんと写らないっぽい。次やるときはそこの所に気をつけておきたいです。

そんな感じでしばらく水底を泳いで散歩したあと、最後にインストラクターさんの持ってたデジカメで記念写真を撮ってもらって、誘導されながら一人ずつハシゴに捕まって海から揚がりました。

水から揚がろうとする彼女(奥)とインストラクターさん(手前)。このくらいの距離なら綺麗に撮れてるんだけど。

この時、案の定ですが水から揚がった途端に背中が激重で、ハシゴを昇るのにも結構難儀しました。何分くらい潜ってたのかは分かりませんでしたがほんとにあっという間に終わってしまって、非常に名残惜しかったです。もっと長く潜ってたいし、もっと色々見て回りたかったし……いつかちゃんとライセンスを取ってもっとダイビングを楽しみたいなー、と思った1日なのでした。

……って、まだ終わってないです。朝8時30分に集合して10時台にダイビング終わって、まだまだ全然朝なんですよ(日程が1日短くなってしまったのでちょっと観光する時間を取りたい、と相談したら体験ダイビングの時間を早めに設定してもらえて、それでこうなった)。ここから島を去るまでの間の話はまた次のエントリに書く事にします。

三宅島に行ってきた(三宅島に着いてから編) - Sep 26, 2011

なんやかやあって、23日の早朝に三宅島に上陸できたわけです。三宅島行きは「条件付き出航」扱いで、船が出てても接岸できなければ三宅島を素通りしていた所だったそうなので、運が良かったですよほんと。

1日目の予定はドルフィンスイムというやつで、つまりイルカと遊ぼう的なアレです。三宅島から少し離れた所にある御蔵島周辺には野生のイルカがいるそうで、船でそこまで行ってシュノーケリングで泳ぐという寸法です。

上陸してから海猿隊の方に車で宿まで送っていただいて、仮眠取って朝食いただいて、水着に着替えた頃にまた迎えに来てもらって、下船したのと同じ港でシュノーケリングの練習をやりました。

この時の装備はウェットスーツに足ヒレとシュノーケルとマスク(ちなみにこの時僕が借りたマスクは度付きの物でした。目が悪い人は使い捨てのコンタクトレンズを使うかこういう物を使う必要があります。眼鏡かけた上からマスクをかぶる事は残念だけどできない。)というもので、まずはこれに慣れないといけないのです。イルカは水面近くに上がってくる事もあるけれども、深い所を泳いでいる事も多いので、この装備で深く潜る練習をしないといけないんですね。

それでちょっとやってみたんですが、全然うまくいかないの。あれ、僕ってこんなに泳ぐの下手だったっけ?!みたいな。自分で驚いた。まあ泳いだのなんて下手したら10年単位ぶりかもだから当たり前といえば当たり前かもなんだけど。それに、息が自由にできない事、息が荒くなってしまって焦れば焦るほど水が口の中に入ってくる事、その水がしょっぱい事、ウェットスーツが体を締め付けてきて苦しい事、疲れてシュノーケル付けたまま水面に仰向けで浮いて息をしようとしたら海水を思いっきり吸ってしまった事、水面下が(前日まで台風だったからか)濁りまくってて全く前が見えなかった事、いろんな事が一気にストレスになってパニックになってしまいました。その状態で潜る練習もちょっとやろうとしてみたんですが、水底が全く見えない所で真下に潜ろうとすると怖くて及び腰になってしまってすぐにくるんと横に回ってしまって、そんな事を繰り返してるうちにだんだん目がぐるぐる回ってきてしまったので、途中で上がって横になって倒れてました。波酔いというか海酔いというか、そういうやつになってしまったらしいです。

一緒に練習していた彼女によると、後半は水も澄んできて結構底の方の魚(クマノミとかいたらしい)も見れたらしいのですが、僕はその後結局一度も水の中に戻れずじまいでした。

昼前に一旦海猿隊のショップまで引き揚げて、お昼の弁当を食べた後ちょっと休憩して、いよいよ本番のドルフィンスイムに向かう事になります。僕はこの時一応酔い止めの薬(トラベルミン)を飲んでいきました。

