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萌えるふぉくす子さんだば子本制作プロジェクトの動向はもえじら組ブログで。

宣伝。日経LinuxにてLinuxの基礎?を紹介する漫画「シス管系女子」を連載させていただいています。 以下の特設サイトにて、単行本まんがでわかるLinux シス管系女子の試し読みが可能! シス管系女子って何!? - 「シス管系女子」特設サイト

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OSCでふぉくす子のプレゼンをやってきました - Mar 03, 2014

オープンソースカンファレンス2014東京の一コマとして3月1日に行われた「チャンネルはオープンソースでっ!(ちゃんおぷ)」の「応援キャラクター大集合!」という企画に、ふぉくす子のプレゼンターとして出てきました。

当日の話

1年くらい前に日本OSS奨励賞を頂いた場所で、今度はふぉくす子のプレゼンをするだなんて、誰が想像できようか。とか、実はフォクすけを最初に書いたのも僕なんですよねとか、その辺の話を面白おかしく盛り込めれば良かったのですが、当日はめちゃめちゃ緊張してて頭真っ白でそれどころじゃなかった。っていうか自己紹介の一言があるという事自体を僕は本番が始まってから知った(ふつうにクラウディアさんが自己紹介して、さくらインターネットの人が「さくらインターネットのだれそれです」と言って……という流れができていた)ので、もえじら組のPiroですだなんて名乗るわけにもいかず、3分の制限時間があるということもあって、普通に「プレゼンターの結城です」とつまらない自己紹介をしてしまいました。

しかも、焦ってそのままの流れでプレゼン資料に画面を切り替えてもらってしまったので、現場にいたふぉくす子さんは全然画面に映らないということになってしまいました。「この衣装はうんぬん」とうまく話題を持っていくようなこともできず、わざわざ朝も早くから山の中まで来てもらったのに申し訳ない限りです。

あとフィギュアの話に触れる時に実物を「コレです」って出そうと思ってて会場にも持って行ってたんですが、そろそろリハーサルだからということで荷物置いて軽装で現場まで行ったらそのまま本番までそこにいることになってしまったため、写真だけの紹介になってしまった、というのも心残りな点です。

そんな感じでグダグダのうちに3分を使い切ってしまったのですが、当日のニコ生のタイムシフト視聴(41分頃からふぉくす子の紹介)Togetterとか見た感じでは叩かれてるとかそんな事は特になかったようで、ほっとしました。

イベント後の撮影会でもふぉくす子を撮ってる人が結構いてくれて良かったです。ただ、撮影会の場所となっていたのが自然光の入らない薄暗い場所、しかも掲示板の前という酷いロケーションだったので、記念撮影以上のことはできない感じだったのは残念でした。2Fの受付近辺は吹き抜けで自然光もいっぱい入ってたので、ああいう所を選んでやれば屋内でももうちょっとマシだったんじゃないかなあ。あんなところでやるのはモデルさんに失礼だと思いますよ、ほんとに……

ふぉくす子が表舞台に出るということについての思い

ふぉくす子が表舞台にこうして出てくるというのは、僕としては結構画期的なことであったと思っています。

僕がMozilla Japanに半常駐してた時には既にふぉくす子ももえじら組もあって、当時色々やってたちょっと変わった広報活動の方針決めなどにも口出しさせて頂いていたので、ふぉくす子を表舞台に出そうと思えば出せる状況ではありましたが、当時僕はそれは絶対にやらないつもりでした。それどころか、僕という人間がMozilla Japanの広報活動に関与している事自体もなるべく公言しないでおくべきだと思っていました。

秋葉原でCD-ROMを配布した時(そういえば、この時のCD-ROMを作るためにProtable Firefoxのことを調べたのが、後のFx Meta Installerの開発に繋がったのでした)に、事前事後も色々と批判があって、Mozilla Japanの組織として「今後はこういうのは無しの方向で」的な空気がなんとなくあったのは事実です。

でも、そういう分かりやすい「失敗」が無かったとしても、当時まだ知名度自体がそんなに無かったFirefoxに必要以上にオタクなイメージがまとわりついてはいけない、エロ同人なんかやってる人間が関わってるということが悪意ある人間に知れてしまったらそれを叩きの口実にされてしまう、という恐怖感というか危機感が僕にはありました。だから、フォクすけの作者が僕だという事も公言していなかったのでした。

それから月日が経って、今ではフォクすけもFirefox自体もそれなりの知名度があるようになりました。しっかりとしたブランド価値が築き上げられた今であれば、この程度の事でそのブランドが崩れ去るようなことは無いだろう。そう思えるようになってきたので、僕は最近になってようやくこのあたりのことをおおっぴらに言えるようになりました(周囲に咎められていたのではなく、本当に、自分から「これは言っちゃいけない」とタブー視していたのです)。

また、クラウディア窓辺のように他の所も萌えキャラを使ったプロモーションをオフィシャルにやるようになってきた、という社会情勢の変化もあります。要するに、他の所がこうして大々的にやってるんだからふぉくす子も大丈夫やろ、と。そういう話です。

どうでもいいんですが、クラウディアさんは1985年生まれという設定になっているので、もうあと数年でさんじゅっさいになってしまうわけですけれども、大丈夫なんですかねこれ。(そこらへんを気にしてか、だいたいのキャラは誕生月と日は決まってても誕生年は不明ということになっているので……)

こういう企画そのものへの批判について思う事

今回の企画についても、「ヲタが公の場でオナニーしてんじゃねえよ」「おっさんが綺麗な女の子集めて持て囃してんじゃねえよ」的な批判の声はいくつか見かけました。以下はそのひとつ。

