Jun 22, 2018

女性エンジニア少ない問題を解決する話、の何が問題なのか

自分の観測範囲で「女性エンジニア少ない問題」を解決するために、機械学習で男性エンジニアを女性に変換する - ログミーTech(テック)という記事が話題になっていたので見たら「アチャー……」としか言いようがなかった。

概要を説明すると、技術職の男性の発表で「職場に女性がいないとやる気が出ない」「女性エンジニア増やしたい(※文脈的にはITエンジニアという意味のようでしたが、ITに限らず言える事のようなので、以下の文でもそのまま単に「エンジニア」と表記します)」「本物の女性エンジニアを増やすのは人材育成のコストがかかる」「なので機械学習で声質変換を実現した。男の声で喋った内容に対応する女声の音声を出力する仕組みを作った。」という話です。技術的には多分大したことなんだと思う(自分は機械学習には詳しくないのでよく分かってない)けど、その発表の「掴み」のための話が技術の良さを台無しにしていると思いました。

これに対して、自分の観測範囲では「懲戒処分ものだ」とか「この程度で過剰反応しすぎ」とか色々な反応が見られましたが、賛否どちらにしても「何が問題なのか」という点がきっちり共有されていない印象を受けたので、その点にフォーカスして覚書を残しておきたいと思います。「なんかよくわからんけど、この辺の話題は怖いから触れんようにしとこ……」みたいに腫れ物扱いして萎縮してしまわないで済むよう、こういう根拠でこう言えるからこれは改めようとか、こういう根拠でこう説明できるからこれはそのままでいいとかの、明確な判断をするための材料の一つとして読んでもらえたら幸いです。

 

最初に明記しておきたいのですが、僕はこの発表を行った彼個人をやり玉に挙げて個人的な責任を問うべきとは思っていません。詳しくは後述しますが、これを通過させたチェック体制の方だったり、社風だったり、あるいは社会の風潮だったり、そういう事の方にずっと重い責任があると思っています。(そして、彼の所属組織にもイベントの主催団体にもメディアにも自分は全く関係ありませんが、別の所でその責任の一端を自分も負っている、と思っています。)

(28日追記)また、この件を非難している人は必ずしもジョークを解していない訳ではないという事も、本題に入る前に明記しておきます。恐らく発言者の彼にとっては「女性エンジニア云々は技術の本題に入る前のただの枕のジョーク」という認識だったと思いますし、擁護している方も「ただのジョークじゃないか」と思っている様子が窺えますが、批判している人の多くはこれを「悪質なジョーク」として批判しているのだという事は、最初に押さえておくべきポイントです。

やりたくない事をやらされる、事が問題

冒頭の記事に限らず「女性エンジニア」という言葉が使われる場面で一定数観測される代表的な問題が、「女性であるというだけでのコンパニオン(別の言い方をすれば『職場の華』もしくは『マスコット』)扱い」です。技術職の専門家として雇われているという点で男性エンジニアでも女性エンジニアでも差はないはずなのに、

  • (男性の)お客さんが来た時に「女性が入れたお茶の方がおいしいから、女性の君がお茶くみをしなさい」と言われる。
  • 業務遂行に全く関係ないのに、スカートをはく事や化粧する事などのいわゆる「女性らしい振る舞い」を求められる。愛想良く振る舞う事を求められる。
  • バレンタインデーにお菓子を振る舞う事を求められる。
  • そういった事を断った結果「愛想が悪い」と陰口を叩かれ、決定権を与えられない、重要タスクが割り振られないなどの、業務上の不利益を強いられる。

といった事が行われる、そういう事例は少なくないという。自分の身近な人やフォローしている人でも、過去そういう体験をした人、現在進行形で(10年20年前の話じゃないですよ。今でもって事ですよ)そういう体験をしている人をしばしば見かけます。

(という話になると「男にだって男らしい振る舞いが求められるじゃないか」という反論が出てくるけど、そうです、それも男性に対するジェンダー規範の抑圧であって、強制されれば問題なのです。それはそれで問題視して声を上げるべき話なんだけど、今は焦点がぶれるので詳しくは述べません。)

