Sep 19, 2005

非モテに優しい脱非モテマニュアル

こないだ書いた「田舎弁士」エントリそれへの言及その翌日の記事先の言及記事に対する言及と辿った。

まぁ、元「非モテ」や脱「非モテ」からアドバイスを受けたくない、「非モテ」の人は、一度、文章だけで、自転車に乗れるようになるマニュアルを、乗れる人からの物言いではない表現で作れるかどうか考えてみたらいいんじゃないでしょか。もちろん、「まずは乗ってみよう!」は禁句だ(笑) 「繰りかえしているうちに乗れるようになるさ!」も禁句だ(笑)
・・・そういったマニュアルが作れるのなら、「非モテからの脱却」というものも、文章だけで説明/指南する物が作れるかもしれませんねぇ。
でも、一部の「非モテ」は、こういうマニュアルを、本気で求めているッぽいからなぁ・・・。

最後の記事のこのくだりに同意する。「非モテであることの苦しみから解放される」ってのはマニュアルでどうこうできる問題じゃあないんじゃないだろうか。

恋愛至上主義の無意味さというのは、読書とか、モノ作りの経験とか、僕が一昨年の12月から昨年10月まで続けていた「毎日の『良かった』探し」とか、恋愛とは直接関係のない事柄を山のように積み重ねて物凄く遠回りして初めて分かるものなんじゃないだろうか、と僕は思う。それを全部すっ飛ばして「異なる価値観」という巨大な断崖絶壁を乗り越え一気に答えに辿り着くショートカットは、脱非モテした人が非モテの人にさしのべた言葉の中にあるのだと思うけれども、それはあまりにか細くて、絶壁を登り切る前に切れてしまう。

あるいは、現在進行形で非モテな人の背中には、長年かけて蓄積したあまりに重い暗い感情がおぶさりすぎてて、それが邪魔で自力じゃあその絶壁を上れない。ずるずるずるずる、いつまでも引きずって…… 軽くなった気がする。引きずりすぎて、すり減ったかな。十分にすり減るまで時間と手間をかけて遠回りするしかないんじゃないだろうか。

やっぱ、非モテ問題とダイエット問題は似てるなと思った。

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