まず思うのは、モデルとして参加していた彼女らは基本的にオファーがあって業務としてあの場に居合わせただけ(ふぉくす子はノーギャラですが……)なのであって、媚びるな云々は筋違いということです。ドワンゴの女子マネージャー弁当手渡しもそうですが、こういったことの責はすべて依頼者側にあるというのが僕の認識です。

で、それ以外の話ですが、実際にイベントの裏側を現場で多少見ていて、確かに、内輪ノリとかホモソーシャルなイベントという空気があったのは否めないと思います。おっさんが若い女の子にデレデレして鼻の下伸ばしてるのは、まずそれ自体がみっともないし、そういうみっともなさを許容する空気があるということ自体が女性参加者を余計に遠ざけることになる、という批判は、まあ、あってもしょうがないなと思います。レースクィーンとか、モーターショーやアニメイベント等のコンパニオンとか、そういうのと同じ物を求める下心というかなんというか。(と、話題に出した所でふと思ったのですが、レースクィーンとかモーターショーやアニメイベント等のコンパニオンとかは実際の所どのくらい女性参加者を遠ざけるものなのでしょうか? そういうイベントに行った事がコミケ以外で全然ないので自分にはよく分かりません。)

ただ、OSCが参加者の人達の善意やボランティアに支えられているイベントであるのなら、支えている人達の「俺はこれがやりたい」という思いが結果的にOSCの方向性を定めていくのであって、「これこれこういう壮大な目的のためにお前らは自分のやりたいことを我慢して我々の指示に従え」なんて事を主催者側が言いだしたら、成立しなくなるのでしょう。だから、これはこうあるほかに無いのだと思います。

というか、OSCがホモソーシャルではいかんという指摘自体がもう的外れなのかもしれない、とすら僕は思っている部分があります。

ここ数年は僕自身、今回のように特別な用事が無ければOSCには積極的に顔を出そうという動機がありません。それは開催場所が遠いから(そもそも、イベント会場が都心からだと電車を一時間も二時間も乗り継いでいかなければいけない場所にあるという時点で、外の人を相手にする気が薄い内輪のためのイベントという性格がかなり前面に出ていると思いますが、まあそれはさておきます)というのもありますが、OSSが自分や自分の周囲の人にとってはもはや当たり前のこと・当然の選択肢の1つになっているからというのが最大の理由です。今自分が仕事でお付き合いさせて頂いている企業さんはどこも「どうしても秘密にしないといけないクリティカルな部分以外は成果物をオープンにして全く構わない」というスタンスですし、クックパッドなどの「金を稼ぎ出している部分はきちんと他にあった上で当然のように技術をオープンにしている」会社はいくつもあって、少なくともオープンソースは「非常に、非常に珍しい物」ではなくなっているというのが今の僕の認識です。成果の技術をオープンにする事には一定の合理性があるという認識がある程度広まっていて、様々な企業や個人が自然な行為としてそれをやっているのであれば、その流れは勝手に広まっていくわけで。

そういう社会情勢の中で敢えて「オープンソース」だけをかけ声にして集まろうというのだから、濃い人が集まるのは仕方がない。その上でさらに各自のボランティアなのだから、そりゃもう濃縮されて余計に濃いことになっちゃうわけです。でも、「オープンソース」の中心がOSCやそこに集う人達だけの間ではなく、普通に回っている経済の中の方に既に移っちゃってるんだったら、もうOSCはそういうものってことでいいじゃん、と。オープンソースというものに全く理解がない社会の中で孤軍奮闘して頑張ってきた人達の同窓会になっちゃっててもいいじゃん、と。そんな事すら僕は思っています。

という僕の認識もまたずいぶん偏っていて、実際にはそんな事は全然なくてオープンソースはまだまだエヴァンジェリストが引っ張っていかないといけない感じなんですかね? だとしたら僕は今ものすごく恵まれた環境にいるんだなあ……

技術系コミュニティ一般の話に広げると、技術やっててヲタ文化に関心が無い人が居られる場所がないのは良くないなあ、とは思ってます。流行りの漫画のジャーゴンまみれにしなくても話を面白くすることは多分できるはずで、そこでジャーゴンに走ってしまうのは、人の関心を引く発表内容や資料を考える手間の省略、手抜きでしかない。無自覚な内輪向け感覚は、こういう事に限らず、なくしていった方がいいと思います。自分がどっかのお料理教室に行くことにしたとして、先生が料理業界の常識だとか流行りの話題だとかを知ってることを前提にして僕のようなよそ者完全置いてけぼりで喋ってたら、嫌だし多分行きたくなくなりますしね。「同質な者同士が馴れ合うための場所」と「広く様々な人を迎え入れて交流するための場所」とはキッチリ分けて考える、分別のある人でありたいものです。

液晶ペンタブレットを使った(PCに接続して) - Jan 21, 2014

液晶ペンタブレット買った話と、Androidモードで使った感想の続きで、運用編その2です。

正月休みが終わって帰宅し、いよいよデスクトップモードでの本格利用です。Androidモードの感想は「液晶ペンタブレットという未体験の入力装置の感想」でしたが、こちらのエントリは「Intuos 4と比べてどうなのか」という話がメインです。

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液晶ペンタブレットを使った(Androidモードで) - Jan 20, 2014

液晶ペンタブレット買ったという話の続きで、運用編その1です。

お正月の間は、少しでも液晶ペンタブに慣れようと思って練習していました。Cintiq Companion Hybridは単独でAndroid端末としても使えるのが特長の製品で、お正月の間はこれだけ持って出かけていたので、自動的に練習はAndroidモード上で行うことになりました。単独では使えないCintiq 13HDだと、こうはいかなかったですね。