「それの何が問題なのさ。性差があるのは当たり前、性差を活かすのも当たり前だろ」と思う男性エンジニアは少なくないと思うので、そういう人にも「ああ、それは確かにイヤだ」と共感してもらいやすいように噛み砕いて説明すると、それを自由意志に基づいて戦術として自らやっていくのではなく、望むか望まざるかに関わらず、当然の事として強いられる事が問題なのです。

例えば「身内に求められる無料PCサポート」を想像すると、ピンと来やすいんじゃないでしょうか。

  • 「お前、パソコンに詳しいんだろ」と、親兄弟や親戚からPC関係の相談を持ちかけられる。下手したら親の伝手で近所の人からまで相談される。
  • 自分が使う範囲の事に詳しいだけなのに、Wordの高度な使い方だのExcelのマクロだのWi-Fiルーターのフィルタリング設定だの、自分の知らない事まで「分かるんだろ?」という前提で質問される。
  • やたら注文が多い。
  • 断ったら「なんだよケチくさい」と嫌味を言われる。下手したら冷遇される。

どうでしょう。身に覚えはありませんか(無いならあなたは幸せ者です)。最初の1回2回は頼られて嬉しいかもしれないけど、それが何度も続いて、その都度自分がやりたい事を中断させられたり予定を狂わされたりすると、そして大した報酬も出ないとなると、ウンザリしてきませんか。「PCを普段から使っている」というだけの事で何故そこまで諸々押しつけられ背負い込まされないといけないのか。面倒臭い。そうです、その面倒臭さと同じ物なのです。

「それは藁人形論法だろ。件の発表は『いてくれればそれでいい』という話だし、本題の方も『女性の声』という所にフォーカスしてるわけで、見てたり声聞かせたりするだけやったらべつにええやろ」と思う人もいるかもしれません。

ちょっと待ってください、そのためだけに日中拘束され、リモートワークもさせてもらえず職場にいることを強制されるんですか? 本来関わる必要もないプロジェクトに無駄に関っていないといけないんですか?

声の話も、演技として頑張ればかわいい1オクターブ上の声を出す事はできても、いつもその声で喋れるとは限りません。そもそも低い声の女性もいればガラガラ声の女性もいます。そういう人達に「やる気が上がらない声だ」「もっと気合い入れてかわいい声で喋ってよ」なんて言うんですか?(思うだけなら自由ですが、面と向かって言ったら駄目でしょうそれは。)

あと、ここで「例の発表の内容は『だから機械学習を使って技術で解決します』という話で、面倒さからの解放を謳ってるんだから何も問題ないじゃないか。実際の女性エンジニアが楽になる話なのに、何が悪いんだ」という反論・擁護が出てくるかもしれません。はい、繰り返しますが、「それを技術で解決する」事それ自体は問題視していないのです(少なくとも僕は)。

何が問題なのかは、こう言い換えれば分かりやすいのではないでしょうか。「今回は技術で問題を解決したけど、かわいい声の本物の女性エンジニアがいてくれさえすれば問題にはならなかったかわいい声の本物の女性エンジニアがいてくれればそれが一番いいのに」。これ、嫌らしいと思いませんか。悪意に取りすぎでしょうか? いいえ、悪意に取ったのではありません。「無邪気な発言」は、こういう嫌らしさと表裏一体という事なのです。

(なので、仮に件の発表に「かわいい声の女性がいて、こっちの事を見ていてくれると、実際男性も女性もやる気が出ます。でもそのためだけに『職場に常駐してくれる女性エンジニア』『かわいい声の女性エンジニア』を増やすというのは本末転倒です『技術職の人』に求める話ではありません」というような一言でもあれば、また話は違ったのではないかと僕は思っています。)

「べつに実際に誰か特定の人物にどうこう言ったわけじゃないじゃないか」? そうです、なので僕は彼が極悪人だとか即断罪されるべきとかまでは思いません。ただ、あなたが言っている事は、言われる側にとってはこういう事なんですよ、それちゃんと分かって言ってんの?と……上から目線でお節介な説教とか苦言とかをせずにはいられない、黙って見てらんない、そういう感じなのです。過去の自分の無邪気で考えの浅い振る舞いを再現して見せつけられているようで、恥ずかしくてたまらないから。