御蔵島までは小型の漁船に乗せてもらうという事で、練習したのとは別の港から出発。

で、港を出たあたりから、もう揺れが凄いんですよホントに。前日にジョイポリスで乗ったアトラクションより怖いんじゃないのってくらいに、激しいアップダウンで揺さぶられる事小一時間。最初の頃は「うひょー!」とか言ってられる余裕もありましたが、座ってる位置が悪かったのか波がばんばんかかってきて前も見えないし息もできないし、相変わらず揺れは続いてるしで、だんだん口数も少なくなっていって。

御蔵島の近くに着いて一旦停まった時には、一緒に参加してた男の人が海にゲーゲー吐いてました。僕もハンパなく気分が悪くなってしまったので横にならせてもらおうと思ったのですが、船の前の方だとみんなが乗り降りするから邪魔になると言われてしまったので、なんとかヨロヨロと後ろの方まで伝って歩いて行ってそこでぶっ倒れ。

その後はもう地獄というか悪夢というか酷い物でした。基本的に、イルカがいる所を船長かインストラクターの人が見つけたら船でそこに向かってみんなで海に入って、イルカが移動してしまったらまた船に戻って次のポイントに移動して、という事の繰り返しなのですが、その度にまた船がぐわんぐわん揺れるわけですよ。横になってるとかもう関係無い。上に下に右に左に断続的に揺すられて、停まってもエンジンのアイドリングで小刻みに揺すられ続けて、結局僕も人知れず船の後ろの方でゲロゲロ吐いてました。

あと辛かったのが寒さ。船が動く度に、風が吹いてくる度に、波飛沫で濡れた体が冷える事冷える事。体がこわばってガタガタ震えて、かといって水の中に入る元気もなく(水温が高めだったからむしろ海に入ってた方が暖かい。でも海に入るためには、倒れてる場所から船の前まで移動してブーツ履いたり足ヒレ付けたりシュノーケル付けたりしないといけない。そして立ち上がったらそれだけでゲロっちゃう)、せめて暖を取りたくて持ってきてたバスタオル等を取りに行きたくても、停まったと思ったらまたすぐ次のポイントに向かって方向転換・発進で立ち上がれず、そんなこんなで寒さに震えながら時折耐え難い吐き気が来た時だけ上体起こして船縁に抱きついてゲーゲーやってました。吐いた物が鼻の方にも入ってそっちから出てきたりもして、自分の吐いた物の臭いと潮の匂いが混ざってなんかよくわかんない臭いがずっとしてました。

そうこうしてるうちに、エンジンが止まって静かになったのを感じました。ドルフィンスイムの時間の終わりです。同行してた人達が戻ってきて、船が停まったのをこれ幸いとヨロヨロ歩いてバスタオルやジーンズ(これも飛沫をかぶっててびしょ濡れでしたが)を回収して、また後ろに戻って倒れてそれらを布団代わりにガタガタやりながら、また帰りの小一時間を堪えてしました。が、その道中も堪えきれずにまた1~2回は吐いたかもしれません。

永遠とも思えるような時間が過ぎた後、気がついたらエンジン音が停まっていて、船が港に着いていました。やっと降りられる……と思って立ち上がったら、またこみ上げてきてゲロゲロゲロ。結局昼に食べたものはこの時までで全部吐いてしまった気がします。下船後もしばらく体調が戻らなくて、僕だけ港のコンクリの上でしばらく横になってました。

うん。もうね、イルカどころじゃなかった。魚に餌をやりに行っただけだった。水面から出る背びれ、を見る事すらできなかった。

唯一の救いは、彼女の方は僕みたいな事にはならずにちゃんとイルカと遊べたらしいということでしょうか。

後で聞いた所によると、こんなに揺れたのは台風の後でまだ波が高かったからで、普段はここまで酷い事にはなってないんだそうです。この時はよっぽど酷かったようで、僕も含めて4人くらいダウンしてたみたいです。ただ、インストラクターの人曰く、こういうタイミングというのは長い間ずっと人が来ていなかったせいでイルカの方が人間を待ち焦がれていて普段よりずっとイルカと出会いやすいというメリットもあるのだそうで(その逆に、人の多い時期はイルカが人と遊び飽きて全然寄ってきてくれないということもあるそうです)、波に耐えられさえすれば絶好のドルフィンスイム日和とも言えるのだそうです。究極の選択ですね。

