Sep 20, 2008

Firefoxの開発者にはUIの設計という事に対するポリシーが欠けている

タイトルは半分くらい釣り。

ごく最近入った変更によって、最後のタブを閉じると常にウィンドウ全体が閉じられる、という挙動になったらしい(Firefox 3.1では多分それがデフォルトになる)。この変更はパッチを書いたDão Gottwald氏ではなく開発責任者の一人のMike Connor氏が決めたものらしい。

この件についてMike Conner氏のマネジメント能力の不足を責めてる人もいるようだけれども、僕としては、この人はUIの設計という物にポリシーを持ってないのかなー、という失望にも似た感想を覚えた。多分SearchLoad Optionsに抱いたものと同じ感覚。

最後のタブを閉じた時にウィンドウも閉じるべきかどうかってのは、隠し設定一つで動作を変えれるような些末な問題に落とし込むべき事じゃなくて、ユーザが触れるフロントエンドとしてのFirefoxの設計思想の根幹に関わる事だと僕は思う。ユーザに「Firefoxとはどういうものか」と説明する時の、メンタルモデルの作り方をガラッと変えてしまうものだと思う。

現状のFirefoxは、「Firefoxというアプリケーションがあって、そのアプリケーションは本体はごくシンプルな機能に限られていて、その中に、タブを伴って複数ページの切り替えができるサブフレームが含まれている」というトップダウンの設計になっている。「タブ」より上位に「メニューバーやツールバーやサイドバー」が存在しており、「タブ」より下位には何も従属していない。こういう構造だからGoogle Chromeのようなマルチプロセスにはできない(するにはとても手間がかかるだろう)。ユーザには、「タブとウィンドウは異なるレイヤに存在するもの」という認識が求められる。

Google Chromeは、「タブという小型でシンプルなWebブラウザがあって、それらを便利に操作できるようにするために一つのウィンドウに押し込めている」というボトムアップの設計になっている(ように見える、そういう演出をしている)。だからマルチプロセスで当たり前だし、「タブ」の上には何も(クローズボックスくらいは付いてるけど、それ以外のタイトルバーすら)なくて、ツールバーもロケーションバーも全部「タブ」より下位の存在として位置づけられている、そういう見た目をしている。ユーザには「タブ」と「ウィンドウ」の違いを意識させないようにしている、ように見える。

ちなみにOperaはMDIのアプリケーションで、この両者の中間にあると思う。「タブ」より上位の物もたくさんあるけど、ロケーションバー等は「タブ」に従属しており下位の存在である、という作りになっている。

タブより上にツールバーがあるか、タブより下にツールバーがあるか、っていうのは、単にバーの置き場所を上下に移動させればいいっていう話じゃないんですよ。フラットな「並び順の問題」じゃなく、縦の「主従関係」なんです、これは。

多分だけど、今回入った変更のような動作が許されるのは、「タブより下にツールバーがあるデザイン」のアプリケーションだけだ。タブより上位に何もないんだから、タブが閉じられたら後には何も残らないのが当たり前だ。

Firefoxの場合はそうではない。タブより外側に沢山の物があって、それらは「自分の下位にタブが存在している」ことを前提に動作している。下位の物(タブ)を一つ消したのなら、それより上位にある物は全部そのままでいるのが当たり前だ。にもかかわらず今回の変更で、下位にあるはずのタブによってそれより上位の物全てが破棄されるようになってしまった。そこにみんなは戸惑っているし怒っているんですよ。そういう、自分の中にある無意識のメンタルモデルまで分かった上で発言してる人は、そう多くないと思うけどさあ。

Mike Conner氏は、そこまでちゃんと分かった上で発言してたのかな? 自分が下した決定が、ユーザの心の中にあるメンタルモデルやそれまで動作していたアプリケーションの設計全ての前提を覆す物だって気がついていたのかな? 多分気付いてないよ。「ちょこっと動作を変えるだけ」そう考えてたんだろう。それが僕には、ポリシーがない無節操な行動に見える。

余談。冒頭で「半分は釣り」と書いたのは、これとは違うレイヤでFirefoxの設計にはポリシーがあるという事も知っているから。彼らは何でもかんでも中に取り込むのではなく、本体はシンプルに保ってそれ以外の要求はアドオンで解決する、というポリシーで開発を行っている(ように見える)。そのポリシーを今後も貫いていて欲しい。ただ、それは「Firefoxというプログラム」の設計ポリシーの話であって、「FirefoxというUI」の設計ポリシーじゃない。それとこれとは問題が別。ここまでタラタラと書いたこと、具体的な「FirefoxというUI」の設計に関して何もポリシーがないと、ユーザや開発者を振り回すことになる。そこのところをどうして彼らは分からないんだろう、という嘆きにも似た感情を、開発者主体で動いているオープンソースのプロジェクトというものについて感じることが僕にはたまにある。

追記。「(過去の)FirefoxとGoogle Chromeの動作(UIの設計思想)のどっちが素晴らしいか」ということについては、僕は考えないことにしてる。どっちにも一長一短がある以上、こういうのは刷り込みと慣れの問題でしかないと思うから。Mac OS伝統の「画面上端にメニューバー」とWindowsやGNOMEやKDEの「ウィンドウごとにメニューバー」のどっちが優れてるのか、というのと似たような話です。あくまで、UIとして(上記のような設計思想・メンタルモデルの面で)一貫性が保たれてないのはそれ以前の問題だ、というのがこのエントリの要旨ってことで。

さらに追記。前の動作に戻す隠し設定が欲しいというバグで中野さんが「初めて最後のタブを閉じようとした時に確認するのがいいんじゃないか」という提案をされている。選択肢をユーザにわざわざ見せるのは良くない、ユーザの理解を妨げる事は徹底して隠すべき、という人もいるだろうし、UIと動作と設計の整合性がとれてるなら僕もそれに同意だけど、現状のUIも動作も設計も全部がバラバラでちぐはぐな状況では、選択を求める方がまだナンボかマシだと僕は思う。ので、賛同コメントを付けてみた。まあ、コード書ける奴が正義のこの世界では、グダグダ評論家じみたことを書き連ねたり嫌味なコメントを残したりするより、とっととパッチ書いてIRCで担当者捕まえてねじ込む方が、実効性は高いと思うんですけどね……

またまた追記。くでんさんのコメントを読んだ後で思ったけど、上で書いた「疑い」とはむしろ逆で、Mike Conner氏は「Google Chromeのようなアプリケーションを元々作りたかったし、その信念に基づいて提案しただけ」なのかもしれないなあ。だから今回の変更も氏にとっては「本来そうあるべき姿に戻そうとしているのだから当然のこと」という感じなのかも。だとしても、できれば、行動を起こす前に「そういう理想はさておき、現状はどうなってるのか?」という所に先に目を向けて欲しかったとは思う。

22日追記。結局、「最後のタブを閉じた時にウィンドウを閉じない」隠し設定を付けるという、件のバグの表題通りの解決策についてはチェックインされて、それで解決ということになったようだ。でもって、他の文句は新しいバグ立てて述べなさいという仲裁も入った。Bugzilla的にはごく自然な流れ。にもかかわらず流れ読まずについ最後っ屁コメントを残してまた議論を蒸し返してしまった僕は、マヌケな悪役もいいとこですね。

エントリを編集します。

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