これが「些細な事」と見なされる、事が問題

これについて「些細な事じゃないか」「話の枕のジョークに過ぎないのに、本題と関係ない事で騒ぎすぎ」「重箱の隅をつつくような指摘は無意味だ」というような方向での擁護・反論も見かけました。それに対してはこう言いたいです。「本題と関係ない事だからなおさら問題なんだ」と。

また例え話を出してしまいますが、これは「運送業者の人が荷物を運んでいて、みんなが大事にしていた絨毯を土足で踏んづけてしまった」というような場面に似ています。荷物を運ぶ事(本題)が大事なのは間違い無いですが、それはそれとして、人の物を土足で踏みつけるという事(他人に影響が及ぶ失敗)もまた、やらかしてしまっているのです。そう例えれば、「本題が大事なんだからそれ以外の事はどうでもいいじゃないか」という訳にはいかない事が分かるでしょう。

(25日追記)「踏まないようにギリギリを狙ったのに」? ギリギリを攻めたいならなおさら、自分が行こうとしているコースの事は熟知している必要があります。今回の事例は自分の目には、そういった下調べや準備が不足した、行こうとしている道の様子が見えていないままでの無謀な踏み込みだったと思えます。詳しくは後述しますが、そもそも僕自身がそういうギリギリを攻めるような事をしており、そのためにも「ここまでは踏み込んで良し、ここから先は踏み入っては駄目」という事を把握するように一層努めているという認識があり、だから余計にこの迂闊な踏み込みに対して憤りを覚えているという所もあります。

「誰か個人名を挙げてネタにした訳じゃない、人の足を踏んだ訳じゃないんだから別にいいじゃないか」という反論もあるでしょう。そうですね、これが仮に誰か個人名を挙げて差別したという話だったらもう擁護の余地無くアウトでしょうが、今回の話はそこまで酷いとは自分も思いません。ですが確かにこれは何かを踏んづけてしまっているのです。別に悪意で踏みにいった訳でもない、単に不注意で踏んでしまっただけでしょうが、そこに絨毯が敷かれている事に気付かず、そこを横切る道を行くと決めて進んで、実際踏んでしまったわけです。何も踏まなかったとは言えないという事実は変えようがありません。

今回の事例では、踏んづけたのは昨今認知が高まりつつある「女性エンジニアの権利やプライド」だと僕は見ています。本人としては、それがそんなに大きな価値のある物だとは思っていなかったかもしれず、そうであれば「たかがそれくらいの事で」と思ってしまうのも致し方ないでしょうが、でも「たかがそれくらい」でも「些細」でもないのです。その認識がずれていたとしたら、まずはそこから意識を変えた方が良いと思います。

(というか、その「たかがそれくらい」「些細」というのが「そんなもん男だってもっと嫌な思いしとるわ」という感情から発せられているのであれば、それはあなたもまた大事にされていない、あなた自身が今まさに権利やプライドを蹂躙されているという事なので、それはそれでちゃんとケアされた方がいい話だと思います。冗談抜きで。)

「そんな事を言いだしたらどこにも足の踏み場なんか無いじゃないか、言って安全な事なんて無いじゃないか」そう反論したくもなるでしょう。残念ながらそうなのです。世の中には性別も出身地も宗教も違う人が大勢いて、何かを言えば、誰かの何かを踏みつける事をどうしたって避けられないのです。だからこそ、自分の一歩が誰かの何かを踏んでしまう可能性を考慮する必要があるし、踏むにしても踏まれた方のダメージを最小にするように養生する必要があるし、うっかり養生無しに踏んでしまった時には謝罪なり補償なりをする必要があるのです。

(28日追記)「ジョークは毒があるからこそ面白いのだ」と言う人もいるかもしれません。そういう人にはこう返したいです。その毒は、入れてもいい時とそうでない時があるんです、と。前述した通り、ここでジョークの対象にされている「女性エンジニア」は、既に現実の社会の中で様々な不利益を被っています。そんな女性エンジニア自身が自信の置かれた境遇を笑い飛ばすために自らネタにするならまだしも、彼女らに不利益を与える側の集団に属している人(=男性ホモソーシャル社会に順応している人)という属性を持つ人が軽々しくネタにしていい話ではないのです。非正規雇用の拡大を推し進めてワーキングプアの増加を招いているどっかの人材派遣会社の会長さんが「最近は手相診断にはまる人が増えてるそうですね。遊ぶ金が無くても、図書館で借りた手相の本を家で読むだけならタダですもんね。まさに、働けど働けど猶わが生活楽にならざりぢっと手を見る、ってやつです。はっはっは」なんて言ってたら、「おまっ……誰のせいやと思っとんねん……!」って首絞めてやりたくなるでしょう?