なのでこのエントリではAndroidモードの話をお送りします。とは言いつつ、液晶ペンタブ一般に適用できそうな話も入っていますので、Cintiq 13HDの導入を検討されている方の参考にもなるかもしれません。

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液晶ペンタブレット買った - Jan 17, 2014

液晶タブレット買いました。僕もついにCintiqユーザ! 「#!シス管系女子 Season2」第5話、日経Linux 2014年3月号掲載分からは新作画環境にてお送りいたします(予定)。

以下、3エントリに分けてCintiq Companion Hybrid導入の経緯やレビューを書いてみます。

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もらって嬉しいプルリクエストと、もらって残念な思いをするプルリクエスト - Nov 10, 2013

人格攻撃をしたくて書いてるわけじゃないですよ、という事はまず最初に表明しておきます。

GitHubで公開してるプロジェクトについて、幸いなことに時々プルリクエストをもらえる事があるんだけれども、その時に、何のストレスもなく「Merge」ボタンを押せる時と、そうでない時とがあるなあと思ってた。

その差は何なんだろう?と思ってたんだけど、今回treestyletabのargumentsを使っている箇所を書き換えるプルリクエストをもらって、それに関してやり取りをした事を通じて、「あ、こういう事かな」と思った点が1つあった。

それは、「相手の考えを尊重する態度が見られるかどうか」。

ロケールの翻訳であったり単純なtypoの訂正であったりというパッチではそういうのはまず見えてこないんだけど、今回のように設計のポリシーにまで踏み込んだパッチだと、互いの思惑がずれていることが見えてくる事がある。今回の場合、僕と彼とでは「こうあるべき」と思っているコードの姿がずれているんだなと思った。また、「ああ、僕がこれほど大事に思っていることが、彼にとっては些事に過ぎないと見えているのだなあ」という残念な思いも感じた。

考え方が違うことがすべて悪だとは思わない。JavaScriptの古い仕様であるargumentsから、ES6のRest argumentsへの置き換えを進めるというのは、古い物ばかり見てしまっていて且つ保守的な自分からはそういう発想がまず出てこない(大抵、どうしようもなくなってからようやく重い腰を上げる感じです)ので、自分の目が届いていないところについて「こういうのもあるよ」と教えてもらえるのは、正直、とてもありがたい。

ただ、僕が大事だと思っている事についてバッサリ切り捨てるような態度を取られるのには、いい気がしない。arguments・Rest argumentsで全部の引数を引き渡すように書くべきか、それともすべての引数をきちんと定義しておくべきか、という議論では特にそれを強く感じた。

僕は僕なりの考えを持って、過去に悩まされた色々な事例からの反省であったり、現実的にどこまでメンテナンスに時間をかけられるかという葛藤であったり、どういうコードであれば僕の思う「How」を正しく書き記せるのかであったり、といった事を考えた結果としてああいうコードを書いていたのだけれども、それらの一切合切を無視して「こうあるべき」と別のスタイルを押しつけられることに、僕はどうしても不快感を感じてしまった。コードを自分と同一視していて、自分自身を否定されたかのような感覚すらあったのかもしれない。最初の1回だったら、まあそういう前提が共有されているはずもないので、齟齬があるのはしょうがないと思うんだけど、2度にわたって否定されると、「あ、この人は僕のいろんな思いを尊重しようというつもりが全然ないんだな」と感じて、急速に心が冷たくなっていく、そんな感じがした。

何年もコードを書いてきたんだとか、自分がここまで育ててきたんだとか、そんなクソくっだらない個人的感情に基づいた見栄でもって、真理を歪めてはならない、というのは、その通りだと思う。でも、とても残念なことなんだけど、僕は大義のために自分の命や思い入れをためらいなく差し出せるタイプの人間ではなく、むしろ個人的な感情の方をこそ大事にしてしまうタイプの人間のようなのだ。僕はそういう頭の悪い人間ではないのだ・もっと賢くて理性的な人間なのだと思い込もうとしてたんだけど、実際にはそうではない・そうなれないのだなということを、31歳の今では痛感している。

思い返してみると、僕がかつて「技術系コミュニティ」という物に激しい拒否感を持っていたのは、それが理由だったのかもしれない。唯一絶対の真理として論理的な正さを偏重し、そうでない価値観は無意味と切り捨てる、そういう傲慢さや冷酷さのような物を僕は嫌っていたのだと思う。まあ、そういう自分の想いでもって彼らを・世界を変えたいと思っていたというのも、また同種の傲慢だったのだなという事も今では分かる。我か彼かではなく、どちらの価値観も並行して存在していてよいのだ、そういうカオスを受け入れることが大事なのだ、という事を認識できるようになったのは、それよりずいぶん後になってからのことだ。

ともかく、そういう残念な人間である僕にとって、一緒に作業をしたいと思える相手はやはり、僕の思いをなるべく尊重してくれる人という事になるのだなあ、と思うし、また自分が他の人と一緒に作業する時も、ある一面から見た時だけの正義をいたずらに振り回すことなく、最大限相手の思いを尊重して事にあたっていきたいなあ、と思う、そんなことを改めて考えた出来事だったのでした。

世の中には、ぬるま湯に浸かっていては駄目だ、自分の間違いをビシビシ指摘してくれる厳しい人と一緒にこそいるべきだ、という言説もある。僕はそれは、基本的にはいい事言ってると思うんだけど、でも、そこに相手を尊重する態度があるかどうかってのが、結構重要なんじゃないかと思ってる。