あと、これも後で聞いた話ですが、トラベルミンは酔い止めの中でもあんまり効かない方だそうで、ダイバーの人は大抵アネロンという薬を使っているのだそうです。成分が違うのか効力が強いのか、他の薬では効かなかった人でもこれなら一発だそうです。次に行く時は僕もアネロンを使ってみようと思います。

港で横になってたらやっと起き上がれそうになってきたので、車に乗せてもらってショップに戻って、ウェットスーツ等を脱いでまた宿まで送り届けてもらいました。

宿に着いた後は夕食の時間まで宿でぶっ倒れてて、ご飯の時間になってなんとかそれを食べて、またぶっ倒れて、気がついたらもう夜も遅くでした。レンタカー借りれなかったからどこにも行けないやというのもあったとはいえ、仮にレンタカー借りれてもとてもじゃないけど他の所になんて行ける状態ではありませんでしたね。

その後、みんなが寝静まった民宿の風呂にこっそり入って、風呂あがりにちょっと宿の周りを散歩してみようとして、明かりが全然なくて怖すぎて逃げ帰ってきて、就寝して、三宅島での1日目が終わりました。

これだけだとあんまりにあんまりなので、彼女が撮ってくれたドルフィンスイムの時の写真を最後に何枚か貼ってお茶を濁してみます。

1枚目。彼女は間近でイルカを見れたそうです。羨ましい!!!

2枚目。水底にいるイルカ。御蔵島の近くは水が青くて、底は岩場になってたそうです。

3枚目。水面近くを泳ぐイルカ。

4枚目。なんか魚の群れ。すごいよく撮れてるなー。

2日目の事はまた次のエントリに書こうと思います。

三宅島に行ってきた(三宅島に行くまで編) - Sep 25, 2011

2泊3日で行くはずだったのが1泊2日になったけど三宅島に行ってきましてん。

事の起こりは9月上旬、「海に行きたい!」と彼女が言った事でした。

例によって毎年8月上旬はコミケのために時間が潰れ、お盆を過ぎると一般的にはクラゲうじゃうじゃになってしまって海水浴なんかできないんじゃないのという感じで(思い込みならすみません)、今年も海だの何だのは無しだったなあ……と思っていた所での急な話だったので、正直「えっ、今から行くの?」と思ってしまったのは事実です。が、彼女の調べによると例えば三宅島ではダイビングとかシュノーケリングとかは余裕でシーズン中だそうで、その中にはイルカと一緒に泳いで遊ぼうというプランもあるそうで、そういう事ならせっかくだから僕も相乗りさせて貰おうか……と思ったのです。シュノーケリングもダイビングもイルカも、僕が普通に生きてたら、やる機会なんてまず無かったでしょうからね。

それで全てのコーディネートを彼女に丸投げしたのですが、その時点で次の連休といえば9月後半の大型連休?となるわけで、当然そこには多くの人が詰めかけるわけで、まあ普通に予約が取れないわけですよ。特に船と宿。いくら泳ぎの方の予約が取れても、三宅島まで行けなかったり、行っても泊まる所が無かったりするのでは、意味が無いですよね。

東京から三宅島に行く船は、前日夜22時に出発して翌朝5時に到着するというスケジュールなので、22日発(連休は23から25なので)でまず船を探して貰ったのですが、これはもう見事に満席でした。でも1日前ならギリギリまだ予約が取れそうという事だったので、22日に有給休暇を取って21日の夜に出発し、船の中での泊まりを除いて2泊3日の24日帰還にしようという事になりました。

あと宿の方ですが、これは今回ダイビング等の面倒を見て貰う事にした海猿隊さんの方でどうにか手配して貰えて、民宿に泊まれる事になりました。海猿隊さんには今回の度の間中ずっとお世話になりっぱなしでした。ありがとうございます。

という事で後は当日を待つばかりとなっていたのですが、そこで来たのがあの台風15号ですよ。21日の夕方から夜にかけて首都圏を直撃したアレ。案の定、定期便の運行にも影響が出まくりで、21日夜の船は朝の時点でもう欠航が決まってしまいました。