かくいう僕自身も、過去に何度もやらかして踏みつけるという事をしてきています。踏みつけないに越した事はありませんが、かといって、踏みつけた事がない人だけが偉いという訳ではありません。大事なのは、やらかしてしまった時に見苦しく言い逃れしないで、ちゃんとやった事と向き合うという事です。(そういう場面で参照しておきたい資料として、「それ差別ですよ」といわれたときに謝る方法という記事を僕はタブで開きっぱなしにしています。読んだ事がない人は是非一読してみて下さい。)

これが見過ごされた事、が問題

批判の声の中には「懲戒解雇しろ」「エンジニアを辞めろ」などの過激な物も見受けられましたが、僕は彼個人にそこまでの責任を負わせるのは酷だと思っています。前述した通り、誰か個人の名誉を著しく傷付けたという訳でもありません。諸々のバランスを考慮すると、減給なり訓告なり反省文なり、彼個人に課される償いはそういった程度に留まるのが自然だと僕は思います。そもそも記事中のプロフィールを見る限り、彼個人は、いい歳した大人ではあるものの、大学院を出て1年2年かそこらの、社会人としてはペーペーのド新人も良い所です。社会の中での適切な振る舞いを身に着けられていなかったとしても致し方ないでしょう。

むしろ責を負うべきは、彼の発表を事前にチェックできる立場にいたメンターなり上司なりの周囲の大人達の方でしょう。具体的には、伝聞ですが、彼の所属会社は全ての発表について、事前に広報部門による内容のチェックを受ける事を義務づけられているそうです。であれば、そのチェック担当者が見付けて指摘してやらなければいけなかった事だと自分は思います。誰かの事を踏みつけないためにというような道徳論を持ち出さずとも、コンプライアンスやら会社のイメージやら何やらの俗な観点でも、ストップはかけられたのではないかと自分は思います。また掲載メディアも、記事の公開を取りやめるなり、こういった問題になりうる部分をカットするなりできたはずです。

というか、これが仲間内での冗談で、誰もそれを聞いて傷付く人がその場にいないなら、こういう話で盛り上がってもいいかもしれません(奨励はできませんが)。でも、その前提での発言だったのであれば、こうして記事化してはいけなかった。

そういったチェック機構が充分に働かなかったがために、今彼は個人で矢面に立たされる格好になってしまっている訳で、そういう意味では彼は明確に被害者です。

また、チェック機構が働いていたにもかかわらず見過ごされたのであればなおさら問題です。それはつまり、チェック機構になるはずだった周囲の人達もまた前項で述べたような点についての意識が薄いという事であり、また同じような事が繰り返されかねないという事だからです。

(25日追記)ところで、ここで「周囲がチェックして咎めるべきだった」と自分が考えているのは、基本的には、彼がペーペーのド新人であるからという理由が大きいです。はっきり言うと、僕は、こういう事はある程度の経験を経た社会人なら当然の倫理として持ち合わせているべきだと思っています。中堅どころの人だったら、「こんなもん人に言われんでも自分で引っ込めるか、出すなら出すで正当性を主張できるだけの材料くらい用意しとけよ……ガキじゃあるまいし……」という感想になると思います。また、そういう考え方なので、「誰もが一般的にもっと厳格なチェックを受けるべき」とまでも思っていません。そこはどうか誤解なきよう。

そういう効果があるかどうか、は問題じゃない(24日追記)

擁護意見をいくつか見ていてどうもまだうまく伝わっていないような気がしたので改めて強調しておきたいのですが、「事実として異性に見られてた方が仕事が進む」かどうかは、ここでは問題の焦点ではないのです。