相手を尊重した上で、その思いを遂げるためにはもっとこうした方が良いよ、というアドバイスをしたり、その思いはこれこれこういう前提がおかしいよと新しい視点を示すというのは、僕にはまだ受け入れられるんじゃないかなって思う。でも、そうでなく、お前は間違っているからこうするべきだ、と、僕の思いを歯牙にもかけないでその人の思う正義であったりあるいは誰か第三者が掲げる正解であったりに沿って特定の行動を押しつけられるというのは、ストレスになる。その「厳しい指摘」がどっちであるかというのは、論理的な正しさだけを見ていると分からないと思う。

俗な言い方をすると、それが「愛があるかないか」って事なんじゃないだろうか。「厳しい指摘」をする時に、「指摘する側である自分の自己愛に溢れた指摘(独り善がりな指摘)」ではなく「指摘される相手への愛がある指摘」をする、というのは、なかなか難しいことだと思うけれども、せめてそう心がけたいとは思ってる。

また、逆に言うと、自分に向けられた「厳しい指摘」をすべて受け入れるでもすべて拒否するでもなく、その中で「愛のある指摘」を上手くより分けることができれば、他人の言説にいたずらに振り回されて疲弊することも、世界全部を敵に回しているかのような疎外感を感じることも、ないのかな……とも思う。

結論:愛は地球を救う!

ITpro「記者の眼」の「シス管系女子」の紹介記事がきっかけで反省した話 - Sep 28, 2013

現在発売中の日経Linux 2013年10月号にまとめ本が付録で付いてきているマンガ「#!シス管系女子」ですが、担当さんが紹介記事を書いて下さいました。

記者の眼 - マンガで日本のITを救う:ITpro

内容を抜粋しての紹介と併せて、担当さんの視点からの裏話も掲載されています。読んでいて、立ち上げ期の事を色々思い出してしまいました。

で、その勢いで前回のまとめ本と今回のまとめ本を自分で一気読みしてみたのですが……いやー、これ、文字多過ぎ。夜に読んだら寝るわマジで……。前回のまとめ本の時にそれを痛感して、「#!シス管系女子」になってからはなるべく詰め込みすぎにならないようにと意識していたつもりだったんですが、まだまだでしたね。でもこれ以上セリフを減らすと解説が成り立たなくなりそうだし、悩むところです。

っていうか、上記の記事で抜粋されているような「いまいち分かりにくいものをビジュアル化して分かりやすく解説」というのも、そもそもは、「そういう文字ばっかりの説明をやってもしょうがないじゃないか! 漫画という表現形態ならもっと絵で説明しなきゃ勿体ない!」と思っての事だったのでした。しかし、無印時代は具体的なコマンドや仕組みの説明が多かったのでまだやりやすかったんですが、シェルスクリプト編に入ってからは抽象的な概念を扱う事が増えてきたということもあって、最近はうまくビジュアル化できてないまま送り出してしまっているなあ……と改めて反省しております。

「#!シス管系女子」の宣伝ということで上記記事を書いて下さったのですが、自分を省みるいい機会になりました。初心に返って頑張らねば……!

ニオイ - Aug 24, 2013

最近、奥さんのおばあさんの米寿のお祝いで、奥さんの実家にお邪魔しまして。泊まりがけだったのとその時はめちゃめちゃ暑かったのとで、着て行った服を洗濯していただきました(翌日がお祝いの本番で、その時用には別の服を持って行っていたのです)。

その事を特に思い出すこともないまま帰ってきてしばらく経ったある日のこと、出勤するのに着た服からなんか妙に甘い香りがするんですよね。なんだこれって思って。

それで理由をずっと考えてたんですが、トイレでウンコしてるときに気がつきまして。ああこれこないだ奥さんの実家に着ていったやつだ……と。普段自分ちで使ってる洗剤と違う洗剤で洗ったから、違う香りがついてたんですね。

テレビ見てると「一日中香りが続く!」と宣伝してる洗剤があったりしますが、実際丸1日同じ甘い香りが続くと(別に常時プンプン漂ってるわけではないんですが、風向きとかでふわっと漂ってくる)、なんか……べつにここまで香らなくてもいいかな……って気がしました。彼女とか奥さんとかに近寄ったときにふわっと漂ってくるのは多分ドキがムネムネしてキュンと来るアレなのですが、31歳おっさんの自分から漂ってきてもうれしくないです……

それはそれとして。

米寿のお祝いによせてメッセージカードを孫一同から送ろうという話になったそうで、ついでだからと自分もそこに混ぜて頂きました。しかし、以前に1回しか会ったことがなくて一体何を書けばいいものやら……と本番前日夜にうんうん唸っていて、「おめでとうございます」みたいな無難なメッセージから先にペンが進まずにおり、さりとて例文集を調べたら負けかなみたいな思いもあってまた一層うんうん唸っていたのですが、ふと思いついた事があって、それを書き始めてみたら自分で結構いい事言ってんじゃねって気分になってきたので、その路線で最後まで書き切ってみたんです。で、何を書いたのかという話なんですけども。

ほとんど話した事も無い直系姻族のおばあさんだけれども、当たり前だけどその人がいなかったら僕が結婚したこの奥さんは生まれていなかったし、もちろん僕が奥さんに出会うことも無かったんですよね。結婚自体してなかったかもしれない、漫画連載なんて事もできてなかったかもしれない(今できているのは奥さんのサポートがあってこそだと結構思ってる)。家の近くを散歩して何気ない風景を見て「面白いねえ」なんてなごやかに話すこともなかっただろうし、ダイビングだってやってみもしなかっただろうし、イルカと泳ぐことも、珊瑚礁の中を泳ぐこともなかっただろう。おばあさんがいなかったら、自分の今の幸せのかなりの部分が丸ごと全部無かったんだ。