「諦める?」という話もちょっと出はしたのですが、準備もしたし気分も盛り上がってきてるのに今更おあずけは無いよママン!!! 島に行きたいイルカ見たいダイビングしたい!!!! と僕がワガママを言いまして、急遽22日朝発の飛行機のチケットを取ってもらいました。しかしこれでもまだ安心できない。なんでも三宅島は(2000年の噴火以来)有毒ガスがずっと垂れ流しで、風向きによっては空港が使えなくなることもあってそういう時は飛行機が飛ばないらしいんですね。で、予報によると22日の風向きは見事に空港のあたりを直撃する事になってて、飛行機が飛ぶ確率は40%だとかなんとか。

なのでさらにもう1つ最終手段で、22日夜の船の「席無し」というチケットを取ってもらえました。これは、甲板でブラブラするとか通路にシート敷いて寝るとかそういう風にして船に乗る、映画や舞台でいう所の立ち見席みたいな物だそうです。でも22日の便ですら出てくれるかどうか、出ても三宅島に接岸できるかどうかが分からないということで(接岸できないとそのまま八丈島まで行って帰ってくるただのクルーズになってしまう)、もう全く安心ができない。

もうここまで来るとなんだか島に全力で「来るな!!! 絶対来るな!!!」と拒否られてるような気すらしてきて、悲しくなってしまいました。

さて。夜が明けて迎えた22日、航空会社のWebサイトで無情にも「欠航」の告知が為されている事を空港に向かう途中で知り(欠航になるかどうか決まるのが出発1時間前で、家を出るのはそれよりさらに前じゃないといけなかったから)、最後の頼みの綱の船までの10時間あまりをどうにか過ごさなくてはならない事になってしまいました。乗船場所が竹芝だったので、ゆりかもめで豊洲まで行ってららぽーとで買い物をしたり(シュノーケリングの時に着るパーカーを持ってなかったので僕はここで買いました)、引き返して船の科学館を見学してバブル時代の「未来の船」超伝導推進やら何やらを見てなんとも言えない気持ちを味わったり(船の科学館、9月30日で閉館なんですってね。初めて行ったのが閉館直前だったなんて、なんというタイミングなんでしょうか。ちなみに閉館までの間は大人でも入場料200円の激安価格です。)、ジョイポリスでホスト診断受けたりでかい蜘蛛を撃ったりゾンビを撃ったりアトラクションで乗り物酔いしたりして、なんだかんだでお台場を楽しんでから乗船しました。

船の中は結構混んでいて、通路上のイイ所は大体先に他の席無しの人に取られてしまっていたのですが、キャンセル待ちで1等客室に入れたので(その分お金はかかりましたが……)どうにか安心して横になって眠れました。他の席無しの人がどういう風にしてたかというのもちょっと見てましたが、船内の通路に陣取ってる人(床にシート敷いて寝る事を前提に、緩衝材のマットを持ち込んでる人すらいました)、デッキ上で輪になって鍋?を囲んでる人達、デッキ上にテントを立ててその中で寝てるらしい人など、色々あってすごいなーと思いました。

という所までが、三宅島に行くまでの話です。続きは次のエントリに書こうと思います。

ジム通いを始めた - Jul 24, 2011

キックボクシングのジムでやってるボクササイズとヨガのクラスに通い始めました。キックボクシングのクラスにも行ってみましたが、眼鏡を外すとまるで見えなくてお話にならないという事を痛感したので、キックボクシングをやるのはコンタクトレンズを付けられるようになってからかなーと思っています。

動機は主に健康面です。通い始めたのは健康診断の結果が出る前からではありましたが、健康診断の結果を見ると年々中性脂肪の値が高くなっていっていて、そういう風に数値で示されるまでもなく、ちゃんと継続して運動をしなければそのうち死んでしまう……と恐怖を覚えていた所に、ボクササイズをやろうと誘われたのが決定打になりました。

運動はキツい事はキツいのですが、毎日やるわけではないのでわりと楽といえば楽です。月謝を支払う立場なので「お金払った分行かなきゃ損だ」という思いもあって、その思いが辛さを上回る事ができるレベルといった所です。

