Apr 27, 2007

自分の非モテ性を強烈に意識させられる瞬間

いや、もしかしたら、もはや非モテでも非コミュでもなんでもないのかもしれんのだけど。ていうか多分そうなんだと思う。最近僕が自分の事を省みてみて思うのは、結局、自意識の問題なんだろうってことだから。まあそんなことはどうでもいい。

若くて綺麗な女性に対面すると、緊張する。

「綺麗な」っていうか、なんていうんだろ、いわゆる「女子力の高そうな」っていうんだろうか。化粧ばしばしに決めて、オシャレで、っていう。ある意味で、非現実的な。実用主義とか質実剛健とかとは対極にあるもの。男でも女でも、人の目を惹き付ける要素。対人関係における、ある意味で、武装のようなもの。

例えば、「うちのかあちゃん」には無くて、蛯原友里にはあるような要素。江古田ちゃんに言わせれば、「猛禽」的な、何か。

日頃そういうものを前面に押し出している人と接点が無くて、常にドリーム見て、飢えているような状態だからだろうか、「彼女」というポジションに今の彼女が収まってくれるまで、僕はずっと、「若くて綺麗な女性」「綺麗な女性」下手すりゃ「自分に優しくしてくれる(=人として接してくれる、という程度ですら十分「優しい」。僕と対面してドン退きしない人なら、誰でも「優しい」。そう僕は思ってしまう。)女性」なら誰でも、その人と仲良くなって付き合って云々といった想像をしてしまっていた。

「彼女」がいる今ではそういう考えは起こらない、いや、もしかしたら意識してそうしてるのかもしれないんだけれども。

その代わり、そういう浮かれた感情と同時に沸き上がっていた黒い感情が、浮かれた感情が無い今では、それだけが殊更強く感じられるような気がしている。

苦手意識。自分に対する「敵」のような認識。その人に取って食われるんじゃないかという恐怖。物理的にではなく精神的に、ズタボロにされてしまうんじゃないか、という恐怖。いや、それどころか、その人が目の前にいるだけで、今まであった薄っぺらな自尊心や希望といった物がガラガラと音を立てて瓦解していき、絶望の底に突き落とされる感覚。

特に相手が年下である場合、その黒い感情はより増幅される。

物凄く下世話な、しかし正直な本音でいえば、「きっとこの人は恋愛経験豊富なんだろうな」「彼氏とヤリまくってるんだろうな」といったようなことを。真っ先に考えてしまう。

そしてその次に「そんなこの人から見たら、こんな歳にもなってそういうことに縁が無い、経験が全然無いキモオタひきこもりの僕なんて、軽蔑嘲笑の対象でしかないんだろう」「それどころか意識の上にも、視界の中にすらも入らないんだろう」「そう、例えば、像が蟻を踏んでも気がつかないように」という風な事を考えだす。

気がつくと、胸の奥から何かがこみ上げてくるような感覚をおぼえている。吐き気でもない、怒りでも悲しみでもない。敢えて言うなら、焦燥感と深い後悔。もう間に合わないと分かっている終電に、「もしかしたらいつもの車掌さんが気を利かせて待っていてくれてるかも」なんて現実には全くあり得ない自分に都合のいい妄想をして自分を必死で元気付けながら、しかし本当はもうダメだってことが分かってるから涙と鼻水が止まらない、かといって走るのをやめることもできずに馬鹿みたいに息を切らして全力疾走している、そして朦朧とした中で「こうなることが分かってたんだからもっと早く出発すればよかったのに、どうしてそうしなかったんだ」みたいに自分を責める自分の声が聞こえてくる、そんな風な感覚。

そういう時、僕は、「彼女」ができた後の今でも自分という人間の本質は、悪い意味で、何ら変わっていないんだなあ、ということを痛感する。

分かってる。分かってるんだ。そうやって自分を責めたり嘲ったり罵ったりしているのは、その人でも周囲の人達でも社会でもなく、他でもない、自分自身だ、ってことは。「みんなが馬鹿にするから」なんてのは事実から目を逸らしているだけでしかない、本当は、「みんな」は僕なんかに全然関心が無くて、透明な存在で、気づいてすらいなくって、僕はどうにかして認めてほしくて、認識してほしくて、「すげー」と言ってもらいたくて、でも何も動き出せなくて、それで自分で自分を罵っているに過ぎない、ってこと。

もっと気楽に生きればいいのに。なんでそう生きないんだろう、僕は。

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