そう思うと、奥さんのルーツにあたる人が88歳で今も生きていて「ありがとう」「おめでとう」を言えるというのはすごい事なんだなあと思えてきて、そういう事をメッセージカードに書いたのでした。

それで実際お会いした時に直接「ありがとう」と言えば良かったんだけど、お祝いの席では結構緊張してしまってそこまで気が回らなくて言えなかったので、次にお会いしたときに覚えていたら言っとこうと思います。

あとそういう感じでなんだか最近自分の親とか祖父とかにも今更なんだけど感謝だったり尊敬だったりという思いを感じるようになってきていて、最近になってやっと人間らしくなってきたのかなあ今までは文字通り薄情者だったのだなあということを思ったりもしています。自分が幸せだなあと心の底から思えるようになってないと周囲、特に親への感謝なんてできないものなのかなあ、とか。かつては「なんで幸せになれないんだ」という感じの妬み嫉みだったりムカツキだったりが強くあって、それから現実を受容して無心の境地を経て、やっと感謝の気持ちに辿り着いたのかなあとか。というふうな書き方をしているとなんだか宗教体験っぽくてアレですね。

それと、親の介護がとか自分や奥さんが大怪我して介護が必要になってとか、そういう重大な問題に見舞われた時にも自分がそんな殊勝な気持ちを保っていられるのかどうかというのは未知の領域なので、どうにか殊勝な気持ちを保っていられるといいなあと思っていますという所で話を結んでおこうと思います。

Nexus 7とハードウェアキーボードの組み合わせを実用する - Jan 23, 2013

Nexus 7ポメラのように使ったらテキストの生産が妙に捗るようになったので、一部始終をメモしておこうと思います。

Nexus 7は昨年買ったんだけど、PerfectViewerで最強の自炊漫画ビューワーとして使ったり、Firefox for Android入れてデスクトップ環境とタブを共有して布団の中でダラダラとWebブラウズしたり、QuickPicで結婚式の時の写真を親族に見せたりと、基本的には情報を閲覧するだけの端末として使ってた。

というのも、当初は、これで出先(実家とか)でもノートPC代わりに使えないか?と思ってIRCクライアントとかSSHクライアントとかも試してみてたんだけど、文字入力がやりにくすぎて(フリック入力では速度が出ず、ローマ字入力でもキーピッチが小さすぎ&キー同士の区切りが感触で分からない&タイプした感覚が無い)、これは人差し指でポチポチ入力できる範囲以上のことはやるもんじゃない……と、早々に挫折してしまったわけです。

でもリビングでケータイ大喜利とか見てる時に、懲りずに「ちょっと次の号のシス管系女子の作業でも進めとこうかな……」と思ってみたりして(プロットを作ってコマ割り・セリフ割り・ページ割りを考える所まではテキストベースでやってます)、そうするとやっぱりストレスフルすぎたので、カッとなってMicrosoftのWedge Mobile Keyboard(U6R-00022)を買ってきた。(あとから同じハードウェアのパッケージ違いの法人向けモデルでちょっと安いやつ(U7R-00022)があるということを知って涙目になったけど、もう後の祭りだった……)

まともに使えるようになるまでにやった事あれこれ。

  • ハードウェアキーボードの刻印は日本語配列なのに記号を入力しようとすると英語配列として認識されてしまう。これは日本語106/109キーボードレイアウトというアプリをインストールして説明の通りに設定すると、無事に刻印通りの記号が入力されるようになった。
    • 後述のGoogle日本語入力が有効な状態だとこれを入れなくても日本語キーボードレイアウトとして動作するようになるという話も見かけたけど、Google日本語入力以外に切り替える事も無くはないので……
  • 日本語入力はiWnn(既定のIME)、ShimejiATOKお試し版Google日本語入力を一通り試して、Google日本語入力に落ち着いた。
    • ShimejiはハードウェアキーボードからのON/OFF切り替えができないようだったので論外。それまでは常用だったのに……
    • iWnnは当初は順調だったんだけど、上記のキーボードレイアウトをインストールしたところ、iWnnがONの時だけハードウェアキーボードの『「』を押したら『@』に、『」』が『「』に、『\』が『」』になる……という具合になぜかこの3つのキーだけズレて認識されるようになってしまった。
    • ATOKはハードウェアキーボードとの組み合わせではFirefoxのコンテンツ領域で全く動作しなかった。
    • Google日本語入力は、登場の背景とか思想とかがあんまり好きじゃないのでできれば使いたくなかった(だからほんとはATOKが一番使いたかった)んだけど、試した中ではハードウェアキーボードとFirefoxのコンテンツ領域の組み合わせで動作して且つキーレイアウトのズレも発生しないという唯一まともに動作する選択肢だったので、しょうがないからこれにした。
  • Firefoxが起動してる状態でハードウェアキーボードの電源をON/OFFしたり、Firefoxがアクティブな状態でキーボード上のESCキーを押したりすると、問答無用でFirefoxがクラッシュする(最後に閉じたタブ、の情報も失われてしまう)。なので、Firefox上では相当気をつけて使わないといけない(というか、恐ろしいから今もテキストエディタ上で入力して、後からFirefoxにコピペしてる)。