むしろ「こんなんで効果なんてあるんかいな」と不安を覚えてすらいるのですが、僕より前から通っていた人から「2年くらいやってて、始める前に比べて10kg痩せた。1ヶ月1kgくらいのペースで落ちた。」という話を聞いて、無駄にはならないんだと思えて、ちゃんと続けようと改めて思いました(しかし今から2年後というと31歳なので、色々と遅きに失した感は否めません)。

そういえば今まで何度か「お金のかからない健康増進法」を何個か試してみていましたが、どれも長続きしませんでした。お金を払ってでもという事と、誘ってくれた人と同時に通っている(自分がサボっててもその人は通っている、という焦りを感じずにはいられない)という事、あと上記の話から、今回は長く続くといいなあ、長く続けたいなあと思っています。

今日行ったクラスはほとんどの参加者の方が女性で、男性は僕の他にもう1人しかおられなかったのですが、終わってシャワー浴びて汗を流した後に更衣室で2人きりになってしまって、これはむしろ話しかけない方が危険だ……と思ったので自分から名乗って挨拶をしたのですが、そのおかげで会話ができて上記のような話も聞けて決意を新たにできたので、慣れない事(自分から話しかける)をして良かったと思っています。

オチはないです。

リゾット作った - Apr 24, 2011

おじやだか雑炊だかを作った後に連続で同じ物をというのも気が引けたので、趣向を変えてリゾットにしてみる事にした。簡単に作れるリゾットの素というのが世の中にはあるらしいと聞いていたんだけれども、行ったスーパーにはそういうのがなかったので、クックパッドのレシピを見ながらやってみる事にした。

1つ目の物を基本として、2つ目の方に出てきていたタマネギを加えた事と、もう少し野菜を入れるかと思ってニンジンを加えた事と、使ったバターが無塩バターだった事、あとパセリがなかった事が違い。

チーズは、前に何か作った時に買ったチーズがずっと残ってたのでそれを使った。このリゾット(風の何か)だったらそう手もかからないので、使い切れそうな気がしてきた。

料理 - Dec 25, 2010

イブが終わって世間のクリスマス気分がすっかり終わった間のある今日になって、半分はヤケで、クリスマスらしい料理という物を作ってみようと思い立ったのです。

これならできるんじゃないか……?と思った物を適当に3つほどピックアップした。

結論から言うと、まともにできたのはミートローフだけだった。これは電子レンジとクッキングシートとボウルと包丁とまな板と皿があればそれでできて、時間も手間もかからないし失敗もない。素晴らしい。日常的に作って全然アリだと思った。

フードプロセッサーもジューサーもミキサーもないのにポタージュスープ的な物を作ろうというのは間違いだった。レシピをよく見ないまま作り始めて途中でそれに気がついて、おたまの底とかスプーンとかを使って何とか材料を細かく潰そうと頑張ってみたんだけど、どうも粒が残る。調理器具を手に入れたらもう一度やってみたい。

あとお菓子。ホームベーカリーとか無いし素材をあらかじめ暖めておくのも忘れてたしオーブン機能のあるレンジもなくてオーブントースターしかないしで、これも散々だった。菓子作りは計量が命だというのをどこかで聞いた記憶はあったのでそこだけはちゃんとやったけど、無塩バターじゃなく普通の塩入りバターを使ってしまったし、どうにも生地がベタベタしたままだし、手持ちの道具はオーブントースターだけだし、ハケも持ってないし(Jetpackを作った時に使った物はさすがに使えない)、で、なんかよく分からない物ができあがった。思ってたほどは酷くはなかったけど、その後で普通に買ってきたケーキを食べたらそっちが死ぬほどうまかったので、プロの人はすごいなあと思った。

どれも作るの初めてだったし3種同時進行というのも初めてだったし、世の中そううまくはいかないものだなあということを実感したのでした。364日フライングで練習したということで、この経験を活かせる時が来る事を願う。

ゆうきまさみ開業30周年記念企画展に行ってきた - Dec 25, 2010

渋谷PARCO 1で開催されている原画展で、パトレイバーの原稿の展示が23日で終わるという事を22日になって知って、慌てて行ってきた。

単行本は実家に置いてきたんだけど、展示されてたイングラム対グリフォンの最終戦の原稿を見てると、最終戦を読んだ時の興奮が蘇ってきて涙目になりかけた。「機動警察パトレイバー」は本当に名作だと思う。未読の人はほんとに1回読んでみるといいです。