「女性」に「周囲にいい影響を与える効果がある」のは事実かもしれません。実際異性に見られていた方がやる気が出るという人はいるでしょうし、僕自身もそのタイプかもしれません。酒飲んだ方が進むという人も、美女のポスター見ながらの方が進むという人も、イケメンを見ながらの方が進むという人も、イケボを聞きながらの方が進むという人も、渋いオジサンに叱責された方が進むという人も、もしかしたらいるでしょう。でも、そこは今は問題にしていない。そこの真偽や是非が今問題になっているのだと誤解していると、何が問題なのかはいつまで待っても見えて来ないままです。

今ここで問題にしているのは、それは「女性」一般に課せられる「当然の役割・職責」ではなく、「それを期待して女性エンジニアを採用する」ような事じゃない、という事なのです。それはともすれば「本人の技能なんかどうでもいいから、女を雇いたい」という話にもなりかねず、自身の持つ専門技能を自負している人に対して言うには相当失礼な話なのです。

自分も含めて男性には、自分の男性的な部分を評価されると嬉しいと感じる人が多いらしく、同様の事をされて何故女性も喜ばないのか?(喜ぶ人もいるが、何故ここまで強硬に否定する人がいるのか?)と不思議がる人も少なくないようなのですが、誰もが自分の男性的な部分・女性的な部分を評価されたいと思っているわけではありません。また評価されるにしても、恋人や配偶者、あるいは同性の友人といった特定の人達からだけ評価されていればそれでよいとか、それ以外の人から評価されても嬉しくないという人もいるのです。「あなた自身」がそういう人になる必要はありませんが、あなたとは異なる価値観を持って生きている人もいるという事に、どうか気付いてください。

なんで僕がここまでこの事に熱くなっているのか

長々と書いてきましたが、そもそも僕は件のイベントの関係者でもなく、彼と関わりがある訳でもないですし、機械学習にも明るくありませんし、もうすぐ36歳になろうという男性で、当事者ですらありません。なのに何故この事にこんなに熱くなっているのか。

第一に、こういう下らない事(敢えてそう言いますよ、敢えてですよ)で技術の価値まで毀損されて欲しくないです。冒頭に書いた通り、機械学習で誰かの声を別の誰かの声に置き換えてしまうというのは技術的にとても面白い話で、応用の幅はいくらでもあります。発表の中で例として挙げられている「女声で聞こえた方が気分が上がる」「女声の方が女子トークしやすい」という事以外にも、「サポート窓口の電話に出た相手が女性だと、クレームを入れる側が急に横柄になる」という問題に対し、担当者の声を男声に変換してクレームを防ぐという事だってできるでしょう。ガラガラ声で何を言っているのか聞き取りにくい人でも、声の置き換えを通せば話がずっと聞き取りやすくなるという事もできるかもしれません。もっと俗な応用だと、アレです、名探偵コナンのボイスチェンジャーなんかもできますね。

そういう興味深い話であったはずなのに、文字通りの蛇足として「女性エンジニアが〜」という話がくっついてしまったがために、そういう方向に話を進められない。ここまでで書いたような蛇足部分の問題のせいで、それを全く見なかった事にして技術の話だけにフォーカスすることが素直にできない。元記事を技術面の話にだけ注目して拡散すると、そこに付随した物を不意打ち的に見て「うげぇ……」と感じる人を増やしてしまうので、拡散しづらい。これほど馬鹿馬鹿しい事があるでしょうか。

第二に、セクハラを再生産したくない、世の中から減らしたいというのもあります。前述しましたが、自分の観測範囲内ですらも、「女性である」という事を理由に嫌な思いを強いられている人が実際にいます。自分の恋人であったり妻であったり娘であったり孫であったり友人であったり、そういった人達が嫌な思いを強いられる状況を作りたくもなければ、増やしたくもなく、放置もしたくありません。また、女性の権利的な視点以外にも、ホモソーシャル文化の嫌らしさがきっかけでIT業界そのものに嫌気が差すとか、技術そのものが嫌いになるとかいう事になれば、優秀な技術者を失うという意味で大きな損失です。