で、以下のように運用してる。

  • テキストファイルの編集はJota Text Editorを使ってる。設定の「入力設定」で「IMEの前にCTRLキーを処理する」にチェックを入れておかないと、Google日本語入力が有効になってる時にCtrl-Sなどのショートカットが機能しなかった。より高機能な有償版があるみたいだけど、とりあえずこれで今のところは使えてる。
  • ファイルはDropboxでデスクトップ環境と同期してる。Dropboxに置いてあるテキストファイルはJota Text Editorで直接開けて、上書き保存したら勝手にアップロードしてくれる。

このエントリのようにURIをたくさん集めてきてコピペするような使い方は正直きついけど、頭の中にある内容をひたすら入力してテキストファイルにするだけだったら、普段のデスクトップ環境でやってる時よりむしろ捗ってるくらいで、自分でびっくりしてる。ポメラのレビューで「テキスト入力以外のことができないから、集中して作業できる」みたいな話を見たことがある気がするけど、それと同じ理由かもしれない。Nexus 7がそうなのかAndroidがそうなのかは知らない(僕はNexus 7がAndroidの初常用体験なので)けど、タスクスイッチがいちいちめんどくさくて他のことに気が取られないせいで、結果的にポメラと同じような事になってるのかも……と思ってる。

しかもポメラと違って、テキスト入力してない時も漫画ビューワーやら何やらとして使えるわけで、無駄にならない。これは嬉しい。布団の中で横になってダラダラ見る時とか、キーボードはむしろいらないし。

ハードウェアキーボードの選択肢は、Nexus 7用という観点ではminisuitのやつも捨て難かったんだけど、小さかったし、英語配列なのが致命的に無理だと思って避けてしまった。Wedge Mobile Keyboardは日本語配列でキーピッチも大きく、タイピングしてる感じも悪くない(僕はMicrosoftのハードウェアには絶大な信頼を置いてます。デスクトップの方のマウスもMicrosoft製)。ポメラのような折り畳みはできないけど、実際長文を入力してるとファンクションキーとカーソルキーの操作以外は全く違和感がないので、大変満足してる。あとはminisuitのやつみたいにNexus 7本体をキーボードの端に引っかけて固定できたりなんかすれば、もう何も言うことは無いんだけどね……(なので、そういうマウントを自作してみようかなぁと思ってる。)

結婚しました - Jul 03, 2012

一部の方や会社では報告済みですが、結婚しました。お相手は一般人の女性です……というと芸能人っぽくてウケるかなと思いましたが寒いだけでした。ともかく、誰と結婚したのかという情報は諸事情により今の所完全公開にはしたくないというのが両名の意向ですので、両名をご存じの皆様方におかれましては、ブコメやらTweetやらで二人の名前を併記して「おめでとう」とウッカリ発言してしまわれることのないように、何卒ヨロシクお願い致します。


時間外受け付けに書類を提出して、ちゃんと受理されるかどうかドキドキハラハラだった(指輪に「婚姻届の提出日」ということで日付を入れてしまった以上、手続きやり直しなんて事になったら、後で指輪を見返した時に「この日付なんなの」ってなってしまう……)のですが、昼間に住民票を取りに行ったらちゃんと受理されてました。よかったです。

で、結婚にあたって姓を妻側にしたのですが、特に社会人になって以降は「下田」と呼ばれる機会よりも「ぴろたん」と呼ばれる機会の方が圧倒的に多かったため、いまいち実感が湧きません。早速免許の訂正の手続きに行ってみたら、窓口で新しい苗字で呼ばれて一瞬「あー誰か呼ばれてるな」って思ってしまいました。慣れるまで時間がかかりそうです。

ところで、姓を妻側にするというと婿入りなのかとかなんとか色々思われるようなのですが、単に姓が妻側になっただけで、それ以上のことは何も無いです。といっても知らない人にはよくわからないと思うので、姓を妻側に変更するとはどういう事なのか?を簡単に解説してみたいと思います。ポイントは以下の3点です。

  • 姓を妻側にする、とはどういう事なのか?
  • 姓を妻側にする事と、婿養子と、婿入りとはどう違うのか?
  • 本籍地はどこになるのか? どこにするべきなのか?

まず戸籍というのは、代表者にあたる筆頭者および他のメンバーからなる家族を1つのユニットとした単位で存在しています。大抵の場合は、両親+その子供というセットになっています。

(図:両家の戸籍)

さて、ここで下田家の長男と上田家の長女が結婚するとします。この時、新しいユニットが誕生することになって、それ用の戸籍が新たに作られます。新しく作成された戸籍には、各人のメタ情報として元の戸籍への参照が付与されます。また、古い戸籍にあるその人の情報には「除籍(この人の情報はこの戸籍ではもう管理されていない)」というタグが付き、新しい戸籍への参照が付与されます。

(図:新しい戸籍)

このようにして戸籍と戸籍が相互リンクされるため、例えば下田カズユキさんやヒロシ君が死んだ時には、遺産を相続できる人がどれだけいるんだ?という事を辿っていって調べられるわけです。

この時決めないといけないのが、新戸籍の「筆頭者」と「本籍地」の2点です。

筆頭者とは、文字通り、その戸籍の最初に名前が書かれてる人の事です。新戸籍に記載される人達の姓は、筆頭者の姓になります。つまり、夫の姓を名乗りたければ夫が筆頭者になるし、妻の姓を名乗りたければ妻が筆頭者になります。はい、僕の場合はそういうわけなので、戸籍上は妻が筆頭者になっています。

(図:新しい戸籍(妻が筆頭者))