で、帰宅してその勢いで劇場版第1作を見た。ブルーレイだけど、5.1chじゃない方の音声を選ぶと(ステレオPCMで)サウンドリニューアル版でない当時の音声で楽しめるという事に、初めて気がついた。5.1chサラウンドの環境なんか持ってないから音声を選び直したんだけど、これは嬉しいサプライズだ。「呪ってやるー!!」は当時の演技の方が好きなのです。

Windows 7のVirtualStoreに泣かされた - Jul 29, 2010

「C:\Program Files\foo\bar\hoge.txt」という位置にあるファイルを読み込んで処理するアプリケーションを開発していて、テストって事でhoge.txtを書き換えてみたのに、アプリケーションの方でhoge.txtを読み込んでみると、書き換える前の内容が返ってくるんですよ。え、このhoge.txtじゃなくて別の位置のhoge.txtを読みに行っちゃってるの? と思って「C:\Program Files\foo\bar\hoge.txt」を消してみると、「ファイルが見つかりません」ってエラーになるんですよね。だから見に行ってるのは確かにこのファイルで間違いないはずなのに。

僕は普段秀丸エディタを使ってるんですが、秀丸エディタって、書き込み権限が無いファイルを開くと「読み込み専用」って表示されて閲覧だけの状態になるんですよね。でも今回のhoge.txtはそうなってないから、ちゃんと書き換えも保存もできてるんですよ。一回秀丸エディタのウィンドウを閉じて、もう一度「C:\Program Files\foo\bar\hoge.txt」を開くと、さっき保存した時の内容になってるんで、書き込みに失敗したというわけでもない。なのに、自作のアプリで「C:\Program Files\foo\bar\hoge.txt」を開くと、秀丸エディタで書き換える前の内容が返ってくる。他にも同じ現象が起こってる人がいるみたいだし。何なんですかこれは?

……結論から言うと、犯人はWindows Vista以降で導入されたVirtualStoreという仕組みでした。

Windows Vista以降ではファイルに対して書き込みができない時に、「書き込めませんでした」というエラーを出す代わりに「C:\Users\ユーザ名\AppData\Local\VirtualStore」っていうフォルダの中にファイルを書き出すアプリケーションがあるみたいなんですね。今回は秀丸エディタがそうだったんですけど。実際、「C:\Users\ユーザ名\AppData\Local\VirtualStor\Program Files\foo\bar\hoge.txt」を見たら、さっき書き換えたはずの内容でhoge.txtが存在していました。

で、この状態で秀丸エディタで「C:\Program Files\foo\bar\hoge.txt」を開こうとすると、Windowsが「C:\Users\ユーザ名\AppData\Local\VirtualStor\Program Files\foo\bar\hoge.txt」の内容を返すみたいなんですよ。これはWindowsのファイル入出力の仕組みが透過的にやっていることらしくて、秀丸から見た時のファイルの位置はあくまで「C:\Program Files\foo\bar\hoge.txt」のままであるというのがポイント。で、この時メモ帳などの別のアプリケーションから「C:\Program Files\foo\bar\hoge.txt」を開くと、今度はVirtualStoreの方ではなく「C:\Program Files\foo\bar\hoge.txt」の実体の方が返される。その結果、「秀丸エディタとメモ帳でそれぞれ同じファイルを開いてるはずなのに、実際に見えてる内容が違う」という現象が起こる。

しかも最悪なことに、どうやら一回この状態に嵌ってしまうともうお手上げのようで、それ以後は秀丸ではVirtualStoreの方のファイルにしかアクセスできないんですよね。参った。もうVirtualStoreを全部消してしまいたい位なんですけど、VirtualStoreを見てみると他にもいろんなファイルが存在してるので、同じようにVirtualStoreの方の内容が返ってきてるお陰で正しく動作しているという状態のアプリケーションが他にもあるんだったら、不用意にVirtualStoreを消してしまうと大変なことになりかねないので消すわけにもいかない。