第三に、僕自身も加害者側、ジェンダー規範を強化しうる側の人間だからというのもあります。彼が今回やったような浅慮な発言をした事も、女性に対し失礼極まりない態度を取った事も、自覚しているだけでも何度かあります。それに、「女性」というものを性的に消費するという事で言えば、エロマンガも読めばエロビデオも見ますし、自分で18禁エロ同人誌を作ってすらいます。需要があるせいで供給が生まれ、供給のために被害が拡大されているとするなら、加害性はもはや否定できません。

むしろ、そういったあからさまなエロよりも、見ようによっては、「Linuxコマンドライン解説漫画」を謳っている「シス管系女子」の方が悪質かもしれません。主人公の彼女は女性だからできないのではなく新人で知識がないからできないだけである、彼女らは自分が着たい服を着ているだけで周囲の男性に媚びているわけではない、彼女らが内股気味なのも媚びてそうしているのではなく筋力がないからX脚になっているだけである、周囲の人物も彼女らをチヤホヤとアイドル扱いはしない、周囲の男性が彼女に優しく接したり彼女の前でええかっこしようとしてもそれは後輩・新人に対する態度であって「女の子だから」ではない、主題と関係がないので恋愛ごとは描かない……などなど、作中の設定としてのエクスキューズは設けていますが、メタ視点では「そうである必然性が全く無いのにも関わらず、主人公を『カワイイ女子』と設定し、自分好みの服装で描いて満足を得ている」のは厳然たる事実です。そういう自己の欲望が投影されたキャラクターを通じて「ああ、男性エンジニアが求める女性エンジニア像ってやっぱこういう男ウケする『女の子』なんだな、そうあらねばならないのだな……」と偏見・ジェンダー規範を強化する事に与している、という誹りは避けられないと思っています(それこそ「女性エンジニアを苦しめてる連中の一人が何をドヤ顔で女性差別について語り入れてくれとんねん」と言われかねず、だからこそ「女性エンジニア一般を無意味に苦しめ」ないために自分なりに手を打っているつもりという反論にあたるのが、この「エクスキューズ」の部分という事になります)。

そういう自分の罪から逃れようとして「被害者」たる女性に媚びを売っているだけなのではないか?と言われたら、僕はそれを否定する言葉を持ちません。ともかく、自分が加害者性を帯びていて、その事をある程度自覚してしまっている以上、このあたりのことを見て見ぬ振りはしづらい、できないと思っています。

(24日追記)あと、誤解されたくないのですが、僕は「いわゆる女性らしさ」「いわゆる男性らしさ」の象徴とされるような振る舞いやファッションが一切無い世界が理想的であるとは思っていませんし、世の中をそうしていきたいとも思っていません。実際、上で名前を挙げた「シス管系女子」は、「職場で地味な格好を求められ、着たい服を着れなかった(から、転職後はその時職場で着ていた私服はもう着ることがなくなったので捨てた。趣味に合わない服を買わされていた)」という抑圧の話を聞き、それに対するカウンターとしての「着たい服を着たらいいじゃないか」というメッセージも暗に込めて制作しているつもりです。あくまで本人がやりたくない事は極力強制されないで、且つ本人がやりたい事も極力抑圧されない、そういう世の中になって欲しいと願っています。このエントリは前者にフォーカスしているので、後者については触れていないだけです。


後半でやや脱線してしまいましたが、本件についてはこういう問題があるという点については、男/女・穏健派/過激派を問わず同意を得られるのではないか?と僕は考えています。どうでしょうか。

(以下24日追記)反応を見ている感じでは、大筋では外していなかったようで良かったです。ただ、このエントリを読んだ人で「その視点は無かった、今まで気付かなかった」と思う人がいてくれれば願ったり叶ったりだったのですが、自分の観測上はそういうケースがあまり見られない感じで、正論を打つだけで伝わるものではないんだよなあ……ということを改めて実感している次第です。


反応を見て書き足りなかったと思った所は細かく追記したり訂正したりしています(履歴を残しそびれているのは僕の落ち度です)が、他の所でも言及を見かけたので、別の切り口の話を書いてみました

エントリを編集します。

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