新しく作る戸籍で誰の名前を最初に書くのかを決めなくてはならなくて、その時選んだ方の人の姓が、新戸籍に属してる人全員の姓になる。制度上は、ただそれだけ。「夫の姓になったんだから妻は夫の一族の一員になったのだ」とか、「妻の姓になったんだから夫は実家を捨てて妻の家に尽くさねばならないのだ」とか、言うのは勝手ですが、それは制度とは何も関係のない話だということです。

他方、婿養子の場合は、戸籍同士の関係がちょっと違います。

まずヒロシ君と上田アキオさんの養子縁組手続きをして、ヒロシ君が上田家の養子になります。この時、元の下田家の戸籍からはヒロシ君は除籍されます。

(図:ヒロシ君の養子縁組)

次に、ヒロシ君とヒロコさんで結婚して(※養子と実子は結婚できます)新しい戸籍を作ります。

(図:新しい戸籍)

この時、ヒロシ君は既に上田姓になっていますし、ヒロコさんも当然上田姓なので、どっちが筆頭者になっても新戸籍の姓は上田になります。よって、ヒロシ君はどっちみち、もう下田姓を名乗ることはできません。

ヒロシ君とアキオさんの間には養子・養父としての法的な親子関係もあります。なので、ヒロシ君にとってアキオさんは「義理の父」ではなく「養父」ということになります。「実子の配偶者」ではなく「養子」として、遺産の相続等、実子と同等の権利があるわけです。

これがいわゆる婿養子です。なお、実際には養子縁組と婚姻の手続きはどっちを先にやってもいいそうです。ここでは説明が簡単な方ということで、養子縁組後に婚姻する場合を説明しました。

婿入りというのは、これら制度上のやり取りとは関係のない慣習的な言葉です。かつての制度やしきたりを現在の制度に照らし合わせると、上記の「婿養子」に近いものを指していたっぽいです。ということで、僕が婿入りという言葉を使う時は、婿養子と同じ物を指していると思って下さい。(もっと言うと、「婿養子」も慣習的な言葉で、制度上はただの「妻の実家の養子になっている」という状態です)

ちなみに、法律の用語における入籍とは、上記の養子縁組手続きにおいて夫が妻の実家の戸籍に入る、あるいは妻が夫の実家の戸籍に入る事を言うそうです。なので、僕のケースは入籍にはあたらないわけです。「結婚」のもってまわった言い回しとして「入籍」を使うという風潮があります(この用法は俗語として一般的なので、最近は辞書にも載ってるみたいです……)が、そういうわけなので、僕は入籍という表現は意地でも使わないでおきます。

最後に、ここまであえて触れずにいましたが、本籍地についても説明します。

昔は戸籍と住民票が一体だったとかで、戸籍は住所ベースの管理になっていますが、戸籍と住民票が別々になっている現在では、本籍地とは単に「戸籍を管理する自治体がどこなのかを示す」という事以上の意味は無いそうです。居住地と無関係に決められるので、夫側実家と同じ本籍地にしてもいいし、妻側実家と同じにしてもいいし、千代田区1の1で皇居を本籍地にしてもいい(戸籍を取り寄せる時は千代田区の区役所に行く)し、スカイツリーでも屋久島でもなんでもオッケーです。

よく「本籍地はどっちかの実家と同じにしておいた方がいい」という話がありますが、これは、単に「管理する自治体が1箇所にまとまっていれば、手続きや戸籍の取り寄せがちょっとだけ楽になる」「本籍地が変わらない方の人は、本籍地が関係している登録を更新しなくて良い」というだけのことです。

仮に東京都E区の住所で新戸籍を作ったとすると、ヒロシ君が死んだ時は、東京都E区と鳥取県A市のそれぞれから戸籍を取り寄せることになりますし、ヒロコさんが死んだ場合、東京都E区と埼玉県C市の2箇所の自治体から戸籍を取り寄せることになります。これがニュートラルな状態です。

(図:2箇所に問い合わせないといけない)

埼玉県の上田家の本籍地と同じ本籍地で新戸籍を作った場合、ヒロコさんが現在属している戸籍と、過去に属していた戸籍は、2つとも埼玉県C市の役所が管理しています。なので、ヒロコさんが死んだ時であれば埼玉県C市の役所からだけ戸籍を取り寄せればOKです。でも、ヒロシ君が死んだ時は、埼玉県C市と鳥取県A市の両方から戸籍を取り寄せないといけません。二人のうち片方だけは楽になりますが、もう片方はニュートラルな状態と何ら変わりません。

(図:どちらか一方は、2箇所に問い合わせないといけないのは変わらない)

また、運転免許のように本籍地の情報がある登録情報は、本籍地が変わったら更新する必要があります。上記のように「上田家の本籍地と同じ本籍地に新戸籍を作った」場合、ヒロコさんは名前も本籍地も変わらないので免許は更新しないでオッケーです。それに対して、ヒロシ君の方は名前も本籍地も変わるので(どっちか一方だけ変わった場合もですが)免許を更新しないといけません。

僕の場合、夫側実家の本籍地で妻側の姓ってなんか違和感あるなーと思ったのと、妻側実家の本籍地で妻側の姓だとちょっと婿入りっぽ過ぎるかなーと思ったのと、いろんな意味でちゃんと独立したいなあ一人前になりたいなあという思いとで、心機一転するつもりで本籍地は敢えて既存のどちらでもない場所にしました。


どちらの実家も苗字については特に拘りは無い(家を継ぐとかそういうのは無い)ということだったので、姓については当人同士の意志でわりとすんなり決まりました。

というか、僕の元の苗字「下田」がぶっちゃけダサイというかショボいというか、敢えてこの苗字になろうという気が湧くようなものでもなく、僕自身苗字を変えられる物ならもっと格好いい苗字だったらよかったのに!と思っていたくらいだったし、妻さんにも「『下田』になるのはちょっと……」と言われてしまったしで、満場一致で妻側の姓という感じでした。

姓が変わることで色々大変なのかなーと思っていたのですが、実際なってみると、引っ越しとそれに伴う住所変更の時と気分はそんなに変わらないなあ……という感じです。事前にしなきゃいけない事なんて、元の戸籍を取り寄せて婚姻届の枠の中を埋めておくという事だけだったし。むしろ引っ越しより楽なくらいじゃないの?