「コントロールパネル」→「管理ツール」→「ローカル セキュリティ ポリシー」で「セキュリティの設定」→「ローカル ポリシー」→「セキュリティ オプション」→「ユーザー アカウント制御:各ユーザの場所へのファイルまたはレジストリの書き込みエラーを仮想化する」を「無効」にするとVirtualStoreを無効にできるようなので、クリーンな環境でWindows VistaやWindows 7を使い始める時は、無効にしとくといいような気がします。本来できないはずの事をユーザに気取らせずにやろうとするから無理が生じるのであって、システムファイルをいじれるのは管理者権限がある人だけというルールを徹底していれば、無駄な混乱はしなくて済むのです。LinuxとかBSDとか、そういうものですし。

追記。付いたコメントの中に、僕の目には「Program Files以下にあるファイルをわざわざユーザが書き換えなきゃいけないという仕様が今の時代にはそもそもあり得ないでしょ。技術レベルの低い無能な似非プログラマがWindowsの仕様に逆ギレとか、まったく自業自得のくせに滑稽極まりないし。プププのプー」と言っているように見える物がいくつかあったけれども、Firefoxでいえばapplication.iniにあたるような、そう頻繁に書き換える訳じゃないけど可変のパラメータを外部ファイルで定義できるようにしておくためのファイルをいじってテストしてた時に遭遇した話なので、結構イラッとしました。


2019年4月25日追記。Windows 10になった今もVirtualStoreは仕組みとして存在し続けているのですが、さすがにこの時代になるとVirtualStoreのトラップに引っかかるアプリの方が時代後れでしょと言っていいような感じで、秀丸エディタも64bit版を使えばこの問題にハマらずに済むようになりました。よかったよかった。

ヒステリーとか癇癪とか - Jul 13, 2010

癇癪を起こした事がない人、というのもいるんですね。というかもしかして、癇癪を起こした事がある人の方が割合的には少なかったりするんでしょうか? 僕は小さい頃から良く癇癪を起こす子だったと思うので、自分基準で考えてしまいますが、世間基準だと僕みたいなのは珍しい方なんですかね。

安い煽りにすぐ乗せられてしまう。嫌味を言われたらカチンと来て、何か言い返さないと気が済まない。我慢ができない。自分がいいと思った物の価値を他人が認めていないとイライラする。何で僕チンの思い通りにお前らは動かないんだよ!!!と考える。そういうのの行き着く先にある、頭の中が真っ白になってしまって理屈で物を考えられなくなって、それまでは「しょうがない」と思って我慢できていたはずの事でも我慢できなくなって噴出してきて、息が荒くなって、顔を真っ赤にして、歯を食いしばって、何か言いたいんだけど、でも思っている事の中身を言葉にする事ができなくて、だから何も言葉が出てこなくて、「フゥーッ!!!! フーッ!!!! ヒゥーッ!!! ヒグゥーッ!!!! ヒゥーッ!!!!」と過呼吸になる。

そういうタイプの人間なんですよね僕は。普段の生活で今はそういうのが出てくるような機会がほとんど無いけれども、強いストレスがかかるとたまに、そういう方向に転がり落ちそうになる。

発達障害とか精神病とか知恵遅れとかそういう奴なんだと思いますよ。日常生活で支障のない範囲、にギリギリ収まっているというだけで。「お前ごときが障害者を名乗るのはおこがましい」「お前ごときのようなありふれた人間が、自分は特別だと思いたいばかりに障害者を自称するから、本当の障害者が肩身の狭い思いをさせられるんだ。恥を知れ恥を。」等々、言いたい人は言えばいいと思いますが。

一昨日くらいですかね。そういう酷い癇癪を起こす夢を見たんですよ。この僕チンを裏切ったな!!!!!みたいな感じの、ひどく幼稚で自己中心的な理屈で癇癪を起こすという夢を。目が覚めた時にはリアルに過呼吸になってました。ああ、すっかり忘れていたけれどもこれが僕の本性なんだよなあ、という事を改めて意識しました。

障害児の第1子がいる状態で第2子を産むかどうかって話をたまたま読んで、なおのこと暗い気分になる今日この頃です。

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