Nov 18, 2007

「タブ」というUIの一歩先

先日、ツリー型タブのアピール文を英語で書くために人の手を借りながらああでもないこうでもないとやってるうちに思ったことなんだけど。図らずも、大学の卒業制作でやったWeb Mapで実現したかったことの一部を、僕はツリー表示とサムネイルによって手に入れていたようだということに、今頃気がついた。

タブのツリーは、今まで「ページ同士の関係性が分かる」という風に説明をしてきた。でも、実際にもたらされる効果の面から言い換えると、「あるページを基点にした閲覧の足跡をそのまま、興味が移り変わっていく様子=ツリーの分岐という形で保持し、好きな時点の興味の対象の間を容易に行ったり来たりできるようにする、視覚的な履歴」ということになると思う。

デスクトップ百景のスクリーンショットを見ての通り、僕はタブをたくさん開く方だと思うけど、べつに、多数のページを本当に平行して見ている訳ではない(そんな聖徳太子みたいなことはできない)。実際には、「後でもう一回読み返そう」「後でコメントしよう」「後で日記のネタにしよう」そう思った物を「読みかけ」「保留状態」で置いたままになっているだけだ。

そういう用途だったらブックマークを使えばいいじゃないかと言われるかも知れないけど、僕にとってはそれでは駄目なんだ。ブックマークはフォルダに放り込んでしまったらもう見えなくなる。画面がスッキリしていいんだけど、それはつまり意識の外に行ってしまうということで、「どこに何がある」ってことをちゃんと記憶しておかないとすぐに忘れてしまう。ソーシャルブックマークもそうだし、同様の理由で多分僕にはRead it Laterも使いこなせないと思う。

でもタブは、明示的に閉じない限りは視界の隅に残り続ける。他のことをし終わって一息ついた時、「ああ、そういえばこれがまだ未処理だった」という風に自分から主張してくる。そういう未処理のがスクが溜まって、タブがどんどん増えてくると、タブバーがだんだん狭苦しくなってきて、「ああ、そろそろ片付けなきゃな」って気になってくる。

ウィンドウ上部に水平に置かれたタブでは、勝手が悪い。たくさんタブを出そうと思ったら、一つ一つのタブが小さくなりすぎて何のタブだったかが分からなくなるし、タイトルが読めるような大きさでタブを表示すると、1画面の中に数個しかタブが表示されなくなる。これでは、自分のしていたことをざっと俯瞰することができない(「タブの一覧を表示」ボタンもあるにはあるけど、「モード」の切り替えを必要とするので、僕には馴染めない)。ある程度の情報を表示できる状態のタブを、10とか20とか表示できるのは、ウィンドウ左右での「縦置きタブ」ならではの利点だ。

単にタブを縦に並べただけでも不十分だ。確かにさっきは「自分のしていたことをざっと俯瞰できないから嫌だ」と書いたけど、でも、していたことの子細が全部一度に見える必要はない。全教科のノートの全ページを並べて見せられるより、それぞれのノートの表紙だけ並べて見せられた方が、余計な情報が少なくて、「ざっと見る」という目的に即しているだろう。そういう意味で、それぞれのツリーを折り畳んで、各ツリーの基点になった「親」のタブだけをざっと眺めることができるツリー型タブは、先ほどのノートの例え話にも似た効果がある。

こういう使い方をするにあたっては、それぞれの「タブ」が含んでいる内容を常時見ることができるようになっていると、なお良い。情報化タブでモードレスに常にサムネイルを見えるようにしているのは、そういうことだ。

最近仕事でRuby on Railsをやらないといけなくなって、MVC(データと、その表現形式と、制御)をきちんと分離するという考え方に今頃になって触れた。確かにプログラムを作る時はそれらは分離した方がうまく行きそうだけど、ユーザの目に見える時にはそれらが一体になっている方が多分いい。レバーを上げ下げすれば「操作できる」と同時に「データ(状態)が変わり」、さらには「今の状態が表現される」、という風に、原始的なUIはMVCが一体になっているからとても分かりやすい。プログラムを作る段階では構成要素ごとにMとVとCに分解しても、その後、それをユーザに見せる時にはもう一度統合するということが必要なんじゃないかと思う。

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