元々、住所変更すら完璧にはこなしてなかった(郵便物の転送期限が過ぎて実家に連絡が行ってそれでやっと情報を更新したとかそんなのもあった)人間なので、結婚だからって気張って完璧に手続きを済ませられるわけがないのであります。なので、気がついた物からボチボチ名前を変えていこうと思っています。


……という風に思えるのは、戸籍上の名前イコール自分のアイデンティティ、という考え方をしていないからなのかもしれませんね。

僕は16で漫研に入った時にペンネームを決めて(先輩に決めてもらって)以降、13年間ずっと「Piro」の名義で色々な活動をしてきました。物心ついてから、という考え方をすれば「Piro」であった期間の方が長いくらいです。どっちかがシンボリックリンクでどっちかが本当の名前だ、というのではなく、どっちも等しくハードリンクという感覚だと思います。

よく「インターネットは仮想現実。ハンドルという仮名で、嘘の人格を装って交流する場所。そんなものにハマってないで、もっと現実を見ろ。」みたいな言い方をされるけれども、僕にとってはネットも現実の一部です。「現実」と、そこから切り離れた「非現実」があるのではなくて、ネットというインフラの上に「現実」が延長されている、そういう感じなので、僕はオフラインでもPiroという名前を使いますし、オンラインでも下田洋志という名前を使ってきました。名前毎に異なるペルソナを使い分ける、という事をしていない(つもり)のですよね。むしろ、ペルソナは名前よりも場(家だとか客先だとか)の方に結び付いている気がします。

名前が一つしか無かったら、名前が変わる事への抵抗はもっと強かったかもしれません。姓が変わった後でも変わらない、自分を自分でアイデンティファイする永続的な名前を持っていたから、それほど強い抵抗を感じずに済んだ、というのはやっぱりあるんじゃないかなと思います。それが良い事(制度に縛られない自由な感覚が養われたということ)なのか悪い事(伝統を蔑ろにすること、制度に順応「できていない」ということ、在る物に合わせるのを怠っているということ)なのかは分かりませんが。


以上、結婚のご報告でした。

自宅のPCから異音がするようになったのが直った - May 09, 2012

なんか先週末くらいから急に、カラカラカラというかシャッシャッシャッシャッというか、回転する物が何か別の物と当たったり擦れたりしてるような音がしだした。

寿命を迎えたPC用の冷却ファンによくある音だよな……と思って蓋開けて見てみて、CPUでもなければ筐体のでもないしということで、グラフィックカードのファンから音がしてるっぽいという事は分かった。

でもなんで急にそんな音がするようになったのか皆目見当も付かなくて、ホントに寿命なのかなーだったら困るなーと思いながら騙し騙し使ってたんだけど、一昨日あたりからカリカリいう音が絶えず出るようになっていかにもこれはヤバイという感じだったので、とりあえず電源落としてた。

今日になって、もしかして油さしたらよくなるかな?と思って潤滑油のスプレー(ノズルの先に細いストローみたいなのをさす奴)をプシュッとやってみたんだけど、部屋が油臭くなっただけで音は全然変わらなかった(擦れてる音がちょっとだけ、潤滑油のおかげか小さくなりはしたけど)。

こうなったらとことんやってやろうじゃないか、ということでまた蓋開けてグラフィックカード外してファンのとこを指でくるくる回してみたら、どうも出っ張ってる部品とかファンの周りのヒートシンク?とかに当たってるみたいで、なんで急にそんな風に当たるようになったんだろ……コンデンサが膨張してぶつかるようになったとかそういう事でもないみたいなんだけどなあ、とかなんとか思いながらヤスリで当たってたとこをゴリゴリ削り始めたところで、回転するファン自体の方に、なんか指で押すとぐにっと隙間ができてそれが広がる感じになってるとこがあるという事に気がついた。

そういう作りのものなのかなーと思ってたんだけど、ふとファンの真ん中の所にカバーみたいに貼ってあったシールをはがしてみたら、そういう作りなんじゃなくて、ヒビが入ってファンの半分が浮いてる状態になってるだけだったという事にやっと気がついた。半分は軸にくっついてて半分は軸からはがれてるという状態だったから、回転数が上がると遠心力で広がって周囲にぶつかったり、重力やら空力やらで歪んで電子部品にぶつかったりしてたみたいだった。ここに辿り着くまで1週間くらいかかってしまった……

割れたところを、軸にまで染み込まないように注意しながら瞬間接着剤を流し込んで補修したら、電源入れても擦れる音はしなくなった。やっぱりこれが原因で間違いなかった。

もうかれこれ5年くらい使ってる気がするけど、環境移行するのがめんどいのでまだまだ頑張ってもらいます。1回電源が逝ったのをわざわざ有償修理で直してもらったくらいだし……(DELLの通販で買ったマシンだから、明らかに新品買った方がコストパフォーマンス的にはいいはずだけど、それよりも同じ環境使える事の方が僕にとっては大事なのです。)

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